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Categoryいま思いついたこと 1/5

「自信」なくてもいいと思うのです

「自信」というと、当然のように「私は〇〇ができる」と言うことが前提になっているわけですけど、この「私は〇〇ができる」は、私には本当の「自信」だとは思えないわけです。だって、「できなく」なれば消えてしまうわけですから、それほどしっかりした「自信」とも言えませんよね。ところが、それに反して「できなく」ても平気で「自信がある人」もいるわけですね。たぶん、そういう人は、常に肯定され続けて育った人なんでしょ...

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理想的な通貨(妄想です)

タイトルの通り、私の妄想なので現実味のない話になりますけれど、私は、全てのものに期限があればいいと思っているのです。例えば、お金の価値とか、金(ゴールドの方ですね)や宝石とか、土地とか、とにかく、ありとあらゆるものの価値に期限が付けられたら、すごくいいんじゃないかなと思っているわけです。なぜかと言えば、世の中に「絶対的なもの」というのは無い方がいいいんじゃないかと思うんですね。というよりも、「絶対...

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「人間性への愛着」

私はどうも「完全なもの」よりも「不完全なもの」の方に惹かれてしまう傾向があるようです。そして、それは、一言で言えば、「人間的なもの」ということなんだと思います。矛盾した言い方になってしまうのですが、「不完全なものの中の完全性」とでもいうような、「崩れ具合が完璧」みたいなのがあると思ってしまうわけなのです。それから、どうも「完全無欠」なものと言うのが好きになれないと言うのもあるわけです。いずれにして...

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「組織」には意思があると思うのです

ある法則や規則に基づいて集団が形成されれば、それを「組織」と呼ぶことができるのかと思います。社会性を持った動物や昆虫などもいますから、人間には限らないのでしょうが、まぁ、一応、ここでは人間の「組織」ということで。そこで、よく感じてしまうのは、「組織」の実態は、それを形成している個々の人間なわけですが、その個々人の意志や意向と、一致しているとは思えないような「組織の意思」と言うものが、「個人の意思」...

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「自信」について

「自信」と言う言葉について、それは自分で勝ち取るものだという考え方と、それは人から与えられるものであるという考え方があるように思うのです。「自信」は自分で獲得するものであるとした方が、納まりがいいように思うのですけれど、「自信」の中でも、絶対的な「自信」みたいなものと言うのは、自力では獲得できないように思うのです。やはり、普通は誰でも人から褒められれば「自信」が付きますし、貶されたり、相手にもされ...

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討論する習慣

日本人は議論や討論が苦手だとよく言われますけれど、確かに、もう少し本質的な話をするような習慣があった方がいいのではないかと思うわけです。また、『何も考えない人間が多すぎる』というのもよく言われますが、実は、それも初めから考えないのではなくて、ある程度のことを考えていても、その考えを人と議論したり討論したりして発展させる機会がないから、一つの考えから変化することがなくて、平滑で一辺倒な考えに留まって...

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事実は曲げられないということ

『事実を捻じ曲げることはできない!』と言うと、『はい、それは確かにそうでしょうね』ということに成って、そこで話が終わってしまうわけですけれど、『現実には、事実は捻じ曲げられているのではないのか?』と言う疑いを完全に断ち切るのは、簡単ではないわけなのです。現実の世の中を見渡せば、情報操作や捏造された報道、独り歩きした噂話の類まで、いろいろな種類の「捻じ曲げられた事実」が沢山あるわけです。でも、やっぱ...

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人生で、回数が決まっていること

ある時、ふとしたことで思ったのですが、人生の中で、食事の回数はだいたい決まっているなと。だとすると、一回美味しくない物や食べたくない物を食べると、結果的に、おいしいものを食べる回数が一回減ってしまうわけで、それを意識するようになってからは、私は極力、食べたくないものは食べないようにしているわけなのです。(私はほとんど嫌いなモノがないので、これは「好き嫌い」の話ではありません)でも、これはよくよく考...

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「健康」について

何かにつけて、「健康」の大切さが身に染みている今日この頃なわけです。「健康」が大事なのは当たり前のことなのかもしれませんが、人間の場合「体の健康」と「心の健康」の両方に気を配らなければならないので、そこの所が特に難しくなっているように思うわけです。ただ、言葉の上で「健康」と言ってしまうと、「完全な状態」が「健康」で、「不完全な状態」は「不健康」のようになってしまうのですけれど、「完全な状態」などは...

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一気圧のプレッシャー

普通に地球上で生活していると、いつも”一気圧のプレッシャー”がかかっているわけです。でも、これは「大気圧」だけのことでもないように思われるわけなのです。世の中にはもう一つ、社会がかけている”一気圧のプレッシャー”もあるのかなと。みんな、生まれてこの方ずっと”一気圧のプレッシャー”を受けていますから(高地民族とかいう話は置いといて)、それをあえて意識する人はほとんど居ないわけです。情報として、「大気圧」と...

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「持論」を持つこと

「持論」を持っている人の話には、ついつい引き込まれてしまうわけなのです。世の中に、これだけいろいろな情報が溢れていても、その人にしか語れないような、独特な言葉と言うのがあると思うのです。そういった、いわゆる「持論」と言うのは、「ある種の自己満足」だったり、「勝手な思い込み」だったりすることもよくあるわけです。それに、なんと言っても、”何の役にも立たない”場合が非常に多いわけです。それなのになぜか、「...

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「精神」は受け継がれることで生き続ける

他の記事で「精神世界」は「劣化しないんじゃないか?」ということを書いたんですが、正確には、「精神」は受け継がれなくなったときに「劣化」するのだと思います。「精神世界」は物質ではないので、時間とともに「劣化」することは無いと思っているわけです。ただし、それは、その「精神世界」の所有者本人の存在を前提にしてのことであって、本人亡き後に、その「精神」が受け継がれなくなれば、それは希薄になって最終的には消...

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「その人にしか出来ない仕事」

前に書いた記事の中で、『仕事は誰にでもできるものだ』と書いたのですが、それは『だから、それでいいのだ』と言うこととも違うわけなのです。それは、あくまでも、現在、一般的に言われている「仕事」について言ったわけで、本当は「その人にしかできない仕事」と言うのがいいと思ってもいるわけです。ただ、そういう「職人仕事」と言うのは、組織の中での「仕事」とは相容れないものなので、現在の、組織化した社会においては、...

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人間は最終的に孤独なのか?

『人間なんて、最終的には孤独なものだ』と言う話はよく聞くわけです。そして、その通りだとも思うわけなのです。当然、死んでゆくときは一人ですし、その人がどのような人生を歩んできたのかも、あまり関係なくなってしまうという感じもするわけです。だから、当然、最後には孤独であることに間違いないと思うのです。でも、このところ『そうでもないのかな?』とも思っているわけです。今言ったように、孤独であるということは、...

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「適正価格」について

前の記事で、「文化」にも「適正価格」があるのではないかと書いたわけですが、これは、他の物にも言えることだと思うわけなのです。このところ、景気が良くないせいか、商品の価格が低めに設定されている店が多いと思うのです。私のような貧乏人にとっては、ありがたいことなわけですけれど、反面、『こんな価格で売るためには、どんなコスト削減をしているのだろうか?』と考えると、到底いい原料を使っているとも、手間のかかる...

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「助け合うこと」は、もう「人間の習性」だと思うのです

「助け合い」とか「思いやり」とかという話になると、そういうことを、かなり強い口調で否定する人が居たりするわけです。そういう人たちの主張で、多いのは、『そういうのは偽善だ』とか、『そんなことをしても相手のためにもならない』とか、『弱肉強食や自然淘汰と言った摂理に反している』といったものだと思うわけです。要するに、「助け合い」や「思いやり」は”不自然な”行動で、それらをしない方が、よほど”自然な”ことだと...

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「エンターテイメント」の「嘘」はどこまで許されるのか?

「エンターテイメント」は時と場合によって、「嘘」を許されている文化だと思うわけです。 ところで、その「嘘」はどこまでが許容範囲なのでしょうか?例えば、時代劇で「剣豪」を演じる役者に、”本物”の剣の達人であることを求める人は少ないでしょう。まして、殺陣のシーンで”本物”の日本刀を使わなければダメだと思っている人はほとんどいないでしょう。でも、時代劇でもボクシングの映画なんかでも、あまりにも主人公が弱そう...

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「人間らしさ」とは?

現在、最も重要視するべきものと言えば、「人間らしさ」だと思うのです。そして、現在、最も軽視される傾向にあるのも、また「人間らしさ」ではないかと思うわけなのです。ところで、この「人間らしさ」とは、いったい何なのでしょうか?「人間らしさ」即ち、「人間が最も人間である部分」とは、人間の中のどの部分なのか?ということです。私はこれを、「論理的な思考」または「ヘリクツ」だと思っております。そして、これらが高...

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「向いていること」に「向いてないひと」

人には、「向き・不向き」と言うのがあると思うわけですけれど、実は、その「向いていること」に「向いてない人」と言うのも結構いたりするのかなと思うのです。つまり、「向いていること」と「やりたいこと」が一致しないケースですね。この二つが一致している人は幸せだと思うのです。でも、そういうケースは意外と少ないのかも知れないなと思ったりもするわけです。人間と言う生き物は、人から褒められたり、人より自分の方が上...

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「娯楽」は多い程いいのか?

「娯楽」は、人間にとって必要なものだと思うわけです。やはり、「娯楽」が一切なくなってしまうと、殺伐として”心がスサンデ”きてしまうのだと思います。でも、それは”多い程いい”のでしょうか?「昔は娯楽が少なかったから」などと言うとき、『娯楽は多い方がいい』と言う前提で言ってしまったりするわけですけれど、『本当に娯楽って多いほどいいのか?』と考えることが少ないわけです。でも、最近になって多種多様な「娯楽」が...

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