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Category「天才」にはもう飽きてしまいました 1/4

「神」はすでに自分の中にいた。「天才」とはみんなのことだった。居ないのは「普通の人」だった。

私は「天才の時代」は百年も前に終わっていて、「神の時代」はもっと前に終わっていると思っているんですが、『それじゃあ、今は何の時代なんだ?』と言われるならば、「普通の人の時代」なんじゃないかと思うわけです。確かに、今でも「神」を信仰している人は沢山いますし、まして、「天才」については、出現し続けていると考える人が大多数なわけですが(というより『天才なんてもういないんだ』と言ってる人なんて居ません。不...

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「芸術」がいち早く切り捨てた「努力」を、いま「芸術」がいち早く見直す必要がある

「芸術の20世紀」が切り捨ててしまったモノの中でも、最も重要で最も切り捨ててはならなかったモノが、「努力」なんじゃないかと思うわけです。要するに「天才」とか「才能」という言葉と引き換えに「努力」を切り捨ててしまったんだと思うわけです。そして、そのことが「芸術」は言うに及ばず、社会のあらゆることに悪影響を及ぼしてきているように思える今日この頃なわけですねぇ。 ※これは別に社会を啓蒙しようという話じゃ...

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『本物はあとに成ってから評価される』と言うのは今も成り立っているのか?

前の記事と似たような話です。『本物っていうのはだねぇ、何十年も経ってから評価されるモノなんだよ、キミィ』これ、今でも言えることなんでしょうか?「今でも」と言うか、これが通要したのは、意外と短い期間だけなんじゃないかと思うわけです。まず、200年以上前の時代だと、何十年も経った後で評価された人なんてあんまり居なかったような気がします。昔は「芸術」も職人仕事の一つと考えられていたところがあったわけで、...

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「圧倒的な絵」って、まだあるんでしょうか?

「絵」の話において、『必ずしもイイ絵が評価されるとも限らないんだよねぇ』という話になった時には、『いやいや、「圧倒的な絵」の場合には必ず評価されるんだよ!キミィ』と言う言葉が返って来ることに成っているわけです。でも、本当に、今でもまだ「圧倒的な絵」ってあるんでしょうか?そもそも、昔は方向性が一つだったたわけで、その方向性に基づいてすべての判断が下されていたわけですから、「圧倒的な絵」は存在できたわ...

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「マルセル・デュシャン」がいったいナニをしたって言うんだい?(つづきのつづき)

二つ前の記事からのつづきに成ります。芸術の「断片化」から発生した「極化」が「芸術のカルト化」につながってしまったんじゃないか?そして、その「カルト芸術」の教祖が「マルセル・デュシャン」と言う人なんじゃないのか?ということを前の記事に書いたわけですが、そうなると、「現在の芸術」とは、まさに、その「カルト芸術」の行き着いた姿なんじゃないのか?という疑問が出てくるわけです。 ※ここで「カルト芸術」と言っ...

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