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Category「天才」にはもう飽きてしまいました 1/1

「普通の心理」がわからなくて「芸術」は創れるのでしょうか?

いわゆる「芸術家っぽいイメージ」と言うものがあるように思うわけです。それはどんなものかと言えば、「ブットンダ」・「イッチャテル」・「ヘン」みたいなイカレタ感じと、それとは対極的に、「スルドイ」・「フカイ」・「キュウキョク」みたいに思慮深く、一つのことにじっくりと取り組むような二種類のイメージが完全に分離していて、その中間はまったく無いので、やや無理があるんじゃないかと思うわけです。確かに、「芸術家...

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「芸術の20世紀 喪失」は時代に挑戦する実験なのです

このブログのテーマである、「芸術の20世紀 喪失宣言」についての記事になります。この「宣言」は現代という「時代」に挑戦する実験でもあるのです。人間は、これまでの歴史の中で様々な進歩を遂げてきたわけですけれど、実は、それらの進歩や変化というのは、すべて「時代」の流れに沿ったものであったようにも思えるわけなのです。科学が急速に進歩したのは「科学の時代」がやってきたからで、市民革命が起きたのは「民衆の時代...

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もう「天才」は「社会の重荷」だと思うのです

前の三つの記事のまとめのような話です。前の三つの記事で、「歳をとること」・「真面目さ」・「一所懸命」が、今の日本社会では軽視されているということを書いたわけです。『どうしてこんな風になってしまったのか?』と考えると、私の場合、必ず「天才」と言う言葉に行き着いてしまうわけなのです。私に言わせていただければ、「天才」とは、最も”若く”して、最も”簡単に”、「何かを成し遂げることができた者」で、最も”「真面...

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「20世紀美術」と言う実験

「20世紀美術」においては、たくさんの主義主張が現れては消えて行き、その結果として、様々な「~イズム」と名付けられるようなものが生み出され、また、それらに基づいた作品も数多く残されたわけです。そして、それらを主導した人たちは巨匠と呼ばれるように成り、彼らによって残された作品は名作と呼ばれるように成っていったわけです。しかし、それは本当に「完成形」だったのでしょうか?もともと、芸術に完成など無いとも言...

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もう「天才」は「芸術」の領域ではないと思うのです

「天才」と言うと、「芸術」には付き物のように成っているわけですけど、実は、この「天才」というのは、もう「芸術」の領域ではなくなってしまっているんじゃないかと思うのです。本当のことを言えば、「芸術」に限った話でもなくて、他のどんな分野においても、もう「天才」の領域は小さくなくなっているのだと思うわけです。例えば「政治」の場において、いま「天才」は居るでしょうか?『居ないと思います』それは、これから先...

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「狙った所に行かない」

どんなことでも、「狙った通り」に成ると言うのは気持ちいいもんですけど、それが、なかなかできないということに成っているわけです。そこで、「狙った通り」に決められるような能力を持った人のことを「天才」と言っているんでしょう。でも、もう見飽きてきているんだと思うわけです。そういう「天才」の「狙い通り」がですね。いくら「天才」でも、「狙い通り」では、やはり「想定内」の域を出ないわけです。つまり、「意外性」...

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「天才」も努力すれば、きっと「凡人」に成れるよ!

「凡人」も努力次第で「天才」に成れるのか?と聞かれれば、『成れません、無理です!』ということに成るんでしょうけど、じゃあ、「天才」は努力次第で「凡人」に成れるのか?ということだったらどうなんでしょうね?『ハイ!もちろん成れますよ!』ということなんでしょうね、たぶん。でも、待てよ。やっぱり努力しないと成れないのか?「天才」が「凡人」に成ればいいんだから、努力なんかしなくてもいいんじゃないの?そうはい...

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「能力」よりも「使力」

「使力」と言う言葉なんて無いんですけど(たぶん)、つくってみました。なんでつくったかと言うと、今の時代、どれだけの「力」を”持っているか”ということよりも、どれだけの「力」を”使えるか”ということの方が大事なんじゃないかと思うからなんですねぇ。これは、すでにある言葉で言えば、「努力」に近いものですが、「努力」が「努力する」と言う「行動」を現すのに使われることが多いのに対して、「使力」は「持っている力を...

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「能力がホメられる世の中」と「努力がホメられる世の中」

「能力がホメられる世の中」と「努力がホメられる世の中」だったら、どっちがイイんでしょうね。私は「努力がホメられる世の中」であってほしいなと思っているんですね。いや、けっして、自分に能力が無いから言っているんじゃないですよ。『ゼッタイに違いますよ!』『誓ってもいいですよ!!』『1万円賭けてもいいですよ!!!』「・・・・アンタしつこく言う割に、金額が少ないよね」 ※私にとっては千円からが大金なので、1...

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そもそも、どうして「素人にはまったくわからない芸術」と言うジャンルが存在しているんでしょう?

そもそもですよ、『どうして「素人にはまったくわからない芸術」と言うジャンルが存在しているんでしょう?』 ※ここで言う「素人」とは、「芸術」に特別な興味を持たない人のことです。  「プロ」と「アマチュア」ということではなく、「芸術を知識で捉えていない人」という  ような意味です。  「芸術を自分自身の感覚だけで判断する人」と言ってもいいと思います。  一般的な意味での興味ぐらいはあるが、敢えてそれに...

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『どうして「天才」は、今も出現し続けているように見えるのか?』

私は、このブログの中で再三『もう天才なんて居ないでしょ?』と言っているんですけど(『そうだ、そうだ!』と言う人は誰一人いませんけど)、じゃあ、どうして「天才」が、今も出現し続けているように見えるんでしょう?それは、人が「天才」だと思いたい人を「天才」と呼ぶからです。しかも、「人」だけじゃなくて「マスコミ」や「社会」も同じように、それぞれ「天才」と呼びたいものを「天才」と呼んでいます。だから、「天才...

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「破壊まで」で「天才」なのか?

前の記事に関連したことです。 ※以下、ここでの「創造」とは「天地創造」のようなものを指しますので、  芸術的な創作などとは違って「神の業」とお考えください。「芸術の20世紀」におけるもっとも中心的な課題は「既成概念の破壊」であったんだと思うわけです。だからこそ、その「破壊」をやってのけた人間が、まさに「天才」と呼ばれたわけです。しかし、『破壊まで』で「天才」と言ってしまっていいんでしょうか?「天才...

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「マルセル・デュシャン」がいったいナニをしたって言うんだい?

このブログは「芸術の20世紀喪失宣言」という題なんですが、その「芸術の20世紀」において最も象徴的な人物と言うのが「マルセル・デュシャン」なわけです。(まぁ、他にもいろいろと「巨匠」・「天才」等々居らっしゃいますけどね)このブログでは「芸術の20世紀喪失」ということをテーマにしていますから、あまり「20世紀の芸術」について書いてこなかったんですけど、自分の中で、「芸術の20世紀」の存在がかなり「喪...

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「マルセル・デュシャン」がいったいナニをしたって言うんだい?(つづき)

前の記事の続きです。「芸術の20世紀」における「脱・芸術」や「芸術の断片化」という方向性が、現在までも強く影響していて、その「悪影響」の部分がだんだん大きくなってきているんじゃないか?ということです。これは、必ずしも「デュシャンがやったこと」と言うわけでもなくて、「芸術の20世紀」全体の傾向であると言った方がいいと思いますが、まぁ、それを象徴している人物としてうってつけなのが「マルセル・デュシャン...

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「マルセル・デュシャン」がいったいナニをしたって言うんだい?(つづきのつづき)

二つ前の記事からのつづきに成ります。芸術の「断片化」から発生した「極化」が「芸術のカルト化」につながってしまったんじゃないか?そして、その「カルト芸術」の教祖が「マルセル・デュシャン」と言う人なんじゃないのか?ということを前の記事に書いたわけですが、そうなると、「現在の芸術」とは、まさに、その「カルト芸術」の行き着いた姿なんじゃないのか?という疑問が出てくるわけです。 ※ここで「カルト芸術」と言っ...

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「圧倒的な絵」って、まだあるんでしょうか?

「絵」の話において、『必ずしもイイ絵が評価されるとも限らないんだよねぇ』という話になった時には、『いやいや、「圧倒的な絵」の場合には必ず評価されるんだよ!キミィ』と言う言葉が返って来ることに成っているわけです。でも、本当に、今でもまだ「圧倒的な絵」ってあるんでしょうか?そもそも、昔は方向性が一つだったたわけで、その方向性に基づいてすべての判断が下されていたわけですから、「圧倒的な絵」は存在できたわ...

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『本物はあとに成ってから評価される』と言うのは今も成り立っているのか?

前の記事と似たような話です。『本物っていうのはだねぇ、何十年も経ってから評価されるモノなんだよ、キミィ』これ、今でも言えることなんでしょうか?「今でも」と言うか、これが通要したのは、意外と短い期間だけなんじゃないかと思うわけです。まず、200年以上前の時代だと、何十年も経った後で評価された人なんてあんまり居なかったような気がします。昔は「芸術」も職人仕事の一つと考えられていたところがあったわけで、...

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「芸術」がいち早く切り捨てた「努力」を、いま「芸術」がいち早く見直す必要がある

「芸術の20世紀」が切り捨ててしまったモノの中でも、最も重要で最も切り捨ててはならなかったモノが、「努力」なんじゃないかと思うわけです。要するに「天才」とか「才能」という言葉と引き換えに「努力」を切り捨ててしまったんだと思うわけです。そして、そのことが「芸術」は言うに及ばず、社会のあらゆることに悪影響を及ぼしてきているように思える今日この頃なわけですねぇ。 ※これは別に社会を啓蒙しようという話じゃ...

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「神」はすでに自分の中にいた。「天才」とはみんなのことだった。居ないのは「普通の人」だった。

私は「天才の時代」は百年も前に終わっていて、「神の時代」はもっと前に終わっていると思っているんですが、『それじゃあ、今は何の時代なんだ?』と言われるならば、「普通の人の時代」なんじゃないかと思うわけです。確かに、今でも「神」を信仰している人は沢山いますし、まして、「天才」については、出現し続けていると考える人が大多数なわけですが(というより『天才なんてもういないんだ』と言ってる人なんて居ません。不...

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