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「アスファルタム」という色

いま、「アスファルタム」という色の絵具が気に入っています。


自分の記憶では、この色を使ったことは無かったと思うのですけれど、

使ってみて、一発で気に入ってしまいました。


もともと、画材屋さんなどで見ていたのかも知れませんが、

ローアンバー(ロウアンバー?)に似ているので、

「どうせローアンバーと同じようなもんだろう」と思って、使ってみようと思わなかったのだと思います。


もともと、ローアンバーは好きな色なので、

ローアンバーだけでも十分だと思って、

欲しいと思わなかったのかも知れません。


また、私の場合、最近までアクリルを使うことが多かったのですが、

アクリル絵の具でこの色を見たと言う記憶はありません。

また、「アスファルタム」と言う色の、私が気に入っている部分は、

油彩じゃないと出ないような気がします。


でも、まだ一本しか持っていないので、

ついつい、節約気味な使い方になってしまいます。

そんなに高い絵具でもないんだし、

また買えばいいだけなんですけどね。


”ザ・ビンボー性”


いえ、正確には、

”ザ・ビンボー人”


本人にしてみれば、エライ・チガイです。





「GOLDEN JUST PAINT」

「JUST PAINT」と言うのは、

主にアクリル絵の具を作っている「ターナー社」のサイトに不定期で刊行されている

画材やターナー社のブランド「ゴールデン・アクリル絵の具」等についての、

研究結果や自己分析などを公開したりしている情報マガジンです。


これが、とても読みごたえがあって、役に立つので時々利用させてもらっています。

このマガジンは役に立つのもいいんですですが、

何よりいいのは、画材や絵具に対する作り手の愛情がこちらに伝わってくるところでなんすね。
(≪その色に何が起こったか?!≫と言う記事なんかイイですね。)


そこで、ちょくちょく見せてもらっていたんですが、

唯一残念なのが、訳文が読みにくいことなんですね。

よくあることですが、日本語訳が、ちょっと”カタイ感じ”なこともあって、

読むと疲れるので、なかなか一気には読めないんですね。


それで、必要があるときに、それに関する記事だけをピックアップして読んでいるんですよね。


それで、今、まとめて組み上げた木枠にキャンバスを張って、まとめて下地を塗っているところなんで、

その辺のところについての記事を読んでみると、

目新しいことがいくつかあったんですねぇ。


まず、キャンバス張りについてですが、

私は今まで、キャンバス(木枠)の中心から張っていたんですけど、
(たぶん、このやり方の人が多いと思いますが)

この「JUST PAINT」に、キャンバス(木枠)の角から張って行くやり方が出ていて、

なんとなく、説得力を感じたので、半信半疑で試してみたんですが、

これは正解だと思います。


前にも、一度だけ角から張ったことがあるんですけど、

その時はうまく張れませんでした。

どう違うのかは忘れてしまいましたが、

この「JUST・PAINT」に出ていたやり方だとスンナリとできました。
(かなり、いい加減にマネしたにもかかわらず!!)


その記事にも書いてありましたけど、

『今までのやり方に特に不満はなかったのに、もう前のやり方には戻れない』

と思ってしまいましたねぇ。


それから、もう一つ、気に成ったことがあって、

下地についての研究結果が出ていた≪油絵具をアクリル絵の具と使う≫という記事の中に、

「イエロー・オーカー」などの土系顔料を下地に置くと、

剥離の危険性が高くなるということが書いてあったんですね。

なんでも、土系の顔料は湿度などに対する反応性が高い(伸縮するらしい)のだそうです。

そうなると、高温多湿の日本では、マズイんじゃないの?ということに成るわけですよね。


「おいおい、待ってくれよ!」と成るわけですよ。


それほど強い調子で書かれていたわけではないんですけどね、

でも、わりと安心して使っていた「土系顔料の絵具」だけに、

「そういうの、やめてよー!」ということですよね。


その記事には、どういった使い方なら大丈夫なのか?と言うようなことは書いてなかったので、
(たぶん、白に混ぜて使う分には問題ないんでしょうね)

まぁ、ちょっとそれについては、まだ「保留」ですけど、

いずれにしても、この「JUST PAINT」には説得力のある記事が多いので、

今後も参考にさせてもらうつもりです。


画材や絵具についての「常識」や「非常識」について、

実験データや、様々な視点からの考察をもって、

実際に検証して、説明してくれているので、

とっても嬉しいですね。


と言うわけで、絵を描いている人はほとんど読んでいない(たぶん?)このブログですが、

そのうちに見る人もいるだろうということで、

一応、おススメしておきますです。ハイ。


「パレット」を持って制作している人ってどのくらいいるんですか?

「パレット」を手で持って絵を描いている人って、どのくらい居るもんなんでしょうね?

「ベレー帽をかぶっている絵描きさん」と同じぐらいと言ったところでしょうか?

いずれにしても、「パレット」は「置きっぱなし」っていう人はかなり居るんじゃないかと思います。


何が言いたいかと言うと、「パレット」の「指穴」なんですね。

「指穴」って、ほとんどの「パレット」に空いてますよね。
(「紙パレ」にも空いてるくらいですからね←あれ、使う人本当に居るんでしょうか?)

でも、正直言って、要らないです。

と言うか、ジャマでショウガナイですね。


あれは、とにかく、「パレット」を専ら置いて制作する人にとっては、

「資源と手間の無駄遣い」でしかないと思いますね。


どうして、「指穴がないパレット」を普通に売ってくれないのか、理解に苦しむんですよね。


私の場合は、市販の「パレット」よりも大きなものが欲しかったので、

板に樹脂とリンシードオイルを塗って使っているんですけど、

普段は、その上に「市販のパレット」を置いて、二重にして使っています。
(チューブから出した絵具は自作のパレットの方に置いて、混ぜる作業はこちらで行っています)


スペースが足りなくなったときに、「市販のパレット」の方をどかして、

新しい色を置くスペースがつくれるので便利なんですね。

これだと、「市販のパレット」に出ていた色に戻ることもできます。


でも、どっちを使っている時も、基本的に「置きっぱなし」なので、

「指穴」に指を通して制作することは、めったに無いですね。
(「穴」があると気に成るので、時々意味もなく指を通して見たくなりますけどね)

そういう「置きっぱなし派」にとっては、

あの「指穴」が、とにかくジャマでしかないわけです。


人のことは、よくわかりませんけど、

おそらく、今の絵画の制作スタイルからすれば、

「パレット」を置いて制作する人も多いような気がするんですけど、

どうして、「指穴」がない「パレット」が売ってないんでしょうね?

まったくもって不可解です。
(いきなり「大理石パレット」とかじゃなくて!)


いや、「指穴」のある「パレット」があったっていいと思うんですけど、

「無いのもあっていいんじゃないの?」という気がするんですが、どうなんでしょう?


まさか、ただ単に、誰も作らないだけなんてことないですよねぇ?

「お客様の声」なんて言うの、無いんでしょうか?


「画材」って、こういうのが多いような気がするのは、私だけなんでしょうか?

旧態依然と言うんですか?

なんとなく古めかしいスタイルのモノが、イイような気がしてしまうんですね。
(私もそうですけど)


でも、明らかに変えた方がイイモノについては変えてほしいなと。

そういう風に思っているわけです。


追伸

ついでに、「油壷」も何とかして欲しい!

こちらも、「パレット」をもって使わない場合使いにくい!

ヒャッキンで売ってるような「単なるガラス容器」みたいなのじゃなくて、

「おぉ、これよくできてるわ、使いやすいよ!」

そういう、一工夫あるヤツ。、

お願いします。




「艶ムラ」も使いようかな?

油絵の「艶ムラ」を嫌う人はけっこう多いと思いますけど、

それでいて、ほとんど気にしないという人も結構いたりしますね。
(まぁ、絵に”チカラ”があると、あまり気に成らないと思いますけど)

でも、「艶ムラ」を積極的に使っている人も中には居るんじゃないかと思うわけです。

まぁ、要するに、自分が使っているんですけどね。

     ※正確に言うと、積極的に使っているのは「艶ムラ」と言うよりも「発色のムラ」です。
      「強い発色の部分」と「深い発色の部分」を作っているということですね。


油絵具はいろいろな種類の油を使いますから、どうしても「艶ムラ」が出てしまうことがあるわけです。

そういう「艶ムラ」は確かに作品を見にくくしますし、

色自体が違って見えてしまったりすることもありますから、けっこう厄介な場合が多いわけです。


でも、ヤリヨウによっては、この「艶ムラ」は有効な技法に成る場合があると思っているわけです。


基本的に、偶然出来てしまった「艶ムラ」は、あまり美しくないことが多いです。
(たまたま効果的になることもあると思いますけど、ほとんどないですね)

でも、「艶のある部分」と「艶のない部分」を敢えて作った場合は、

その「艶のチガイ」が効果的になる場合があります。


油絵具の色が好きな人の中には、下に置かれた色が薄い上塗りの層を通して湧き上がってくるような、

そういう深みのある色合いが『たまらなく好き!』っていう人も多いと思います。

だから、艶を揃えてそういう深みのある色合いを画面全体に醸しだしたいと思うわけですね。


でも、そこをおさえて、画面の中に出来るだけ油で溶いていない艶のない状態の絵具を

最後に使った部分を作るわけです。


確かに、薄く伸ばした絵具を上塗りした時の油絵具の色は美しいと思いますし、

それは、ほかの絵具では出せないニュアンスだと思います。


でも、発色の強さと言うことで言うと、やはりダイレクトに顔料の色彩が飛び込んできた時が、

一番強く成ると思うわけです。


一見無駄に見えるかもしれませんが、同じ色を(微妙に変化させたりしながら)何度も塗り重ねていくと、

顔料のカタマリがとても強く発色してきて、その部分がとても力強く感じられるわけです。

     ※これは、私が個人的に感じていることなんですけど、同じ色を何度も塗り重
       ねていくと、強い発色が出て来ると思っています。
       (数回と言うより十数回~数十回ですね)
       おそらく、下に置いた絵の具が上に乗せた絵の具の油を吸収して、乾いた
       ときに発色の妨げに成って来るバインダーとしての油が吸い取られて、画
       面の表層ではかなり少なく成るんだと思っています。

たぶん、日本画の「岩絵の具」のような発色の仕方に近く成って来るんだと思います。

      ※本当の意味で、「油絵具」と比較されるべきなのは「アクリル絵の具」では
        なく、実は「岩絵の具」だと思います。「岩絵の具」の発色を身近に知る機
        会に恵まれている日本人は、そのことをもう少し意識して行ってもいいよ
        うな気がします。

そして、そういう「強い色」の部分と、もともと油絵具の特徴である「深い色」の部分を組み合わせていくと、

表現の幅が広がるんじゃなかと思っているわけなのです。


アクリル絵の具に対して、『油絵具は素晴らしいんだ』ということを語るときに、

ついつい、『この色の深みが~』とか、『アクリルで描いた絵はどことなく~』というような

曖昧な表現を使ってしまうことがありますが、

実際は、それらの『~』の部分のほとんどが、こういった『艶ムラ』に由来していると思うわけです。


ということは、逆に考えると、

そこを使わないならば、『アクリルでいいじゃないか?』ということなわけで、

いろいろな意味で利便性に勝るアクリル絵の具の方が優れているという話になってしまうわけです。

実際問題として、『艶ムラ』や『発色のムラ』を使う必要性を感じない場合は、

アクリル絵の具でいいんじゃないかと思います。


「艶ムラ」や「発色のムラ」を使う場合にこそ油絵具を使う必要性が高く成るんだということですね。


でも、それを『~』と言う曖昧な表現で説明してしまうから

『なんとなくカッコイイから油絵やってるんですけど、ダメですか?』的な人や

『いいじゃんアクリルで、おんなじようなもんでしょ?油絵と』的な人に分かれてしまって、

『なんで油絵具なのか?』

『どうしてアクリルでいいのか?』

という部分が抜けてしまうわけです。


その結果、「本来は油絵向きの人」が、なんとなく便利だからという理由でアクリルで描いていたり、

「アクリル向きの人」が意味もなく油絵を描いていたりすることがあると思うわけです。


そんなわけで、

「油絵具」と「アクリル絵の具」のチガイとは「艶のチガイ」であり、「発色の幅のチガイ」であると。

そう言い切ってしまおうと思うわけです。


まぁ、そういう感じで『艶ムラも使いよう』なんじゃないのかなと。

そんな風に思っているわけです。



油絵の「下地」について

油絵を描くときには、

基本的に、ある程度の手数をかけて「下地」を作ってから描くということに成っているわけですが、

その「下地」についての話です。


まず、「油性の下地」と「水性の下地」があるわけですけど、

今でも、「油性下地」を支持する人はけっこう居らっしゃるんだと思います。
(その割に「油性専用のキャンバス」が少ないのって、ドウなの?!)


確かに、古い油絵は「油性下地」の上に描かれていることが多いんでしょうし、
  
   ※少なくとも現在使われているような「PVA」の下地はまだ無かったわけだし、
    その逆に石膏下地のようなものは現在油絵にはあまり使われなくなってい
    るので(使っている人は、どちらかと言うと表現上の技法として使っているん
    だと思います)、ここでは外して考えます。

その古い時代の絵が、現在までソコソコの状態で保たれているという事実があるわけですから、

その「油性下地」を支持するに足る根拠と言っていいんでしょうね。


でも、これにはいくつか見落とされている点があると思うわけです。


先ず、一つは「気候」の問題です。


一口に「古い時代の油絵」と言ってしまっていますが、

その「古い時代の油絵」と言っているのは、

実は、全て「ヨーロッパの古い時代の油絵」であるわけです。

まぁ、当初は「油絵の具」自体がヨーロッパにしかなかったわけですから、当然ですけど。


ということは、ヨーロッパで描かれヨーロッパで保管されてきた絵画がほとんどだということです。

つまり、その『ソコソコの状態で保たれている』とは「ヨーロッパ限定」ということですね。

日本のように高温多湿の地域で、

本当に『ソコソコの状態で保たれる』のかどうかが、ややアヤシイわけですよね。
(美術館などに保管されればいいんでしょうが、そういう「エライ絵」についての話でもないんで)


特に「油性下地」のサイジング(目止め=油脂の浸透を止めるための層)に使われる

膠(にかわ)においての問題が指摘されてきているようです。
(カビ等が発生する可能性が高いらしい)

詳しいことはハッキリ知らないので書けないんですが、

膠については、修復家からも問題が指摘されているということを読んだことがあります。
(膠の層は気候による伸縮も大きいそうです)

また、これについては私自身が直接画材メーカーに電話して聞いたこともあるんですが、

やはり、近年、画材メーカーの中でも

膠に対する問題がかなりクローズアップされてきているという話でした。

  ※残念ながら、はっきりした答えは聞き出せませんでした。ややケムに巻かれた感じ?
   ただし、その会社はキャンバスを製造していないので無理もないですけどね。
   ちなみに、その時質問したのは、その会社で出していた「下地用塗料」についてのこと
   で、サイジングについては聞いていなかったんですが、回答者の側からたまたま膠に
   ついての話が出て、かなり「膠の層」の問題が問題視されてきているという話でした。

けっきょく、数百年たってみないとわからないことなんで、

この問題に確かな答えはないわけですけど、

少なくとも、『ソコソコの状態で保たれている』から大丈夫

というわけでもないということは言えると思います。


次に問題なのが、「技法」の問題です。

「古い時代の絵画」は、当然「古い技法」に沿って描かれていますが、

「ファット・オーバー・リーン」を守ることや、

うす描きの層を重ねていくような技法で、描き始めから仕上げまでを通すことは、

それらの「手法」をすべて守ろうとすれば、

現代的な絵画においてはかなりの足カセになってしまうでしょう。


そして、やはり、そういう現代的な手法で描かれた絵が

『ソコソコの状態で保たれる』かどうかも、まだ試されていないところがあるわけです。


あとは、やはり膠についてなんですが、

「サイジングの効果」にもやや疑問があるみたいで、

今売られている「油性専用のキャンバス」で

どのぐらいしっかりした膠層が作られているのかということには疑問を感じざるを得ません。


実際、ある絵描きさんのブログで

「油性キャンバス」のストライク・スルー(油脂の浸透)実験をされていたんですが、

けっこう高価な「油性キャンバス」でも裏側に油が浸透していました。

  ※ただし、この実験は市販されている状態のキャンバス(膠の上に油性下地)に、
   直にリンシード・オイルをタップリ塗るという感じだったので、かなり厳しい条件に
   成っていたと思います。実際は市販のキャンバスの上にいきなり乾性油を原液
   のまま塗ることはあまり考えられないので、それほど心配する必要もないのかも
   知れませんが。

以上のような理由から、

私は、数年前に自己作品の制作を始めたころは

「油性専用のキャンバス」を使っていたんですが、

はじめに買った10メートルのロール・キャンバスを使い切った時点で、

「水性・油性兼用のキャンバス」に切り替えました。


いわゆる「P・V・A塗りのキャンバス」ということですが、
(これにナントナク安直なイメージがあって抵抗があったわけですね。
 それに、「P・V・A(ポリ・ビニール・アルコール)」っていう名前が嫌いだし)

こちらも「サイジングの有効性」には疑問があるので、

それを強化する意味とマチエール作りの意味で

「ジェッソ」と「モデリング・ペースト」を併用して何度か塗り重ねています。
(「マチエール材」も混ぜる場合があります)

これも「サイジング」としては効果的ではないと思いますが、

何度か塗り重ねることで、ある程度の「サイジング効果」はあると思います。

  ※これについては、前にこのブログでも書いたことがある
   「GOLDEN・JUST・PAINT」というサイトで実験されて
   いて「アクリルの下地材」に「目止め」の効果があるとい
   う実験結果が出ていました(5回くらい塗り重ねた場合)

   ただし、これはターナー社の下地材で日本で売られてい
   ない製品についての実験だったのが残念!

   一般的なアクリル系の下地材にサイジング効果が期待
   できるのかどうかは、やはり絵具メーカーに聞いてみた
   んですけど、『絶対にない!とは言わないが、どちらかと
   言うと、ないでしょう?』という感じでした。
   おそらく、アクリルという素材が持っている「効果」ではな
   くて、「層の厚み」によって『ある程度のところで止まる』と
   いうことなのかもしれませんね。
   どのくらいの厚さで止まるのかは残念ながらわかりませ
   んが、そのうち実験してみようと思っています。


はじめはクサカベの「ジェッソ固練り」というのを使ったんですが、

値段がやや高めだったのと、

エッジが利きすぎる感じだったので、硬さの調節ができるスタイルに変化しました。
(私は下地の段階では「強い癖はないけど凹凸はそれなりにある」と言う状態を作りたい)


はじめのうちは、そういう「ジェッソの下地」の上に、油絵具で描き始めていたんですが、
(一か月ほど乾燥させてから)

どうも「下地」の「白」が弱いので、さらに油性の「白」で吸収性を弱めています。

ファンデーション・ホワイトよりも黄変しにくいので、私はシルバー・ホワイトを使っています。

これも私の個人的な判断なんですが、
(『信用しないように』←『はい、しません』←『それはどうも、恐縮です』)

アクリル系の下地の上に油絵具を乗せる場合、

必ずしもリンシード・オイル練りのホワイトである必要はないと思っています。

つまり、硬化後の固さにギャップがありすぎると、必ずしも丈夫にはならないということです。

アクリルの層は柔軟性がありますから、衝撃や伸縮を吸収する能力がありますが、

その際に、上にのっている(というか「アクリル層にしみ込んでいる)層が固すぎると

亀裂を生じやすく成ることが考えられます。

そういう硬さのギャップをある程度緩和していく意味で、

むしろ、ポピー・オイル練りのホワイトを使った方が

極端な亀裂を生じにくくなる可能性があると私は考えているわけなのです。

樹脂を混ぜるのも効果があるのかもしれません。アクリルも樹脂ですからね。
(『くれぐれも信用しないように』←『はい、絶対にしません』←『それは重ね重ね、恐縮です』)


また、「ジェッソ」の「白さ」についてですが、

よく、「ジェッソ」のパッケージなどに

「油性のファンデーション・ホワイトよりも発色がよくなります」

みたいなことが書いてありますけど、あれは必ずしも正しくないと思いますね。

確かに黄変しないので、その分「白さ」は確保されますから、

はじめに塗った色の発色だけなら良くなるでしょうが、

その反面、吸収性があるので

「下地」の「白」が上に塗った色を吸収してぼやける傾向があって、
(それが油絵具だと助長される傾向があるわけです)

塗り重ねていくと、だんだん「明るさ」が弱く成っていく傾向があると思います。
(というか、私の場合はたいていそう成る)


「水性の下地」に不安を持っている人も居らっしゃると思いますけど、

実を言うと「アクリル」ってかなり丈夫です。

というか、割と丈夫で、さらに柔軟性があるんですね。

その柔軟性がクッション効果に成って、

絵に対する衝撃や気候変化を吸収する働きがあると思うわけです。


「アクリル下地」に対して懐疑的な傾向と言うのは、

「アクリル材料」と「油性材料」の併用に関する研究や経験がほとんど無かった時代に、

使用法を誤ったことによって画面にトラブルを起こしたような事例が、

「噂に尾ひれ」の状態を生み出した部分が大きいと思います。


「アクリルの下地」を正しい使い方で使った場合、

例えばの話、金属で引っ掻いたりすれば、

「アクリル」の層の所から剥がれるということはあり得るでしょうが、

そういう極端なことを考えないで、普通の範囲で、ややゾンザイに保存された場合

「アクリル」の柔軟性は役に立つと思います。


あと、これは数百年というサイクルでは試されていないことですけど、

おそらく、経年劣化に対しても耐久性があるんじゃないでしょうか?
(そういう意味では、化学合成された材料は「いやになるくらい丈夫」なことが多いので)


まぁ、いずれにしても、

油絵の場合は「下地が命」みたいなところもあるので、

「自分の下地作り」が決まってくると「自分の絵」も決まってくるんじゃないのかなと。
(・・・逆か??)

そんな風に思っているわけです。


まぁ、私の場合、最終的には、かなり「下地」をツブシテしまうことに成るので、

正統派の描き方よりは「下地の影響」は小さいですが、

それでもやっぱり『下地は大事』と言うことは間違いありませんから、

それだからこそ、大事にして行きたなと。


そんな風にも思っているわけです。



「最強の色」:「色の強さ」について

「いい色」とか「好きな色」というのとは別に、『この色、強いなぁ』と感じる色があります。

まぁ、自分だけなのかも知れませんけど、そういう色に惹きつけられて、

その色ばかり使ったりすることが時々あります。


私の場合、なぜかはわかりませんけど、そういうのは「赤」が多くて、
(別に赤が特に好きっていうことでも無いんですけどね)

「ライト・レッド」とか「バーミリオン」なんかが、自分の中の「最強の色」ということに成っています。


まぁ、「バーミリオン」はわかります。

でも、「ライト・レッド」ですね。

『なんで、この色がこんなに強いんだろうか?』と思ったりもします。


どっちかっていうと「地味な色」のような気もするんですが、

とにかく、チョット混ぜても他の色を喰ってしまうし、濁るし、

下地に塗ると影響力が強い色なんで、「使いにくい色」と言う気もするんですが、

ときどき、意味もなく多用したくなるという、自分にとっては「厄介な色」でもあります。
(たとえば、『この辺にちょっと赤味が欲しい』ぐらいの時に、この色を使うと
 けっこう痛い目に合う確率が高いです)


この「色の強さ」って、いったい何なんだろう?と思うわけです。

おそらく、「隠ぺい力」が強くて、「強い発色」をする色だと思うんですけど、

それにしても、なんで「赤」なんだろうか?と思うわけです。


なにかで、自然界の中にある色素の中で

一番安定しているのが「赤」だというのを聞いた記憶があるんですが、

そういうことなんかと関係しているんでしょうか?

  ※不確かな記憶ですが、野菜などでも「青物類」は茹でたりすると、
   すぐに色が変わってしまいますが、「トマト」や「赤ピーマン」みたい
   な「赤い野菜」は加熱した後も変色しにくいというような話だった
   かと思います。
   この話が絵具や顔料に当てはまるのかどうかはわかりません。

それはさておき、そういう「強い色」を使ったからと言って「強い絵」に成るとは限らないというのが

とっても残念な所なんですが、

まぁ、要するに「色」は「対比」だよなと言うことなんでしょうね。


それでも、「弱い色」ばかり使っているよりはチョットはマシなんじゃないか?

ということで、『アンタ、しつこいよ!』って思われても、

やっぱり、「強い色」を使ってしまうわけなのです。


そんなわけで、

『この絵の中の、この場所における「最強の色」はどの色なんだろう?』

といつも考えてしまうわけですが、

そういうことで、チョットだけ「絵」が力強く成っているような気もします。


気のせいかもしれません。


いま、自分の描いた絵を見て確認いたしました。

『気のせいでした』

寝よ。。




「自作の筆」の価値:(画像追加しました)

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この記事は、2年ほど前に書いた記事なんですが、

その時は画像が無かったので、追加しました。
「続きを読む」をクリックすると画像があります。
(上の画像も今回挿入したものです)


私の場合、「絵」に使う道具類で、いろいろと「自作」しているものがあるわけですね。

     ※このブログでも「自作大型アトリエ・イーゼルの作り方と
      「自作キャンバス木枠の作り方]と言う二つの記事を書き
      かけたんですけど、これらを画像なしで説明するのは、
      あまりに不親切キワマリナイと思って、「ボツ」にしました。


基本的には、「売ってないモノは自分で作るしかない」ということですけど、

ただ単に、「あまりに高いから」と言う場合もあります。

それから、かなり昔に仕事で使うために作ったものもけっこうたくさんあるので、

必ずしも、自分の作品のために作ったものばかりでもありません。


とにかく、そういう「貧乏性型の器用貧乏」と言う「二重貧乏系」によって、

いろいろと作っているわけですが、

中でも、「自作の筆の価値」を、最近になって見直しております。


おもに、二十年近く前に作ったものなんですけど、

その当時考えていた使い道とは全く違う使い方で、

今、自分の作品の制作に使ったりしていますけど、

思いもよらないようなテクスチャー表現が出来てきたり、

「この筆じゃないと、こうならない」っていうような、ビミョーな感じが出てきたりと、

意外と重宝しているんですね。


ほとんどは、安物の刷毛や、使わなくなった筆をばらして作ったりしたものなんですけど、

普通の筆としては、全然使い物にならないようなモノの方が、意外性があって面白いですね。


これは、売っている筆だけを使っていると、なかなか気が付かないことだと思うんですけど、

筆の種類って、すごくたくさんあるんですが、

実は、それらの筆はほとんど「古典的な技法」に沿った形で作られていて、

もう少しチガウ(新しい)手法のための筆と言うのは、

あんまり、豊富には開発されていないみたいなんですね。

と言うか、ほとんどないかも知れません。


絵具や、メディウムなどの素材については、どんどん新しいものが出てきますし、

道具なんかでも、使いやすいものができてきている分野もあると思いますけど、
(と言っても、こちらも昔からあるものが中心ですけどね)

なぜか「筆」に関しては、「天然毛」の代用としての「合成繊維製の筆」と言うようなものにとどまっていて、

それらは、あくまで代用品の域を出ていないのが実態でしょう。


私の場合、外国の技法書に出ていた筆や刷毛が、日本では入手しにくいものが多かったので、
(特殊な装飾に使うもので、これも本来の使い道としては古いものです)

似たようなものを作ってみたわけですが、

実際には、「毛質」が違っていたりして、

本来の使い道としては、「イマイチ」のものが多く、

活用できたものは少なくて、ほとんどのものは、あまり出番がありませんでした。


それが、自分の作品に使ってみると意外な効果が現れてくることがあって、

「これいいんじゃない?」ということになったわけですね。

その時点では、「まぁ、たまたまでしょうね」と思っていたわけですが、

いざ、それと同じような感じを出そうと思うと、

その筆でしかその感じが出せないということに気付いたわけです。


また、筆を作ってみると、気が付くことなんですけど、

意外なことに、ごく普通の「豚毛」や安物の「油性塗料用の刷毛の毛」でも、

大型の刷毛で毛足が長いやつをバラして、細めの筆に仕立て直すだけで、

まったく違う筆触に成るんですねぇ。


それから、素人が作るっていうのもポイントだと思いますね。

プロが作ったものは皆同じになりますが、素人が作ると同じようにできないんですね。

どっちかっていうと、「こういう筆がイイ」と言われているものと逆の性質のものにこそ、

「自作する価値」があると思います。


たとえば、まったく含みのない「毛質」や、

コシが無くて非常に使いにくそうな刷毛の毛などですね。
(こういうのは「油性ペンキ」などに使う刷毛に多いようです)

それから、ありふれた、「豚毛」でも、

一般的には、内側に向かって毛がカールするように作られているわけですが、

それを、わざと「外ハネ」にしたり、
(と言っても、きれいな「外ハネ」にはならないんですけどね)

乱雑にまとめたりすると全く違った筆触に成ります。


もちろん、「使いやすいタイプの筆」も必要なんですけどね。

だから、そちらの方はあまり「貧乏性」にならないで、ある程度イイモノを買うことをおススメしますよ。

実際作ってみて言うんですけど、「マトモな筆」を自分で作るのはとても大変です。


でも、「マトモじゃない筆」については、やればなんとかできるし、

なんと言っても”絶対売ってない”ので、(売れないしね)

自分で作ってみてもいいんじゃないかと思いますよ。

柄の形なんかも、意外に自分の手になじんだものができたりしてね。

「これは、本当におススメですね!」

「おススメって、いったい誰に?」

「・・・・・・さぁー?・・・強いて言えば・・・バカモノ?」

ということで、是非「バカモノ」の方は試してみてください。

と言うことでございます。




続きを読む

小学校でも「アクリル絵の具」を使うようにできないものなんでしょうか?



日本の小学校では、ほとんど「透明水彩絵の具」しか使わないと思うんですけど、あれは誰が決めたことなんですかねぇ。
(私は中学でも透明水彩のみでした)

「絵の具」の中では「油絵具」も「アクリル絵の具」も、十分にメジャーな絵具だと思うんですけど、どうして「透明水彩絵の具」しか使わないんでしょうか?

まぁ、「油絵具」とか「岩絵の具」とかはわかりますよ。
溶剤とか膠とかいろいろ面倒ですからね。
それに、小学生なんかだと、筆を洗うだけでも大騒ぎに成りそうだしね。

でも、「アクリル絵の具」だけはその辺の問題がそんなに無いような気もするんですけど、どうなんでしょうか?

敢えて言えば、服や手に絵具が付いた場合に落ちにくいということぐらいですけど、「透明水彩」だってまったく汚れないということは無いわけですから、それほど決定的なことでも無いような気がするんですけどねぇ。

『そんなこと、どうだっていいだろ!』と今思ったアナタ。
いやいや、どうだっていいことじゃないんですよねぇ。

まぁ、そんなに大それたことではないのかも知れませんが、なんでこんなことを言うのかというと、自分が「透明水彩」がダメだったんですね。
とにかく「ぼかす」っていう感覚が無くて、それでいて誰も教えてくれませんから、出来るわけありません。
だから、大人に成るまで『自分はすごく絵がヘタなんだ』と思っていました。

でも、たぶん「不透明な絵具」を使っていたら、そこのところが、だいぶ違っていたような気がするわけです。
こういう子って、実はけっこう居たりするんじゃないかなぁと思うわけですね。

「透明な絵具が得意な人」と「不透明な絵の具が得意な人」というのは、けっこう「体質的なモノ」なんじゃないかと思うんですね。
それなのに、学校では「透明絵具」しか使わないわけですから、「不透明絵具体質」の子供は、みんな子供の頃の私と同じように『自分はすごく絵がヘタなんだ』と思っているのかも知れません。
だとしたら、ちょっとかわいそうな気もしますよね。
(いや、自分のことだけじゃなくて)
つまり、そういう子にとっては「どうだっていいこと」でもないわけですねぇ。

それに、いざ本格的に「絵」をやろうとした場合には「透明水彩絵の具」はどちらかと言うと軽く扱われたりもしますから、そこでまた二重に、「ちょっとかわいそうな子」が出てきてしまう可能性もあるわけです。
つまり、『自分ってけっこう絵がウマイんじゃない』と思っていた子が、いざ「油絵具」で描こうとすると、どうもうまくいかないということが出てきてしまうわけです。

幼いころから「アクリル絵の具」を使う機会が少しでもあれば、その辺のところが緩和されるような気がするんですけどねぇ。
ダメなんでしょうか?
というか、どれか一つに絞るとしたら「アクリル絵の具」だと思うんですけど、どうなんでしょうか?
「アクリル」で「透明水彩」的な描き方は出来ますが、「透明水彩」で「不透明絵具」的な描き方は出来ませんから、一本化するなら、「アクリル」じゃないかと思うんですけど、どうなんでしょう?

それに、今は中学に上がると「アクリル絵の具」を使うみたいですから、どうせ両方買わなきゃならないなら、初めに両方買ってどっちが自分にあっているかを知る権利はあるんじゃないかと思いますね。

まぁ、いろいろ問題はあるんでしょうが(画用紙とか)、『アクリルを使おう!』と言う気があれば大した問題でもないんじゃないかと思います。

『こういうことって、どうして変わらないんだろうか?』

そんな風に思います。

 ※今回この記事を書くにあたって、ネット検索したところ、『どうやら
  中学ではアクリルを使うように成ったらしい』ということをはじめて知
  りました。
  知らないうちに変わってたんですねぇ。
  どうせなら小学校までいっちゃってください!
  『ところで、なんでいっちゃわなかったの?』



プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※上の画像は習作として描いた絵に洋金箔を貼ったものです。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ現在ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

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