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「アスファルタム」という色



いま、「アスファルタム」という色の絵具が気に入っています。


自分の記憶では、この色を使ったことは無かったと思うのですけれど、使ってみて、一発で気に入ってしまいました。


もともと、画材屋さんなどでは、見ていたのかも知れませんが、ローアンバー(ロウアンバー?)に似ているので、『どうせローアンバーと同じようなもんだろう』と思って、使ってみようと思わなかったのだと思います。

ローアンバーは好きな色なので、ローアンバーだけでも十分だと思って、欲しいと思わなかったのかも知れません。


また、私の場合、最近までアクリルを使うことが多かったのですが、アクリル絵の具で、この名前の色を見たと言う記憶はありません。

たぶん、「アスファルタム」と言う色の、私が気に入っている部分は、油彩じゃないと出ないような気がします。

でも、まだ一本しか持っていないので、ついつい、節約気味な使い方になってしまいます。
そんなに高い絵具でもないんだし、また買えばいいだけなんですけどね。


”ザ・ビンボー性”

いえ、正確には、”ザ・ビンボー人”

本人にしてみれば、エライ・チガイです。


 ※その後、「アスファルタム」と言う色を出しているメーカーを、いろいろ
  探したんですが、自分が使っている「レンブラント」と「ブロックス」ぐら
  いしか見つかりませんでした。
  ほかにも出しているメーカーはあるかもしれませんが、かなり少ないこ
  とは確かです。
  なんで、こんなにいい色なのに少ないんでしょうね?不思議。

  それに、「アスファルタム」って名前がステキ!
  「アスファルト」はあまり好きじゃないのに、「タム」をつけただけで、こん
  なにステキな名前に成るなんて!これも不思議です。


「GOLDEN JUST PAINT」



「JUST PAINT」と言うのは、主にアクリル絵の具を作っている「ターナー社」のサイトに不定期で刊行されている、画材やターナー社のブランド「ゴールデン・アクリル絵の具」等についての、研究結果や分析などを公開したりしている情報マガジンです。


これが、とても読みごたえがあって、役に立つので時々利用させてもらっています。

このマガジンは役に立つのもいいんですですが、何よりいいのは、画材や絵具に対する作り手の愛情がこちらに伝わってくるところでなんすね。
(≪その色に何が起こったか?!≫と言う記事なんかイイですね。)


そこで、ちょくちょく見せてもらっていたんですが、唯一残念なのが、訳文が読みにくいことなんですね。
よくあることですが、日本語訳が、ちょっと”カタイ感じ”なこともあって、読むと疲れるので、なかなか一気には読めないんですよね。

それで、必要があるときに、それに関する記事だけをピックアップして読んでいるわけです。


自分が、今、まとめて組み上げた木枠にキャンバスを張って、下地を塗っているところなんで、その辺のところについての記事を読んでみると、目新しいことがいくつかあったんですねぇ。


まず、キャンバス張りについてですが、私は今まで、キャンバス(木枠)の中心から張っていたんですけど(たぶん、このやり方の人が多いと思いますが)、この「JUST PAINT」に、キャンバス(木枠)の角から張って行くやり方が出ていて、なんとなく、説得力を感じたので、半信半疑で試してみたんですが、これは正解だと思います。

前にも、一度だけ角から張ったことがあるんですけど、その時はうまく張れませんでした。
どう違うのかは忘れてしまいましたが、この「JUST・PAINT」に出ていたやり方だとスンナリとできました。
(かなり、いい加減にマネしたにもかかわらず!)


その記事にも書いてありましたけど、『今までのやり方に特に不満はなかったのに、もう前のやり方には戻れない』と思ってしまいましたねぇ。


それから、もう一つ、気に成ったことがあって、下地についての研究結果が出ていた≪油絵具をアクリル絵の具と使う≫という記事の中に、「イエロー・オーカー」などの土系顔料を下地に置くと、剥離の危険性が高くなるということが書いてあったんですね。

なんでも、土系の顔料は湿度などに対する反応性が高い(伸縮するらしい)のだそうです。
そうなると、高温多湿の日本では、マズイんじゃないの?ということに成るわけですよね。

『おいおい、待ってくれよ!』と成りますよね。

と言っても、それほど強い調子で書かれていたわけではないんですけどね、でも、わりと安心して使っていた「土系顔料の絵具」だけに、『そういうの、やめてよぉ!』ということですよね。


その記事には、どういった使い方なら大丈夫なのか?と言うようなことは書いてなかったので、まだ、それについては、「保留」ですけど、いずれにしても、この「JUST PAINT」には説得力のある記事が多いので、今後も参考にさせてもらうつもりです。


画材や絵具についての「常識」や「非常識」について、実験データや、様々な視点からの考察をもって、実際に検証して、説明してくれているので、とっても嬉しいですね。


と言うわけで、絵を描いている人は、ほとんど読んでいない(たぶん?)このブログですが、そのうちに見る人もいるだろうということで、一応、おススメしておきますです。ハイ。






「パレット」を持って制作している人ってどのくらいいるんですか?



「パレット」を手で持って絵を描いている人って、どのくらい居るもんなんでしょうね?
「ベレー帽をかぶっている絵描きさん」と同じぐらいと言ったところでしょうか?

いずれにしても、「パレット」は「置きっぱなし」っていう人はかなり居るんじゃないかと思います。


何が言いたいかと言うと、「パレット」の「指穴」なんですね。
「指穴」って、ほとんどの「パレット」に空いてますよね。
(「紙パレ」にも空いてるくらいですからねぇ←あれ、使う人本当に居るんでしょうか?)


でも、正直言って、要らないです。
と言うか、ジャマでショウガナイですね。


あれは、とにかく、「パレット」を専ら置いて制作する人にとっては、「資源と手間の無駄遣い」でしかないと思いますね。

どうして、「指穴がないパレット」を普通に売ってくれないのか、理解に苦しむんですよね。


私の場合は、市販の「パレット」よりも大きなものが欲しかったので、厚手のシナベニヤに樹脂とリンシードオイルを塗って使っているんですけど、普段は、その上に「市販のパレット」を置いて、二重にして使っています。
(チューブから出した絵具は自作のパレットの方に置いて、混ぜる作業は市販パレットで行っています)


スペースが足りなくなったときに、「市販のパレット」の方をどかして、新しい色を置くスペースがつくれるので便利なんですね。
これだと、「市販のパレット」に出ていた色に戻ることもできます。


でも、どっちを使っている時も、基本的に「置きっぱなし」なので、「指穴」に指を通して制作することは、めったに無いですね。
(「穴」があると気に成るので、時々意味もなく指を通して見たくなりますけどね)

そういう「置きっぱなし派」にとっては、あの「指穴」が、とにかくジャマでしかないわけです。


人のことは、よくわかりませんけど、おそらく、今の絵画の制作スタイルからすれば、「パレット」を置いて制作する人も多いような気がするんですけど、どうして、「指穴」がない「パレット」が売ってないんでしょうね?

まったくもって、理解不能です。
(いきなり「大理石パレット」とかじゃなくて!)


いや、「指穴のあるパレット」があったっていいと思うんですけど、『無いのもあっていいんじゃないの?』という気がするんですが、どうなんでしょう?

まさか、ただ単に、誰も作らないだけなんてことないですよねぇ?
「お客様の声」なんて言うの、無いんでしょうか?

「画材」って、こういうのが多いような気がするのは、私だけなんでしょうか?
旧態依然と言うんですか?

なんとなく古めかしいスタイルのモノが、イイような気がしてしまうんですね。
(私もそうですけど)


でも、明らかに変えた方がイイモノについては変えてほしいなと。

そういう風に思っているわけです。


追伸

ついでに、「油壷」も何とかして欲しい!
こちらも、「パレット」をもって使わない場合使いにくいし、なんといっても、全般的に小さい!

「100均」で売ってるような「単なるガラス容器」みたいなのじゃなくて(使ってますけどね)、『おぉ、これよくできてるわ、使いやすいよ!』
そういう、一工夫あるヤツ。

お願いします。
(いったい、誰に?)




「艶ムラ」も使いようかな?



油絵の「艶ムラ」を嫌う人はけっこう多いと思いますけど、それでいて、ほとんど気にしないという人も結構いたりしますね。
(まぁ、絵に”チカラ”があると、あまり気に成らないと思いますけど)

でも、「艶ムラ」を積極的に使っている人も中には居るんじゃないかと思うわけです。
まぁ、要するに、自分が使っているんですけどね。

 ※正確に言うと、積極的に使っているのは「艶ムラ」と言うよりも「発色のムラ」です。
  「強い発色の部分」と「深い発色の部分」を作っているということですね。

油絵具はいろいろな種類の油や樹脂を使いますから、どうしても「艶ムラ」が出てしまうことがあるわけです。
そういう「艶ムラ」は確かに作品を見にくくしますし、同じ色が違う色に見えてしまったりすることもありますから、けっこう厄介な場合が多いわけです。

でも、ヤリヨウによっては、この「艶ムラ」は有効な技法に成る場合があると思っているわけです。


基本的に、不適切な油の調合によって出来てしまった「艶ムラ」は、あまり美しくないことが多いです。
でも、「艶のある部分」と「艶のない部分」を意識して作った場合は、その「艶のチガイ」が効果的になる場合があります。


油絵具の色が好きな人の中には、下に置かれた色が薄い上塗りの層を通して湧き上がってくるような、そういう深みのある色合いが『たまらなく好き!』っていう人も多いと思います。

だから、艶を揃えてそういう深みのある色合いを画面全体に醸しだしたいと思うわけですね。

でも、そこをおさえて、画面の中に出来るだけ油で溶いていない艶のない状態の絵具を最後に使った部分を作るわけです。

確かに、薄く伸ばした絵具を上塗りした時の油絵具の色は美しいと思いますし、それは、ほかの絵具では出せないニュアンスだと思います。
でも、発色の強さと言うことで言うと、やはりダイレクトに顔料の色彩が飛び込んできた時が、一番強く成ると思うわけです。

一見無駄に見えるかもしれませんが、同じ色を(微妙に変化させたりしながら)何度も塗り重ねていくと、顔料のカタマリがとても強く発色してきて、その部分がとても力強く感じられるわけです。

 ※これは、私が個人的に感じていることなんですけど、同じ色を何度も塗り重
  ねていくと、強い発色が出て来ると思っています。
  (数回と言うより十数回~数十回ですね)
  おそらく、下に置いた絵の具が上に乗せた絵の具の油を吸収して、乾いた
  ときに発色の妨げに成って来るバインダーとしての油が吸い取られて、画
  面の表層ではかなり少なく成るんだと思っています。

たぶん、日本画の「岩絵の具」のような発色の仕方に近く成って来るんだと思います。

 ※本当の意味で、「油絵具」と比較されるべきなのは「アクリル絵の具」では
  なく、実は「岩絵の具」だと思います。「岩絵の具」の発色を身近に知る機
  会に恵まれている日本人は、そのことをもう少し意識して行ってもいいよ
  うな気がします。

そして、そういう「強い色」の部分と、もともと油絵具の特徴である「深い色」の部分を組み合わせていくと、表現の幅が広がるんじゃなかと思っているわけなのです。


アクリル絵の具に対して、『油絵具は素晴らしいんだ』ということを語るときに、ついつい、『この色の深みが~』とか、『アクリルで描いた絵はどことなく~』というような曖昧な表現を使ってしまうことがありますが、実際は、それらの『~』の部分のほとんどが、こういった『艶ムラ(発色ムラ)』に由来していると思うわけです。

ということは、逆に考えると、そこを使わないならば、『アクリルでいいじゃないか?』ということなわけで、いろいろな意味で利便性に勝るアクリル絵の具の方が優れているという話になってしまうわけです。

実際問題として、『艶ムラ』や『発色のムラ』を使う必要性を感じない場合は、アクリル絵の具でいいんじゃないかと思います。


「艶ムラ」や「発色のムラ」を使う場合にこそ油絵具を使う必要性が高く成るんだということですね。


でも、それを曖昧な表現で説明してしまうから『なんとなくカッコイイから油絵やってるんですけど、ダメですか?』的な人や、『いいじゃんアクリルで、おんなじようなもんでしょ?油絵と』的な人に分かれてしまって、『なんで油絵具なのか?』『どうしてアクリルでいいのか?』という部分が抜けてしまうわけです。

その結果、「本来は油絵向きの人」が、なんとなく便利だからという理由でアクリルで描いていたり、「アクリル向きの人」が意味もなく油絵を描いていたりすることがあると思うわけです。


そんなわけで、「油絵具」と「アクリル絵の具」のチガイとは「艶のチガイ」であり、「発色の幅のチガイ」であると。
そう言い切ってしまおうと思うわけです。

まぁ、そういう感じで『艶ムラも使いよう』なんじゃないのかなと。


そんな風に思っているわけです。

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追記

ここで「艶ムラ」と言っている中には、「絵の具の伸び具合」も含まれていると思います。

「油絵具」の伸びを良くするには、乾性油を多く使うことになりますから、結果的に、「艶」も出ることになります。
「アクリル絵の具」と「油絵具』のチガイは、この「絵の具の伸び」によるところも大きいと思うわけです。
(それも含めて、ここでは「艶」と言っています)

それから、「艶」には、「絵の具の表面の艶」と「絵の具の色としての艶」があると思っています。
たとえば、「アクリル絵の具」であっても、「グロス・メディウム」などを混ぜると「絵の具の表面の艶」は出ますが、必ずしも「艶のある色」に成るとは限りません。
つまり、見た人が「艶」を感じるのは、どちらかと言うと「絵の具の色としての艶」の方である場合が多いわけです。

そして、そういう「艶を感じる色」を出すには、「絵の具の伸び具合」によるところも大きくなるわけですね。

「油絵具」で描かれた絵であっても、年月が経てば、「艶」はなくなっていきますし、当然「艶ムラ」も薄れていくわけですが、「艶を感じる色」の「感じ」の部分については、それほど変わりませんし、それは「艶ムラ」についても同じようなことがいえると思います。




「最強の色」:「色の強さ」について



「いい色」とか「好きな色」というのとは別に、『この色、強いなぁ』と感じる色があります。

まぁ、自分だけなのかも知れませんけど、そういう色に惹きつけられて、その色ばかり使ったりすることが時々あります。


私の場合、なぜかはわかりませんけど、そういうのは「赤」が多くて、「ライト・レッド」とか「バーミリオン」なんかが、自分の中の「最強の色」ということに成っています。
(別に赤が特に好きっていうことでも無いんですけどね)


まぁ、「バーミリオン」はわかります。

でも、「ライト・レッド」ですね。

『なんで、この色がこんなに強いんだろうか?』と思ったりもします。


どっちかっていうと「地味な色」のような気もするんですが、とにかく、チョット混ぜても他の色を喰ってしまうし、濁るし、下地に塗ると影響力が強い色なんで、「使いにくい色」と言う気もするんですが、ときどき、意味もなく多用したくなるという、自分にとっては「厄介な色」でもあります。

 ※たとえば、『この辺にちょっと赤味が欲しい』ぐらいの時に、この色を使うと
  けっこう痛い目に合う確率が高いですね。


そこで、この「色の強さ」って、いったい何なんだろう?と思うわけです。

おそらく、「隠ぺい力」が強くて、「強い発色」をする色だと思うんですけど、それにしても、なんで「赤」なんだろうか?と思うわけです。


なにかで、自然界の中にある色素の中で、一番安定しているのが「赤」だというのを聞いた記憶があるんですが、そういうことと、なにか関係しているんでしょうか?

 ※不確かな記憶ですが、野菜などでも「青物類」は茹でたりすると、すぐに色が変
  わってしまいますが、「トマト」や「赤ピーマン」みたいな「赤い野菜」は加熱した後
  も変色しにくいというような話だったかと思います。
  この話が絵具や顔料に当てはまるのかどうかはわかりません。

それはさておき、そういう「強い色」を使ったからと言って「強い絵」に成るとは限らないというのが、とっても残念な所なんですが、まぁ、要するに「色」は、「単色」による効果よりも「対比」だと言うことなんでしょうね。


それでも、「弱い色」ばかり使っているよりはチョットはマシなんじゃないか?
ということで、『こういう絵はシツコイんだよ!』って言われても、やっぱり、「強い色」を使ってしまうわけなのです。


そんなわけで、『この絵の中の、この場所における「最強の色」は、どの色なんだろう?』といつも考えてしまうわけですが、そういうことで、チョットだけ「絵」が力強く成っているような気もします。

『いや、気のせいか?』

そんな風にも思います。


「自作の筆」の価値:(画像追加しました)

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この記事は、2年ほど前に書いた記事なんですが、

その時は画像が無かったので、追加しました。
「続きを読む」をクリックすると画像があります。
(上の画像も今回挿入したものです)


私の場合、「絵」に使う道具類で、いろいろと「自作」しているものがあるわけですね。

 ※このブログでも「自作大型アトリエ・イーゼルの作り方と
  「自作キャンバス木枠の作り方]と言う二つの記事を書き
  かけたんですけど、これらを画像なしで説明するのは、
  あまりに不親切キワマリナイと思って、「ボツ」にしました。


基本的には、「売ってないモノは自分で作るしかない」ということですけど、ただ単に、「あまりに高いから」と言う場合もあります。
それから、かなり昔に仕事で使うために作ったものもけっこうたくさんあるので、必ずしも、自分の作品のために作ったものばかりでもありません。

とにかく、そういう「貧乏性型の器用貧乏」と言う「二重貧乏系」によって、いろいろと作っているわけですが、中でも、「自作の筆の価値」を、最近になって見直しております。

おもに、二十年近く前に作ったものなんですけど、その当時考えていた使い道とは全く違う使い方で、今、自分の作品の制作に使ったりしていますけど、思いもよらないようなテクスチャー表現が出来てきたり、『この筆じゃないと、こうならない』っていうような、ビミョーな感じが出てきたりと、意外と重宝しているんですね。

ほとんどは、安物の刷毛や、使わなくなった筆をばらして作ったりしたものなんですけど、普通の筆としては、全然使い物にならないようなモノの方が、意外性があって面白いですね。


これは、売っている筆だけを使っていると、なかなか気が付かないことだと思うんですけど、筆の種類って、すごくたくさんあるんですが、実は、それらの筆はほとんど「古典的な技法」に沿った形で作られていて、もう少しチガウ(新しい)手法のための筆と言うのは、あんまり、豊富には開発されていないみたいなんですね。
と言うか、ほとんどないかも知れません。

絵具や、メディウムなどの素材については、どんどん新しいものが出てきますし、道具なんかでも、使いやすいものができてきている分野もあると思いますけど、なぜか「筆」に関しては、「天然毛」の代用としての「合成繊維製の筆」と言うようなものにとどまっていて、それらは、あくまで代用品の域を出ていないと言えるでしょう。

私の場合、外国の技法書に出ていた筆や刷毛が、日本では入手しにくいものが多かったので(特殊な装飾に使うもので、これも本来の使い道としては古いものです)、似たようなものを作ってみたわけですが、実際には、「毛質」が違っていたりして、本来の使い道としては、「イマイチ」のものが多く、活用できたものは少なくて、ほとんどのものは、あまり出番がありませんでした。

それが、自分の作品に使ってみると意外な効果が現れてくることがあって、『これいいじゃないか?』ということになったわけですね。

その時点では、『まぁ、たまたまでしょうね』と思っていたわけですが、いざ、それと同じような感じを出そうと思うと、その筆でしかその感じが出せないということに気付いたわけです。


また、筆を作ってみると、気が付くことなんですけど、意外なことに、ごく普通の「豚毛」や安物の「油性塗料用の刷毛の毛」でも、大型の刷毛で毛足が長いやつをバラして、細めの筆に仕立て直すだけで、まったく違う筆触に成るんですねぇ。

それから、素人が作るっていうのもポイントだと思いますね。

プロが作ったものは皆同じになりますが、素人が作ると同じようにできないんですね。
どっちかっていうと、『こういう筆がイイ』と言われているものと逆の性質のものにこそ、「自作する価値」があると思います。


たとえば、まったく含みのない「毛質」や、コシが無くて非常に使いにくそうな刷毛の毛などですね。
(こういうのは「油性ペンキ」などに使う刷毛に多いようです)

それから、ありふれた、「豚毛」でも、一般的には、内側に向かって毛がカールするように作られているわけですが、それを、わざと「外ハネ」にしたり(と言っても、きれいな「外ハネ」にはならないんですけどね)、乱雑にまとめたりすると全く違った筆触に成ります。


もちろん、「使いやすいタイプの筆」も必要なんですけどね。
だから、そちらの方はあまり「貧乏性」にならないで、ある程度イイモノを買うことをおススメしますよ。

実際作ってみて言うんですけど、「マトモな筆」を自分で作るのはとても大変です。
でも、「マトモじゃない筆」については、やればなんとかできるし、なんと言っても”絶対売ってない”ので(売れないしね)、自分で作ってみてもいいんじゃないかと思いますよ。

柄の形なんかも、意外に自分の手になじんだものができたりしてね。

『これは、本当におススメですね!』

「おススメって、いったい誰に?」

『・・・・・・さぁー?・・・強いて言えば・・・バカモノ?』

ということで、是非「バカモノ」の方は試してみてください。

と言うことでございます。




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「NNナムロン」という筆がいい!



前に、筆のことを書いた記事で、「合成繊維の筆」なんて、所詮「天然毛の筆」の代用品に過ぎない!というようなことを書いたことがあるんですが、実は、最近に成って使い始めた、「ナムラ」の「NNナムロン」という合成繊維の筆が、やたらと使いやすくて、やたらと長持ちして、けっこう値段が高い、ということがわかったので前言を訂正いたします。
(別に、「ナムラの回し者」じゃないです)

最後の『値段が高い』はともかくとして(高級な豚毛筆よりは少し安いくらい)、使い心地として、ほとんど「上等な豚毛筆」と変わらないし、それ以上に、なんと言っても長持ちします。
質のイイ豚毛筆は、毛先がすり減ってきたときでも、それなりに穂先がまとまってばらけにくいわけですが、質の落ちる豚毛筆や一般的なナイロン製の筆はけっこう早い段階で穂先がばらけて来たり、外ハネしてしまったりするわけですねぇ。

とくに細い号数の筆の場合チョットばらけて来ただけで使いにくくなてしまったりもするわけですけど、この「NNナムロン」は「0号」の筆でもかなり長持ちして、しかもすり減ってきたときでもあまりばらけたりしません。
(いや、けっして「ナムラの回し者」じゃないです)

私の場合は、太い筆は天然毛の「豚毛筆」を使っていますが、「0号」と「8号」の二種類に限っては、最近「NNナムロン」しか使わなくなってしまったほどです。
しかも、これから先、細めの筆に関しては、この筆を中心にしていこうと思っています。

細い豚毛筆って、上質な筆でも、そんなには長持ちしないことが多いですから、この耐久性はやはり魅力だと思いますよ。
それから、筆を洗っている時に毛が傷んでしまうことも少ないと思うので、そういう意味でも長持ちですね。

あと、本物の豚毛筆よりも、ワンサイズ上の筆でエッジの利いた細い線が描けるという感じがあります。
(これは使い方にもよると思いますけど)

そんな感じで、「NNナムロン」は絶対におススメです!!
(絶対に「ナムラの回し者」じゃないです)




プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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