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Category現在起きていること 1/6

【民主主義=多数決】 と言う公式は、もう考え直した方がいいのでは?

現在までの民主主義の歴史においては、常に『多数決で決める』と言うことが大原則であったわけですけれど、これは、もう成り立っていないことが、はっきりして来ているんじゃないのかなと思うのです。多数決と言っていますけど、実際に多数決をとることが全くできていないわけで、実態としては、今行われている政治がどれだけの人に支持されたものであるのかは、もう誰にもわからないものになってしまっていると思いますね。それで...

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「自由競争」が「不自由」を作り出しているのでは?

資本主義経済や自由主義経済の基本をなしているものに、「自由競争」の原理があるわけですけれど、現在の社会においては、〝自由な競争"が〝不自由な状態"を招いているように思うわけなのです。そもそも、「自由競争」は、自由に競い合うことで、人や企業の「ベスト・パフォーマンス」を引き出すことができるという考えに基づいて採用されているものだと思うのですけれど、現状は、そうなっていると言えるでしょうか?確かに、過去...

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現代社会は絡まり合った「多重規範」

ダブルスタンダード=二重規範と言う言葉がありますが、現代社会は、単なる二重規範ではなくて、より複雑化した「多重規範」だと思うのです。規範が統一されていないために、判断の基準が曖昧になって、何が正しいことなのかが見えにくくなると言うのが、ダブルスタンダードが生み出す弊害かと思うわけです。こういうことだけでも、かなりの害なわけですけれど、現代社会においては、あらゆる場面において複数の規範が存在していて...

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人間は、まだ「言葉」を使いこなせていない? 

人間と他の動物を、最もはっきりと区別できる点は、論理を構築する性質(習性)を持っているか否かではないかと思います。しかし、その反面、人間はまだ言葉を上手くはコントロールできていないように思うわけです。人間は何をするにも、先ず言葉で考えて、そこに何らかの理論を展開してからでないと実行できないといってもいいほど、言葉で考えることが習性化していると思うわけです。でも、それがなかなか上手くは出来ていないと...

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個人を無能化させても、もう「トク」はない

現代の社会と言うのは、人間を社会の一構成要素として扱うことで、効率化を進めてきたわけですけれど、それによって得られるところの成果が、かなり前から頭打ちになってきていると思うわけです。それに対して、そこから生まれる弊害の方は、年々大きくなって、既に、成果の方を上回ってしまってからですら、かなりの年月が経過してしまったように思われるわけなのです。要するに、社会は人間をより単純化して、社会と言う機構を効...

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刑罰について

犯罪に対する刑罰についての論議となると、最近では「死刑の是非」と言うのが多いと思うわけです。確かに、それは、刑罰についての最も集約された部分なのでしょう。でも、実は死刑を肯定するか否定するかよりも、刑罰を、社会機構の中で、どのような機能として捉えるのかが問題なのではないかと思うわけです。主に「犯罪抑止力」としての機能と、「犯罪者の更生」という二つの機能が考えられるわけですけれど、二つの機能のどちら...

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「言葉の仕掛け」というもの

言葉には「言葉の仕掛け」に成りやすい性質があると思うのです。ここで言う「言葉の仕掛け」とは、表面上はその言葉の示す通りの意味に見えていながら、その裏側に、それとは違う意味や方向性を持ってしまっている言葉のことを指しています。それは文学表現上の「隠喩」というのに似ていなくもないわけですが、そちらとの違いは、「隠喩」があらかじめ意図されたものとして、敢えて、表と裏の二つの意味を与えられているのに対して...

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誰のことも、見捨ててはいけないと思うのです

人と言う生き物は、社会から見捨てられると生きて行けないと思うわけです。だから、どんな人も見捨てられてはいけないと思うのです。募金とか寄付と言うのがありますけれど、あれは、「金銭の施し」ではないと思うのです。あれは、『あなたたちを見捨てていませんよ』と言うサインなのだと思うわけです。そして、受ける側も「お金」を貰っているのではなく、『自分たちが社会から見捨てられていない』というアイデンティティを受け...

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今も、日本人は「集団暗示」に陥ってませんか?

ハッキリ言って、日本人は、集団暗示にかかりやすいと思うのです。第二次大戦中の話でよく聞くのが、『あの時は本気で、B29を竹槍で落とそうと思っていた』という話です。「タケヤリ」ですよ。「突いて」ですよ。何千フィートとか届かないですよね。また、『神の国である日本が、負けるわけないと思っていた』なんて言うのもあります。そこにあるのは、理屈でも、理由でも、根拠でもなく、「集団暗示」なわけです。要するに、い...

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「真面目さ」を”バカにする”風潮

現代の日本社会には、「真面目さ」を軽視する傾向があると思うわけです。そして最近になって、この傾向が急に強まって「真面目さ」を”バカにする”人が激増していると思うのです。もともと、日本人の長所として、いつも決まって挙げられていた「真面目さ」や「勤勉さ」が、いつの間にか軽視されるようになり、今では、とうとう”バカにされる”ようにまでなってしまったわけです。しかも、最近の傾向として、どうやら「真面目さ」を一...

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「いっしょうけんめい」について

だいぶ前に聞いた話なのですけれど、「いっしょうけんめい」には、「一生懸命」と「一所懸命」(これは「いっしょけんめい」と読むらしいです)があって、ずっと懸命にやり続けるのが「一生懸命」で、とにかく、その場だけでも懸命にやるというのが「一所懸命」だそうです。それを言っていた人は、「一生懸命」は、そう簡単にはできないけれど、「一所懸命」ならば、誰でもやる気さえあればできるはずだと言っていました。その通り...

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人間は「食物連鎖の環」から外れた動物

「弱肉強食」とか「自然淘汰」というのは、自然界のバランスを保つための、最も根源的な法則だと思うわけです。でも、人間は、この原則から外れてしまっているように思うわけなのです。人間は、自分が食べるために動物や植物を生産します。人間は、特定の動植物を乱獲して、そのあとでそれを保護したりもします。人間は、自分に有用な「種」を改造します。人間は、産業廃棄物を排出しつつ、エコロジーにも配慮して、そのエコを産業...

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「マンガ」から「アニメ」そして「オタク」へ

昔は、と言ってもだいぶ昔ですが、大人が公然とマンガを読んでいたりすると、白い目で見られるというようなところがあったと思うのです。おそらく今の若い世代では、そんなことを言っても、それがどういうことなのかもわからないのでしょう。つまり、一言で言えば、昔の人は”シンジラレナイほど頭が固かった”わけです。子供が読むものと大人が読むものは、はっきりと分かれていて、大人が子どもの読むものを読むことや、子供が大人...

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「自己実現」とは「欲望の実現」

「自己実現」と言う言葉をとても良く耳にするわけです。これには、「夢をかなえる」とか「やりたいことを見つける」と言うような意味も含まれると思いますけれど、もう少し現実的な印象もあって、社会の中で、自己の位置づけを確立して確固たるものにするというようなこともあるのだと思うわけです。要するに、金銭や地位・名誉と言った現実的なものに対する「欲望」の達成を「自己実現」と言っている部分がかなりあるのだと思うわ...

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いま、何かから「逃げること」の意味

「逃げること」と言うと、あまりいいことだと考えられてはいないと思います。でも、現在は「相対化の時代」でもあると思うわけです。「相対的」に物事を見た場合、「逃げること」を「攻めること」と捉えることもできるわけです。つまり、相手から遠ざかることは、相手を遠ざけていることでもあるわけです。ある一つの基準点を想定して、そこを中心にして全てのもの事を測れば、中心から遠ざかっていくことは、「逃げること」でしか...

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「老化」は「劣化」ではないと思うのです

前に、他の記事でも触れたことなのですけれど、現在日本では、「年をとること」を「劣化」と見る傾向があると思うのです。確かに、物はすべて経年とともに「劣化」するわけですけれど、それは、あくまで物質的なことに限ってであって、それを精神世界にまで当てはめてしまうことには、問題があると思うわけです。つまり、本の表紙が擦り切れたり、印刷のインクが薄れてしまったことを、その本に書かれている「内容の劣化」と看做し...

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「仕事ができる」という罠

現代社会において、『仕事ができる』と言う言葉が、とても厄介な「罠」になってしまっているわけです。現在の職場環境においては、『仕事ができる』は、誰も逆らうことのできない、”絶対的な要素”とみなされているようです。実際に、いろいろ問題がある人であっても、『でも、あの人仕事はできるから』と言われてしまうと、誰も、それ以上の”ツッコミ”ができなくなってしまうわけです。逆に、とても人間的に信頼できる人だったり、...

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「空気を読む」ということ

現代社会においては、「空気を読むこと」が必要以上に重要視されているように思えるのです。でも、それは単なる”日和見”にしか思えない場合がとても多いわけなのです。『空気を読む』と言っていますけれど、読んでいるのは、強い立場にある者の「空気」である場合が非常に多いわけで、弱い立場にある者の「空気」を読んでも、それは「空気を読んだこと」にはならないわけです。つまり、それは日和見的な人間が、自分の日和見的な行...

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現在のマスコミは”情報を歪める”機関になっている?

現在、マスコミを通した情報と言うのは、ことごとく歪んでしまうわけなのです。これは、なにも悪意があることに限った話でもないようです。もしかすると、マスコミと言うものが「情報を歪める機関」に成ってしまっているのかも知れません。もともと、コミュニケーションと言うのは”情報の伝達”や”意思の疎通”のことなわけでしょうが、それが「マス」+「コミ」に成ると”情報伝達(意思の疎通)を歪める”ものになってしまうというこ...

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「人間は特別な存在」ということにしてしまった方がいいのでは?

エコロジーなどの『地球環境を守ろう!』と言う話においては、『人間はもっと謙虚になって、自然を大切にしなければいけない!』と言われることが多いと思うわけです。確かに、そのとうりだと思います。人間と言うのは、いつも、あまり”後先考えず”に、自然を、いとも簡単に破壊したり、そうかと思うと、唐突に過剰な保護をしてみたりと、何かにつけて、やり放題なわけなのです。だから、『もっと謙虚になって』と言うのは、当然な...

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