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Category「神」や「神秘」について 1/2

「見えるもの」と「見えないもの」

世の中には、「見えるもの」と「見えないもの」と言うのがあると思うのです。それは、なにも目ではっきり見えるか否かということに限らず、確信を持って判断できるものと、できないものと言う意味です。 ※ここで言う「確信をもって判断できるもの」と言うのは、「完璧に疑いようのないうもの」  と言う意味ではありません。  世の中に、そんなものは無いような気がしますが、それでも、「人間が確信してしまうも  の」と言...

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「奇跡」について

「奇跡」と言う言葉は、けっこう簡単に使ってしまうわけですけれど、本来は、「神」に直結した神聖な言葉なのではないのかなと思うわけです。本来「奇跡」とは、ただ単に有り得ないようなことが起きたというのではなく、神的な力が降臨して行われたことを指して言うことなのかなと。でも、現代人にとっては、神聖さがあまり強く感じられない方が都合がいいようにも思えるわけです。現代社会においては、「神」の存在感はかなり希薄...

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現世の中の「輪廻転生」

「輪廻転生」と言う考え方があるわけです。詳しいことは知りませんけれど、要するに「生まれ変わり」ということなのだと思っています。そういうことが、有るのか無いのかということは、チョットわかりませんけれど、私といたしましては、人間は生きているうちに、けっこう「輪廻」を繰り返しているんじゃないのかなと思っているわけなのです。まず、一番単純なことで言うと、「寝ている時」かなり「死んでる」と思います。「朝起き...

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「DNAが運んでいる情報」は「人間の情報」ではないと思うのです

「DNAが運んでいる情報」について、その情報こそが、人間と言うものの実体であって、個々の人間は、それを世代から世代へつないでいくための”器のようなもの”に過ぎないと言う考え方があると思うわけです。それは、それで一つの事実なのかなとも思うのですけれど、私は、「DNAが運んでいる情報」は「人間の情報」ではないと思っているわけです。つまり、「DNAが運んでいる情報」とは、「物質としての人間」や、せいぜい「生物とし...

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宗教のソフト化

宗教がソフト化してきていると思うわけです。最も端的な例で言えば、他の宗教を排斥しようとしなくなったということです。その分だけでも、争い事が減ったのであればいいことだとは思うのですが(本当に減ったのかどうかはわかりませんが)、宗教の本質を考えると疑問が出てきてしまうわけなのです。もともと、宗教は、自分たちの信じる「神」や「教義」を、”絶対”とすることを基盤として成り立っているものだと思うのです。それな...

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「信仰」とは何なのか?ということ

これは「信仰」についての、私の勝手な言い分なので、「信仰」をお持ちの方には納得できないことかと思いますが、その辺のところはお許しください。「信仰」とは、「不確かなことを確信すること」なのだと思っております。つまり、はじめから「確かなこと」であれば、「信仰」する必要もないわけですし、それは”信じざるを得ない”わけです。だから、そういうことをいくら信じていても「信仰」とは言わないのでしょう。不確かである...

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いまも「信仰」は必要なのか?

「信仰」と言うものは、現代と言う時代の中で、どのような役割を担っているのでしょうか?以下は、「信仰」を持たないような人間の考えることですので、「信仰」をお持ちの方は、お気になさらないでください。と言っても、「宗教」がキライだというこが言いたいわけではありません。また、「信仰」と言うものを悪いものだと捉える気持ちもありません。私が言いたいことは、「絶対的なもの」と言うのは、つまり「神」ですね、今もま...

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「神」への疑い

『「神」への疑い』についてです。こういう話をすると、「信仰」をお持ちの方は、ご気分が悪いのかもせれませんが、宗教や信仰に対してケチをつけようというものではありませんので、また、私にとっても、一つの重要なテーマとして真面目に考えていますのでお許しください。このブログの中でも何度か書いていますけど、私は、もう「神の時代」は終わっていると思うのです。つまり、人間は「宗教」と言う概念を卒業して、自己責任で...

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「殺生の境界線」

いろいろな理由で、「菜食主義」を実践している人が居らっしゃいますよね。(私の個人的な知り合いには居ないですけど)これは、おもに「宗教的(人道的)な菜食主義」と「健康のための菜食主義」の二つに分かれるんでしょうね。「健康のための菜食主義」はともかく、「宗教的(人道的)な菜食主義」に置いては、おそらく「殺生」と言う概念が関わっているんでしょうね。(動物愛護的な立場の人も、方向性としては、これに近いんだと...

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「人間性の信仰」

私は、このブログの中で、人間は「宗教」を一旦卒業したほうがいいんじゃないか?と言っているんですけど、それは、けっして「宗教」を否定しようということでもないんですね。またいつか「宗教」が必要になるのかもせれませんしね。「神」とか「宗教」とかって言うものは、すでに人間の意識の中に存在していますし、それを消してしまうことは出来ないわけですから、無理に否定しても、あまり意味もないと思っていますし(出来たと...

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「不思議」と「可思議」

「不思議」があるなら、「可思議」だってあってもいいんじゃないかと思うわけです。「不思議」があって、「不可思議」まであるのに、なんで、「可思議」だけないんでしょうね?それこそ「不思議」ですよね。ここで言う「可思議」は、要するに「わかっていること」ってことに成りますね。まぁ、実際には「わかっている」ということにしているだけなんでしょうが、それでも、あまり問題にならないようなことと言うところでしょうか。...

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現在考えられる「神と芸術の関係」

「芸術」と「宗教」は、昔から深い関係があったんだと思います。「哲学」もそういう分野だといっていいでしょう。それらは、いずれも「真理を追究する」ということで近い位置にあるんだと思うわけです。だから、「神」が「究極の真理」であると信じられていた時代においては、「神の世界」を表現することこそが「芸術」でもあったんだと思います。 ※これは世界中のいろいろな地域で同じようなことが言えると思います。  「神」...

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現在考えられる「神と芸術」の関係」(つづき)

前の記事からの続きに成ります。さて、「芸術」も「宗教」も、19世紀~20世紀にかけての「人間の意識の変化」によって、「すべて」というモノを目指すようになってきたんじゃないか?ということです。こういう傾向はけっこう前から続いているんだと思いますけど、「すべて」は、そう簡単に到達したり現したりできないので、なかなかそこから卒業できないというところなんでしょう。ただ、ここで一つ問題があって、「宗教」において...

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「スピリチュアル」が「一人カルト宗教」に成ってしまうという危険性

この10年~20年ほどの間に、「スピリチュアル」とか「スピリチュアリズム」という言葉を耳にする機会が、ずいぶん増えたように思うわけですが、まぁ、「ブーム」っていうことなんでしょうね。たぶん。「ブーム」なんて言うと、怒る方も居らっしゃるでしょうが、「スピリチュアル」をやっている人が、みんな「極める」っていうような方向でやってるわけでもないんでしょうから、現在の、「スピリチュアル信者急増」は、やっぱり...

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「神の言葉」・「悪魔の言葉」・「人間の言葉」

宗教的な意味で言うところの「神の言葉」とは、神が語ったとされている言葉や、神の代弁者として認められた人が語った言葉と言うことに成るわけです。そして、その「神の言葉」に反するような「言葉」を「悪魔の言葉」とすることが多いと思います。要するに、「神の教えに背く」ということですね。ただ、これらをよく考えてみると、すべて人間が語っている言葉であるわけです。どんな宗教においても、同じだと思うんですが、「神様...

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すべての「宗教」は「相似形」なのか?

世のなかにはいろいろな宗教があるわけですが、実は、「宗教」と言うのは、すべて「相似形」であって、本質的には同じものだと思うわけです。もちろん、「その宗教」を信仰している人にとっては、『そんなことは無い!私の信じている「神」以外の「神」など居るはずがないのだから』ということに成るんでしょうが、そういうこと自体が、ほとんどの「宗教」でいわれることなわけで、そういうところも含めて「相似形」だなと思うわけ...

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「宗教」の「行き止まり」

前の記事に続いて、これもまた「宗教」についての話です。信仰をお持ちの方には納得いかないことに成ってしまうでしょうが、真面目に考えていっていますので、そこのところはお許しください。さて、いきなりですが、私は「宗教」には「行き止まり」があると思うわけです。つまり、あるところで必ず”にっちもさっちもいかない”状態に成ると思うんですね。要するに、人間には「神様」が把握できないという問題があるわけです。だから...

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「神話」から「人間の話」へ

「神話」と言うと、「ギリシャ神話」とか、日本で言えば「古事記」や「日本書紀」に出て来るような大昔のお話という印象がありますよね。そういう「神話の時代」って、いつ頃までなんだ?ということを考えると、それは「宗教」と呼ばれているものが現れてくる前の時代までなんじゃないかと思うわけです。「神話」と「宗教」って、似ているところもありますけど、根本的にかなり違うモノだと思うんですよね。要するに、同じところは...

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「動き続けること」

どんなモノも、いつも動き続けていると思うわけです。いや、むしろ、『完全に止まることができるモノなんて無い』と言うべきなんじゃないだろうか?そう考えると、もしかしたら「動き続けること」こそ、全てのモノに与えられている「永遠の目的」なんじゃないかと思うわけです。もちろん、一見すると止まっているように見えるモノはあるわけですが(岩とか)、そう言うモノも、ミクロの視点で見た場合、分子や電子のような目に見え...

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「不思議」は「ナイこと」に意味がある?

「不思議なこと」全般に言えることですけど、そういう「不思議なこと」が『あるのか?ないのか?』という切り口で語られることが非常に多いわけです。しかし、「不思議」の存在を問うこと、つまり、『アルのか?ナイのか?』ということよりも、「不思議なことの存在が確認できないこと」、つまり、それが『ナイ!』ということの方にこそ、意味があるような気がするわけです。 ※これは、必ずしも物質的な意味でだけの話でもなくて...

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