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Categoryその他の話 1/14

「差別」と「区別」

「差別」と言うのが、わたしはとても嫌いなんですんねぇ。一番嫌いなものは何かと言われたら、間違いなく「差別」と言うでしょうね。なぜ、そこまで嫌いなのかはわかりません。ところがですよ、「区別」は好きなんですね。おかしいですよね。どうも、私の中ではこの二つは全く別のもので、それほど近しいものではないようなのですね。敢えて、この二つの関係はと言えば、正確に「区別」ができていると「差別」が起き難いということ...

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「自信」なくてもいいと思うのです

「自信」というと、当然のように「私は〇〇ができる」と言うことが前提になっているわけですけど、この「私は〇〇ができる」は、私には本当の「自信」だとは思えないわけです。だって、「できなく」なれば消えてしまうわけですから、それほどしっかりした「自信」とも言えませんよね。ところが、それに反して「できなく」ても平気で「自信がある人」もいるわけですね。たぶん、そういう人は、常に肯定され続けて育った人なんでしょ...

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「ポジティブ」と「ネガティブ」

今は、どちらかと言うと、と言うより、はぼ完全に「ポジティブ」が支持される時代だと思います。「ネガティブ」と言うと批判されるか、言い訳のような使い方をされることが多いと思うわけです。『どうせネガティブですよ』みたいにですね。でも、わたしとしては、その二つは両方そろっていて、初めて意味があるものだと思うわけです。「ポジティブ」と言うと、いいように聞こえますが、『ちょっとそれは無理なんじゃないの?』と思...

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「人間」は「人間未満」

「人間」と、簡単に言ってしまっていますけれど、実は「人間」っていうのは、完全に「人間」に成れていないように思うわけなのです。言葉の上で「人間」と言う場合と、「実際の人間』には、かなりの落差があるような気がするわけです。つまり、「実際の人間」は、「人間未満」なんじゃないのかなと思ってしまうわけですね。例えば、イジメや犯罪について『そんなことは人間のすることじゃない!』なんて言ったり、常識や道徳を守る...

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理想的な通貨(妄想です)

タイトルの通り、私の妄想なので現実味のない話になりますけれど、私は、全てのものに期限があればいいと思っているのです。例えば、お金の価値とか、金(ゴールドの方ですね)や宝石とか、土地とか、とにかく、ありとあらゆるものの価値に期限が付けられたら、すごくいいんじゃないかなと思っているわけです。なぜかと言えば、世の中に「絶対的なもの」というのは無い方がいいいんじゃないかと思うんですね。というよりも、「絶対...

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【民主主義=多数決】 と言う公式は、もう考え直した方がいいのでは?

現在までの民主主義の歴史においては、常に『多数決で決める』と言うことが大原則であったわけですけれど、これは、もう成り立っていないことが、はっきりして来ているんじゃないのかなと思うのです。多数決と言っていますけど、実際に多数決をとることが全くできていないわけで、実態としては、今行われている政治がどれだけの人に支持されたものであるのかは、もう誰にもわからないものになってしまっていると思いますね。それで...

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「人間性への愛着」

私はどうも「完全なもの」よりも「不完全なもの」の方に惹かれてしまう傾向があるようです。そして、それは、一言で言えば、「人間的なもの」ということなんだと思います。矛盾した言い方になってしまうのですが、「不完全なものの中の完全性」とでもいうような、「崩れ具合が完璧」みたいなのがあると思ってしまうわけなのです。それから、どうも「完全無欠」なものと言うのが好きになれないと言うのもあるわけです。いずれにして...

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「組織」には意思があると思うのです

ある法則や規則に基づいて集団が形成されれば、それを「組織」と呼ぶことができるのかと思います。社会性を持った動物や昆虫などもいますから、人間には限らないのでしょうが、まぁ、一応、ここでは人間の「組織」ということで。そこで、よく感じてしまうのは、「組織」の実態は、それを形成している個々の人間なわけですが、その個々人の意志や意向と、一致しているとは思えないような「組織の意思」と言うものが、「個人の意思」...

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「前向き」ということについて

「前向き」と言えば、当然いいことということに成っているわけですけれど、私といたしましては、これに若干の異議があるわけなのです。まず、最初に感じてしまうのは『無理してるんじゃないの?』ということなのです。だいたい、自分の状態が「前向き」なときに、あえて「前向き」は使わないんじゃないのかなと。やはり、落ち込んだり自信がなくなったりして、「後ろ向き」になりかけた自分を、鼓舞したり、立ち直らせようとして「...

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「自信」について

「自信」と言う言葉について、それは自分で勝ち取るものだという考え方と、それは人から与えられるものであるという考え方があるように思うのです。「自信」は自分で獲得するものであるとした方が、納まりがいいように思うのですけれど、「自信」の中でも、絶対的な「自信」みたいなものと言うのは、自力では獲得できないように思うのです。やはり、普通は誰でも人から褒められれば「自信」が付きますし、貶されたり、相手にもされ...

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「自由競争」が「不自由」を作り出しているのでは?

資本主義経済や自由主義経済の基本をなしているものに、「自由競争」の原理があるわけですけれど、現在の社会においては、〝自由な競争"が〝不自由な状態"を招いているように思うわけなのです。そもそも、「自由競争」は、自由に競い合うことで、人や企業の「ベスト・パフォーマンス」を引き出すことができるという考えに基づいて採用されているものだと思うのですけれど、現状は、そうなっていると言えるでしょうか?確かに、過去...

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「上下のない世界」

前にも書いたことなのですが、私はとにかく差別や格差と言うものが嫌いで、なぜかは、自分でもはっきりしないのですが、生理的な嫌悪感に近いものを感じてしまうわけなのです。(正義感や道徳心からきているものとも違うように思います)だから、もしも、世の中が上下のないフラットな世界に成ったら、きっと気持ちがいいだろうなと思ってしまうのです。もちろん、それが実現できるようなものでないことはわかっていますけれど、年...

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現代社会は絡まり合った「多重規範」

ダブルスタンダード=二重規範と言う言葉がありますが、現代社会は、単なる二重規範ではなくて、より複雑化した「多重規範」だと思うのです。規範が統一されていないために、判断の基準が曖昧になって、何が正しいことなのかが見えにくくなると言うのが、ダブルスタンダードが生み出す弊害かと思うわけです。こういうことだけでも、かなりの害なわけですけれど、現代社会においては、あらゆる場面において複数の規範が存在していて...

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討論する習慣

日本人は議論や討論が苦手だとよく言われますけれど、確かに、もう少し本質的な話をするような習慣があった方がいいのではないかと思うわけです。また、『何も考えない人間が多すぎる』というのもよく言われますが、実は、それも初めから考えないのではなくて、ある程度のことを考えていても、その考えを人と議論したり討論したりして発展させる機会がないから、一つの考えから変化することがなくて、平滑で一辺倒な考えに留まって...

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「悪口」=「ネガティブ」なのか?

「悪口」と言えば、ネガティブの代表なわけですけれど、それは「悪口」の定義によると思うわけなのです。悪くない人を悪く言うのが「悪口」であれば、それは間違いなくネガティブでしょう。また、いいところも悪いところもあるようなことについて、その中の悪いところだけをわざわざ拾い出して悪く言うのも、確かにネガティブなことだと言えるのでしょう。 ※ここで「悪い人」とか「悪いこと」と言っているのは、基本的にそれを言...

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人間は、まだ「言葉」を使いこなせていない? 

人間と他の動物を、最もはっきりと区別できる点は、論理を構築する性質(習性)を持っているか否かではないかと思います。しかし、その反面、人間はまだ言葉を上手くはコントロールできていないように思うわけです。人間は何をするにも、先ず言葉で考えて、そこに何らかの理論を展開してからでないと実行できないといってもいいほど、言葉で考えることが習性化していると思うわけです。でも、それがなかなか上手くは出来ていないと...

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「見えるもの」と「見えないもの」

世の中には、「見えるもの」と「見えないもの」と言うのがあると思うのです。それは、なにも目ではっきり見えるか否かということに限らず、確信を持って判断できるものと、できないものと言う意味です。 ※ここで言う「確信をもって判断できるもの」と言うのは、「完璧に疑いようのないうもの」  と言う意味ではありません。  世の中に、そんなものは無いような気がしますが、それでも、「人間が確信してしまうも  の」と言...

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「人間を否定すること」と「行為や状態を否定すること」は全く違う

このブログでも何度か書いてきたことですが、現在の日本では、否定的なことを言うことがタブーのようになってきていると感じるわけですけれど、これには、かなり見落とされているところがあるように思えるわけなのです。見落とされていることは、いくつもあると思うのですけれど、中でも「人間を否定すること」と「行為や状態を否定すること」が、ほとんど区別されていないと言うのは、かなり大きなことではないのかなと。「人間」...

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個人を無能化させても、もう「トク」はない

現代の社会と言うのは、人間を社会の一構成要素として扱うことで、効率化を進めてきたわけですけれど、それによって得られるところの成果が、かなり前から頭打ちになってきていると思うわけです。それに対して、そこから生まれる弊害の方は、年々大きくなって、既に、成果の方を上回ってしまってからですら、かなりの年月が経過してしまったように思われるわけなのです。要するに、社会は人間をより単純化して、社会と言う機構を効...

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刑罰について

犯罪に対する刑罰についての論議となると、最近では「死刑の是非」と言うのが多いと思うわけです。確かに、それは、刑罰についての最も集約された部分なのでしょう。でも、実は死刑を肯定するか否定するかよりも、刑罰を、社会機構の中で、どのような機能として捉えるのかが問題なのではないかと思うわけです。主に「犯罪抑止力」としての機能と、「犯罪者の更生」という二つの機能が考えられるわけですけれど、二つの機能のどちら...

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