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絵画作品の額装について(日本人として思うこと)



現代アート作品の展示を見ると、平面作品で額装していないものが多いようですけれど、そういう展示を見ていつも思うのは、この「無額」には本当に意味があるのかな?ということです。

現代アートの流れを考えれば「無額」はごく自然なことだと思うのですが、それだけに、当たり前でちょっとつまらないなと思ってしまうわけです。

作品の中で攻めて(チャレンジして)いるものであればあるほど、その「無額」が、ややシラケて見えてしまうのです。
また逆に、物静かでクールな作品だと、今度は作品の側面の厚みが気になって来たりします。
おしゃれな服を着ているのに、洋服にタグが付いたままだったりするような感じでしょうか。

でも、実は、前から、私も額装に非常に抵抗があるんです。
それで、よくよく考えたわけです。

そして、私が行きついたのは日本の「茶室」なんですね。
(絵を茶室に飾ろうということじゃありません)

私は、「茶室」とは世界に類を見ないほど、意匠を幾重にも凝らした「額」だと思うわけです。

「茶室」には、庭があり、庵があり、くぐり戸があり、ふすまや障子があり、そしてようやく「茶室」があり、その中にもさらに床の間があり、その床の間の中にさらに掛け軸がかけられ、その手前に花が活けられたりもします。

障子を開ければそこには、また庭が見え、その庭という風景画を欄間が縁取るという、迷宮のような多重構造の「額」なんじゃないのかなと思うんですね。

これに比肩するほどの額文化は、世界中探しても、なかなかないのではないかなと。

「茶室」における、庭・くぐり戸・ふすま・障子・床の間・掛け軸・生け花・欄間・茶道具そして主人・客人と彼らの衣装など挙げればきりがないほどに、折り重ねられた要素は、どれもが、見方によって主役=「絵」ともとれるし、脇役=「額」ともとることができるような気がするわけです。

これと比べるとどうしても、前述の「無額」は、いかんせんチャチだなと。
日本人が、この西洋美術の流れの中で、ごく当たり前のこととして出てきたような、そして、そこからほとんど進歩もしていないような、ややもすると短絡的な発想である「無額」を採用する必要はあるのかなと。

ゴッツイ「額装」で偉そうにしたくないというのはあると思うのですが、だからと言って「無額」はどうかなと。
そんな「チャチな発想」から抜け出すのに一番近いところにいるのが日本人かもしれないのに、チョト残念だなと。

私はそんな風に思ってしまうのです。


※追記 

西洋美術の流れの中に置いて、教会建築とその祭壇画を縁取る装飾に、この記事で述べている「茶室」のような「多重層の額縁」に当たると思われるものがあるようです。
そういったことに詳しくないのでよくはわかりませんが、ここでいう「茶室」との違いは、宗教的な意味合いが強いことだと思っています。

ここで主に述べているのは、芸術と言う「異世界」への「入り口」でもあり、それを封じ込めておくための「結界」でもある「境界線」としての「額」でありますから、「神の世界」との間の「境界線」としての「祭壇装飾」とは、今のところ区別して考えています。
でも、それほど大きな意味の違いはないのかも知れません。
その辺は、今後考えていきたいと思っています。

      

「絵」と「額」で迷宮のような世界を表現したいのです



このブログの中でも何度か書いているのですが、私は、いま「額」の制作にはまっていて、どちらかと言えば「絵」を描いている時間よりも、「額」を作っている時間のほうが長いくらいなのです。

なぜそんなことをしているかと言えば、どうしても「絵」と「額」の相乗効果を生み出すことによって、「迷宮」のような世界を表現したいと考えているからなわけなのです。


これは言葉で表すのは難しいですが、平面としての「絵」の世界と、立体としての「額」の世界を一体化させつつ、その一方で結界(境界線)としての「額」の性質を生かしていくことで、全体としては立体でありながらも、あくまで平面としての絵画でもあり、しっかりと区切られた「絵画空間」も存在するというような、自分が想像できる限りでの理想を具現化したいという、欲張った発想からやっていることなわけです。

当然、なかなか上手くできませんが、慣れない「額づくり」なんかを、やたらと時間をかけてやっているのは、そんなことなわけです。

本音で言えば、「額」は専門の人に作ってもらいたいくらいなのですが、今作っているようなものを細かく注文を出して特注で作ってもらったら、果たしていくらかかるのか、貧乏人の私は怖くて聞く気にもなれないので、仕方なく自分で作っているわけです。

まぁ、言葉ではあまり伝わらないのでしょうが、なんとなく、意気込みだけは伝わりましたでしょうか?

そんなところで、やっておりますです。



「絵」と「額」で迷宮のような世界を表現したいのです(続き)



前の記事の続きになります。


迷宮と書いてしまいましたけれど、そんなに特別なことをしようと言うわけでもないのです。

むしろ、これまで「額」というものが、あまりにも決まりきった形であったのではないのかなと、そういう気持ちから始めたことなわけで、ただ、そこで、『それなら、額に入れなければいいじゃないか』ということが嫌だったということです。

ですから、今までなかったものが作りたいと言うよりも『なんで今までなかったの?』と言うような気持ちの方が強いわけです。

私が知らないだけかもしれませんが、「絵」の形に合わせて、円形やハ角形などのかたちにしている「額」は見たことがあるのですが、「額」と「絵」を一体化させたようなものと言うのは見たことがないのです。

少なくとも、広く知られているものでは、無いように思います。


私の知る範囲では、上記のような「絵」の外形自体が四角形でないために、それに合わせて「額」の形も四角でなくなったというだけのものや、ふつうの「額」に凝った彫刻などの意匠を施したというものなど、縁取りとしての機能の中に、納まってしまっているものしかなかったように思うのです。

これらは、あくまで縁取りであって境界線としての機能しか持っていないので、凝った形にしたということに、さほどの意味を感じません。
つまり、「額」は「額」のままでは「絵」と一体化することがないわけです。

また、絵ではなく立体造形物に着色したようなものは、在るでしょうが、そちらは逆に、「額」の持っている境界線としての機能がはじめから無いので、立体であることの方が、圧倒的に力が強くなってしまいますから、そこには、「絵」=「平面」としての性質を感じられないわけです。

つまり、色が付いた立体造形ということで、やはり「絵」と「立体造形」が一体化しているとは思えないのです。


私個人の中での話になりますが、「額」はあくまで「額」であって欲しいし、「絵」はどこまでも「絵」であってほしいのです。

つまり、立体としての造形的な機能としてではなく、境界線としての「額」であってほしいし、「絵」は、やはり独立して区切られた平面の中にあってほしいわけなのです。

それでいて、さらに一体化したものであってほしいと思うようになったということなわけです。


私の場合、今あるような「額」には、もともと抵抗がありましたし、かと言って、「無額」についても、「それでいい」とは思えないので、そこのところを何とかしたいと考えるようになった結果なのだと思います。

さらに、言ってしまえば、100年も前に、すでにこういうことが行われていてよかったんじゃないのかなと思っているわけです。
そして、さらに、その次に、そのまた次に、ということを、すでにやってきているいるはずだったんじゃないか?ということです。

と言っても、過去の時代をやり直してもらうことはできないので、今できることしかできないのですけれど、なんとなくですが、100年も前にすでに終わっていることをやっているような、そういうもどかしさも、少し感じてしまうわけなのです。


※2019年5月に追記

この記事の中では、『なんで今までなかったの?』と言っていますが、あとで考えれば、無かったのも当然かもしれません。
「絵」と「額」を一体化させるということは、「絵」と言う作品に対して「額」がかなり能動的な意味で影響力を持つことに成るわけですから、「絵」の作者本人にしか、そういう「額」は作れないということなんだと思いました。
でも、自分でやってる見て、わかりましたが、「絵」と「額」を並行して制作するのは、かなり無理があって、それぞれの制作に専用のスペースが必要になりますし、専門的な工具類や、かなり大掛かりな道具もあった方がいいとなると、どう考えても「工房」と言うような規模のアトリエがなければならなくなってしまうわけで、そこまで、経済的に恵まれている人が、自分で「額」なんか作るわけありませんから、有り得なくなってしまうということでしょうね。

そんなことから、私自身も現在は「額」の制作は中断していますが、「構想」だけはあるので、いつか誰かに自分でデザインした「額」を作ってもらおうと思っております。
でも、お金の面から言うと「遥か遠い夢」ですね。






いま「額」な理由と、いま「和」ではない理由



いま、私は「絵」とともに「額」を制作しようとしているわけなんですね。
と言っても、まだ納得のいくものは出来ていません。


しかも、木工作業に慣れていないこともあって、時間がかかってしまい、去年は、「絵」を描く時間が極端に少なくなったので、「絵」のほうでは、習作が三点、本作と言えるものは二点しか描けませんでした。

さらに言うと、そんなに時間をかけたにもかかわらず、「額」のほうは、試作品が二点と、途中まで作りかけてそのままになっているものが一点あるだけで、仕上がったものは、まだありません。

「額」と「木枠」を作る前の段階で、そのための道具を作るのにかなりの時間を割いたことで、そんなことに成ってしまいました。
しかも、今は「額」についての構想が、だいぶ変わってきてしまったので、それらの「額」が本作にまで発展することはないでしょう。

つまり、何も出来ていないに等しい状態ですね。

『なんと言うテイタラク!』


ところで、なぜ、そんなにまでして、「額」を作るのか?ということなんですけど、いま、「絵」には「額」が必要だと思ったわけなんですね。


現代美術の「平面作品」では、「額装」していないものが多いわけですが、私は、それではダメなんじゃないか?と思ったわけです。
「額」はやっぱり必要なものだったんだと思うんですね。

平面を平面として区切るためにも、そのことをはっきりと示す意味でも、「額」という境界線が必要だと思うんですね。


そして、それは「絵の世界」を、時間や空間などのしがらみのない、つまり、「現実の世界」とは違う「芸術の世界」として、そこに閉じ込めるための、「結界」としての作用も持っていると考えているわけです。

とは言っても、私自身も、もともとは「額装」に対して否定的な考え方を持っていました。
私の場合、「額」は「権威の象徴」だと思ったんですね。

でも、「無額」にも、いつもどこかモヤモヤした違和感を感じていたので、『額なんて無くていいんだ!』とも思えないでいました。

そこである時、思い至ったのが「茶室」だったんですねぇ。


そのことは、前に記事に書いたので、詳しくは、そちら(2014年3月31日の記事)をご覧いただきたいんですが、私は、「茶室」というのは、世界に類を見ないほど「手の込んだ額」だと思うのです。


そこに思いが至って以来、私は「茶室」のような「小宇宙」を、「額」と「絵」によって創り出したいと思うようになったわけなのです。


そして、そう考えるようになってからは、「額」抜きに「絵」を考えることはできなくなってしまったというわけです。


『だったら、茶室に飾るような絵を描けばいいじゃないか』と言われるかもしれませんけど、私は、油絵具が好きなんですね。

どのぐらい好きかというと、たぶん、油絵具がなければ絵は描きません。
そのくらいです。


でも、それよりも、もっと大きなな理由があります。

「茶の湯」のような純粋な日本文化というのは、もう完全に寸断されてしまって、「現在に生きた文化」ではなくなってしまっていると思うのです。

つまり、現在の日本人にとって、「茶室」や「茶道」は、むしろ、異文化であって、外国人にとってのそれらと何ら変わらない存在になってしまっているわけです。
それはもう、「生活に根差した文化」とは言えないと思うのです。
(まぁ、もともと「非日常的な文化」ではあるんでしょうけどね)


それについては異論もあると思いますが、少なくとも、私自身にとって、「茶室」は、生まれた時からすでに異文化であって、それは、私にとっては、ハナから取り返しのつかないことなのです。

ですから、私がそんな「茶室」に飾るべくして「絵」を描くということは、その「絵」が、私にとっての「真実」ではなくなってしまうということなのです。


と、まぁ、こんな感じで「額」を作っているわけです。


それから、キャンバスの木枠も作っているので、とても時間が足りません。

木枠の方は、ずいぶん時間が短縮できるようになったので(こちらは正確でありさえすればいいので)、今年は、「額」の制作を棚上げにして、「絵」をまとめて描いています。


ということで、私の「小宇宙」は、いったいいつになったらできるのでしょうか?


やり続ければ、きっと、いつかできるのかなと。

一応、そういうことになっております。



「現代美術」が「額」を拒否するに至った理由



「現在形の絵画」に置いては、「額」は拒否されていると言っても過言ではないように思うわけです。
でも、そもそも、なんで「額」は拒否されてしまったんでしょうか?


まず、私自身のことで言うと、「額」が「権威の象徴」のように感じられたということがあるんですね。


「額」と言うのは、けっこう高価なものですし、歴史的に見ても、ヨーロッパの王宮などを絢爛豪華に飾ることで、発展してきたものですから、「絵」をゴージャスな調度品のように見せる傾向があるわけです。

それで、「額」が、そうした「芸術にまつわる権威の象徴」のように成ってしまったんだと思うのです。


でも、実は、「額」が「権威」だったわけではなく、「権威的な額」が主流(ほぼ全て?)だったというだけなんじゃないかと、私の場合は考えるようになったわけです。


実際には、「額」の中の「絵」の方だって、「権威的な絵」が主流だったわけで(今でも主流なのかも知れませんけど)、「芸術家」には、ある程度与えられていた「創作の自由」が、「額職人」には、ほとんど与えられていなかったであろうことを考えれば、「額」が、権威の要求するところを強く反映したものに発展したことは、当然のことであったわけですし、また、やむを得ないことでもあったわけです。


「芸術家」や「芸術作品」を「権威」から離れたところのものにしたければ、「権威」を拒否した「創作姿勢」を貫けばいいわけで、それと同じように、「額」を「権威」から遠いものにしたければ、「そういう額」を作ればいいということなんじゃないかと思うように成ったわけですね。


また、必ずしも、自分で作らなければいけないというわけでもなくて、しっかりした「額装」のコンセプトを持っていさえすれば、他人の作ったものでも、問題ないんだと思います。


もちろん、「権威的云々」ということだけでもないんでしょうが、いずれにしても、何かしらの「エラソーな感じ」や「形式ばった感じ」と言うのが、『「現代美術」が「額」を拒否するに至った理由』なんじゃないかと考えるわけです。


つまり、『もっと自由に成りたかった』と言うことなんじゃないのかなと。
でも、その「自由な額」を作る人があまりいなかったということなんじゃないでしょうか?

たぶん、”そうまでして”作らなくでも許されたからと言うことなんじゃないかなと。

要するに、「無額」が”ナントナクそれらしかった”ので受け入れられてしまったために、「額」が拒否され続けてしまったように思うんですね。


さらに言うと、いつの間にか反転して、「無額」の方が「権威的」になってしまっていて、それが、割と自然だったために気づかれなかったということもあったんじゃないでしょうか?


私は、これからは「額装」まで含めた全体が、「作品」として考えられるように成っていけば、もう少し良く成る可能性があるんじゃないかと思っているんですけど、それにしても、「額」を拒否するのって、すぐに飽きられて終わってしまってもいいような「手法」だったんじゃないかと思うんですけど、なんで、ここまで長く続いているのか、とても不思議な気がしてしまうわけなのです。


その理由が、「額」がない方が”ナントナク「現代美術」っぽいから”っていうのもね。


そんなことも含めて、「額」は「現代美術」の視点からこそ、見直されていいんじゃないのかなと。

そんな風に思っているわけです。




「額の意味」



絵を額装しないことは、もはや”当たり前”と言っても過言ではなくなってきているわけですが、私は、やっぱり「絵」にとって「額」は必要なモノなんじゃないかと思っているわけです。


現在の傾向として、「現代アート」であればあるほど「額装しない」と言う感じもあると思うんですけど、私は、むしろ、それとは逆に「絵」を「芸術」として独立した状態に保つためにこそ、「額」は必要だと思うわけなのです。

つまり、「額」という境界線の内側は「芸術の世界ですよ」という「コトワリ」として「額」があったほうがいいんじゃないかと思っているわけですね。


そして、そこからさらに発展させていって、「額」に「他の意味」を付け加えられたら、もう少しいいんじゃないかなとも思っているわけなのです。


もともと、「額」には「絵」を装飾的に飾ることや、「絵」をインテリアとして他の調度品と馴染ませることなどの「意味」があったんだと思いますが、それらは、どちらかと言うと「絵」を「装飾品」として考えていたことから発生していた「意味」であったように思うわけです。

しかし、現在「絵」は、昔よりも「芸術」としての性質が一層強くなっているわけですから、それに合わせて「額の意味」も変わっていって当然だったのだと思います。

そこで、「装飾品であること」を離れて「芸術」であることを強く表すために、「額装を嫌う傾向」が出てきたのだと思うわけです。

しかし、本来は「額」をやめてしまうのではなく、変わってきた「額の意味」に合わせた、新たな「意味づけ」をする必要があったように思うのです。

先に述べた「芸術世界」の境界線と言うのも一つの「額の意味」だと思いますが、それは、かなり昔から存在していた「額の意味」で、「装飾としての意味」と同時進行で、「額の意味」を形成してきたものだと思います。

それだけでも、「額の意味」として十分に成り立っているとは思いますが、やはり、時代の変化に伴って「芸術の意味」が変化していくのと同じように「額の意味」も変化することを要求されているように思いますので、

ここは、やはり「新たな額の意味」を作り出す必要性があるんじゃないかと思っているわけです。


私が考えるところの「新たな額の意味」とは、先に述べた「外の世界との境界であること」と同時に「外の世界とのツナギであること」です。
つまり、「絵の世界」と「外の世界」を区切る結界であると同時に、「外の世界」と「絵の中の世界」をつなぐ役割を「額」に担わせようということですね。


これは、位置取りとしては、「装飾としての意味」と、ほぼ同じ位置取りに成るわけですが、違うのは、「額」を含めた「絵」を「装飾品」として捉えて、周りの調度に合わせるのではなく、「絵」と「額」が一体となった「芸術」として、周囲の「装飾品」とは無関係に、独立した芸術作品として、より一層「自立した存在感」を創り出そうとするところです。


「アート」であることを強調しようとしたはずの「無額」が、むしろ、オシャレなインテリアになってしまっていることは、ほぼ間違いのないことだと思います。


もちろん「装飾性」を追究した「アート」があってもワルイとは思いませんが、本来、「自己表現としての芸術性」を追究していたはずなのに、いつの間にか「インテリア化」してしまっているような場合は、軌道修正する必要があるのだと思いますね。

そういう意味でも、「額」に「新たな意味」を作り出すことが必要なんじゃないかと思っているわけなんですね。


そこで、私が考えているところの「外の世界」と「絵の中の世界」を「ツナグ」と言うのはどういうことかということを次の記事に書きます。




「絵の中の枠」と「絵の外の枠」



さて、前の記事の続きに成ります。


「額」には「新たな額の意味」が与えられる必要が出てきているんじゃないかと言うことです。


そのためには、「絵の中の枠」と「絵の外の枠」という考えが有効だと思っています。


つまり、「絵の中の世界」と「絵の外の世界」それぞれに「枠」を設定して、その二つを絡ませることで、「外の世界」と「中の世界」をつなぎ合わせようというわけです。


なんでそんなことをするのかと言えば、「多重化」することが必要だと思っているからです。


「芸術」に限らずどんな分野でも言えることだと思いますけど、一つの「切り口」だけで表現しようとすると、ある程度のところで限界が来てしまうと思います。

そこで、「新たな切り口」を模索することに成るわけですが、現在の「芸術」においては、その「新たな切り口」が、「芸術」という領域から外れてきているという傾向があると思うわけです。

つまり、もはや「芸術」を逸脱したものの中にしか「新しい切り口」が見つけ出せなくなってきているということだと思うのです。


そこで、「芸術」と「芸術じゃないモノ」を「ツナグ」と言う作業が必要なんじゃないのかなと。
そして、そういう作業をこれまで、ナントナク手つかずにしてきたんじゃないのかなと思うわけです。


でも、手つかずにした結果「芸術」から逸脱してきているということならば、逸脱して「そっち側」に行ってしまうよりは、その前に「そっち側のモノ」を取り込んで、「こっち側」に引き込んでしまえばいいんじゃないかと思うわけです。


こういうことは「芸術」以外の分野では、割と普通に行われていることのような気もするんですが、「芸術」においてだけは手つかずのままに成っていたように思います。

おそらく、そういう「ツナグ作業」が行われる前に、「逸脱」へ向かってしまって、その方向付けがずっと変えられなくなってしまったということじゃないでしょうか?
(そういう「逸脱」が許された唯一の分野が「芸術」だったということでしょう)


その手つかずにされてきた「ツナグ作業」に当たるのが「多重化」することだと思うわけです。


つまり、「芸術じゃないモノ」の方に「新しい切り口」を見つけ出して、そちらにジャンプしてしまうのではなくて、あくまで、「芸術の中」で「多重化」するということですね。

「芸術」の側に「芸術じゃないモノ」の方を引き入れるわけです。


その為に「ツナグ」と言う作業が必要に成ると思っているわけです。
その作業を「額」でやろうということですね。


現在、私が考えている「多重化」は、「絵の中の枠」と「絵の外の枠」という「二重の枠」が基本に成っています。


「絵の中の枠」と言うのは、「絵の中」に「枠」の性質を持った部分を描き込むということです。

過去においても、いろいろな画家がいろいろな形で、「絵の中」に「枠」の性質を持った部分を構成した例がありますが、私の知る限りでは、「多重化」と言えるような例はないように思います。

 ※完全に写実的に「額」を描き込むという、いわゆる「トロンプルイユ(だまし絵)」
  の手法では「レンブラント」の「額の中の少女」という絵は完成度が高いと思いま
  すが、これは、「外の世界」を取り込んだとは言えないような気がしています。
  その絵で、取り込まれたのは「額」までですね。

  他では、「クリムト」による「装飾的な部分」などがありますが、「多重化」とは、少
  し方向性が違うような気がします。
  「クリムト」の装飾的な部分は、完成度は高いと思いますが、境界線が曖昧なた
  めに「枠」と言うよりも「背景」に近いと思います。

  あとは、「芸術の20世紀」において、「アンフォルメル」の画家たちの中で、「枠」
  に近い感覚を使っているものがあると思いますが、これも「多重化」という意味で
  は完成形に達していないように思います。
       

自分でやってみてよくわかりましたが、大変です。
まぁ、労力や時間の問題おあるんですが、それ以上に、問題なのは、かなりの割合で、「絵」が犠牲に成ることです。

つまり、「絵」と「枠」を相互に作用させ合うということは、「枠」によって、ある程度「絵」が喰われてしまうことに成るわけです。
だから、かなり「強い絵」を描く必要があるということに成ります。
(それでも、喰われますけどね)


この「絵を喰ってしまう」というところで、過去の画家たちは「絵」を切り捨てられなかったんだと思います。
私の場合、『これしかない!』と思って、断腸の思いで「ある程度、絵を切り捨てる」と言う作業をやっているつもりです。

あとは、今の時代に成って、初めて「枠」という発想が使えるようになってきたということもあると思います。
つまり、いろいろな「芸術に関する固定観念」が破壊された現在であるからこそ出来るようになったことが、いろいろあると思うわけですが、これも、その中の一つだと思うわけですね。


さて、ちょっと話が逸れてしまいましたが、「絵の中の枠」と言うのは「絵の中に構成された縁取り効果」と言うことに成ります。


私の場合は、現時点で、以下のことを意識して考えています。

1.はっきりとした境界線であることを示す。
2.「枠」にも「絵」としての性質を与える。
3.「絵」と「枠」が相互に関連し合っていることを表現する。
4.四辺のうち二辺を閉鎖し、二辺を解放する。
  (二辺だけで「枠」であることを表現する)
5.「絵の中の枠」は、出来るだけ明快な形と色で描く。


次は、「絵の外の枠」の方です。

これが、いわゆる「額」に成ります。

チョット、長く成ったので、次の記事に続けます。



「絵の中の枠」と「絵の外の枠」(続き)



前の記事の続きです。


次は、「絵の外の枠」の方です。
これが、いわゆる「額」に成ります。


ただ、今までにあるような「額」とは少し概念が違ってきます。

今までの「額」は、あくまで「絵」をショーアップするためのモノ、つまり「絵を見やすくするためのモノ」でしたが、この「絵の外の枠」では、「絵」との相互作用が「多重化の条件」に成ってきますので、結果として、「絵」を見せるためと言うよりも、「絵」に対して働きかけるという性質が強くなります。

従って、前の記事に書いたように「絵を喰ってしまう」と言うことも出てくるわけです。
また、このことは「絵の中の枠」以上に「絵の外の枠」との関係で強く表れて来ますから、結果的に、「絵を見やすくする額」ではなく、「絵を見にくくしてしまう額」と言う性質が避けられないことになります。


『絵が見にくくなったんじゃ本末転倒だろ!』と言われるんでしょうが、それがどうしても必要だと思った時は、「ナニカ」を切り捨てることが必要に成って来るということもあるんだと思っています。

『絵が見にくくなること』=『絵がダメになること』ではないと思いますし、『絵が見やすいこと』=『絵がよく成ること』でもないと思います。


「絵の見やすさ」を少し犠牲にしてでも、その絵における「意味」を創り出したいわけです。


「現在の芸術」が進んでいる方向に従って、「芸術の領域」を「芸術の外側」に広げていってしまえば、「芸術の持つ意味」は失われていくでしょうし、また、漫然と現状に留まって居ても、そこに「意味」が生まれることは無いでしょう。

そうなると、どうも「芸術の領域」の中で「多重化」することくらいしか思いつかないので、これをやっていこうと思っているわけです。


そこで「絵の中に侵入する額」という発想で、「絵の外の枠」について考えているわけです。


さらには、額によって「外の世界とのつながり」も現せたら、一層いいと思っています。
こちらは、「絵から発散する額」という発想です。


ただ、まだ、実物ができていないので、その辺のところはまだよくわかりません。


取り敢えず、現在は「内額」と「外額」」の「二重額」という構想で考えています。
つまり「絵の中の枠」と合わせると「三重枠」と言うことに成ります。


これを簡略化して説明すると、「絵」~「絵の中の枠」~「内額」~「外額」となります。


「内額」~「外額」の部分が「絵の外の枠」に当たります。


これらの間で、それぞれ境界線を越境して相互に「侵入」しあう形です。

越境していながら「結界」としての性質を失わないために、「多重化」する必要があるということですね。


取り敢えず、こんな感じで「絵の中の枠」と「絵の外の枠」を考えております。


正直言って、出来上がるかどうかはわかりません。

「絵」を描くだけでもアップアップの状態です。


まして、いつできるかなんて見当もつきませんが、私にとって、「芸術」とは、そんなことをやることなんじゃないかと思っています。


『ダメでもともと』なんで。

そんな風に思っているわけです。





「自立する額」は「額」と呼べるのか?



私は、「絵」だけでなく「額」も作っていきたいと思っているんですけど、それが、なかなか大変で「構想止まり」な状態なわけなんですねぇ。


にも拘わらず「構想」の方だけは、変化していくもので、現在、「二重の額」という「構想」も持っていますし、それに加えて、以前から「自立する額」と言う「構想」も持っているわけです。


「二重の額」の方は、「額」を作りはじめた後から、試行錯誤しているうちに出てきたものなんですが、「自立する額」の方は、どちらかと言うと実際的な問題として初めからあったもので、要するに、「額」が大きくて分厚く成ってしまいそうだったので、重量の問題などから、『こんなもの作ったら、壁に掛けるのは無理なんじゃないのか?』という考えが出てきたというわけです。


ただ、そこで一つ問題があって、『「自立する額」を「額」と呼んでもいいのだろうか?』という疑問があるわけです。


つまり、いくら「額」と言っても、また、いくら「絵」を収める枠であったとしても、自立していたら、それは一個の独立した立体物なわけで、「立体」としての性質が強すぎて、「額」とは言えなく成ってしまうんじゃないだろうか?と言うことですね。


昔の教会の祭壇画には、建築と一体化した、それ自体が建築物の一部でもあり、「額」でもあり、「祭壇」でもあり、「壁面」でもあるというような、大がかりなものもあるようですが、そういった祭壇画における「祭壇」は確かに「額」と呼んでいいモノだと思います。

日本の「床の間」や「屏風絵」や「襖絵」なんかも、それに近い解釈ができると思っています。


しかし、私の考えている「額」はそう言うモノよりも規模の小さいもので、あくまで、建築物の一部ではなく、「絵」の付属物であるという方向ですから、むしろ、「絵」を独立させるための「額」でもあるわけで、「より大きなものの一部分」という考え方はしていません。


そうなると、やはり「自立」=「独立した立体物」と言うことに成るような気がしてくるので、そこのところに、結論が出せないままに成っているわけですね。


まぁ、今のところ「絵」を描くのにいっぱいいっぱいで、「額」については棚上げ状態なので、「保留」のままでも問題ないんですけど、現時点で、自分の中での考え方としては、「自立する額」は「絵の付属物」である範囲で、「額」と呼んでもいいんじゃないか?ということに成っております。


要するに、「絵」にそれなりの「力」があれば、「立体」としての存在感が弱くなるので、それが「額」である範囲を上回ってしまうこともないのではないかと思うわけですね。
当然、「絵」が非力だと、「立体」に吸収されてしまうでしょうから、オブジェのようになってしまうだろうと思います。

つまり、「自立する額」というのは、「立体としての表現」と「平面としての表現」の中間にある状態を作るものなのかも知れません。
そういう「微妙な位置」は、「アリ」だと思います。







プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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