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Category芸術表現の「多重化」 1/1

「芸術表現」の「多重化」

「芸術表現」は、「多重化」の方向を取るように成って行くんじゃないかと思っているわけです。現在、「表現形態」を交配(ミックス)することが盛んに行われていますけど、それも一種の「多重化」ではあると思うのですが、ここで言う「多重化」は、出来るだけ「表現形態」自体は広げずに(混ぜずに)、既存の「メディア」の中で「多重化」するという方向性のモノです。 ※ここで言っている「メディア」とは、「表現形態」を指して...

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「芸術表現」の「多重化」(つづき)

前の記事からの続きに成ります。「芸術の多重化」については、いろいろな形が考えられると思います。前の記事で書いたように、私は、表現形態自体をミックスすることには積極的ではないんですけど、それも、人それぞれだとは思いますから、そういう意味も含めて、ありとあらゆる「多重化」が考えられると思うわけです。そちらの、「多重化」は、いろいろな方向で試行錯誤されているようですが、私にとっての「多重化」は、それとは...

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「多重化」は「芸術に残された最後の領域」かも知れない

このブログでも何度か書いていますが、私は、今後「芸術」は「多重化」していくしかないと思うわけです。つまり、「芸術に残された最後の領域」が「多重化」だと思うわけなのです。ここで、「芸術の多重化」と呼んでいるのは、(出来る限り)既存の表現形態の中で、複数の独立した表現を重ね合わせていって、一つ一つが、ある程度まで、独立した表現としても成り立っていながら、全体が一つのまとまった表現としても成り立つように...

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「多様化」と「多重化」

時代とともに、世の中のいろいろなことが「多様化」してきているとよく言われたりしますけど、「多重化」と言うことが言われる機会は、それに比べると少ないような気がします。私は「芸術の多重化」を目指してやっているんですが、「芸術」だけじゃなくて、他のことでも、もう少し「多重化」と言うことが考えられていいような気がしているわけです。もちろん、「多様化」がワルイと言うことではないんですが、「多様化」ばかりで「...

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「意味」が希薄な部分に「意味」を補充するという作業

私が考えるところの「芸術の多重化」についての話です。芸術作品に関することの中で、作品自体ではないけれど作品に影響があることっていうのが、けっこうあると思うわけです。たとえば、私自身がやっていることで言えば、「額」もその一つですし、最近になって考えるようになった「長い題」もそうですね。(こういうの、まだ、ほかにもあるんじゃないかなぁ?)そう言う「作品周辺のモノ」って、これまで、かなりナイガシロにされ...

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「背景学」

いま「絵を描くこと」において、「背景」についての考え方がとても重要だと思っているわけです。だから、この「背景」の部分を考える分野として、「背景学」というようなものがあってもいいんじゃないかと思うわけですね。(もしかしたらあるのかも知れませんが、検索しても出てこなかった)たとえば、「抽象画」においては「背景」という概念が否定的に捉えられる場合が多いと思いますが、そのことによって、「抽象画」が解りにく...

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「多重化」で「芸術表現」を広げられるだろうか?

私が考えているところの「芸術の多重化」についての話です。 ※「芸術の多重化」と言うのは、出来るだけ既存の表現形態の中で、多くの要素を  取り込んでいくことによって、「芸術の領域」を広げることを目指して、私が使って  いる言葉です。  私自身の場合で言うと、「絵と額」とか、「絵と題」の間で「多重化」を目指しています。  その場合、「既存の表現形態」に当たるのが「絵」で、「多くの要素」に当たるのが  ...

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「コンポジション」は「多重化」によって、さらに有効になる

「芸術」において、「コンポジション」という言葉は「構成」とか「構図」などと訳されますが、要するに「ナニカとナニカを組み合わせること」を「コンポジション」と言っているんだと思うわけです。主に「絵」についていえば、それは「構図」と訳されることが多いわけですが、「色と色の組み合わせ」や「線による表現と面による表現の組み合わせ」など、単に「構図」とは言い切れない意味も含まれていると思います。いずれにしても...

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「コンポジションの多重化」は、今だからできること(今しかできないこと)

前の記事からの続きです。「コンポジション(=構図や構成)」における「多重化」は、「平面」としての「絵」に「新たな空き領域」を提供してくれるんじゃないか?そして、その「空き領域」は現在に至って、生み出されるべくして生み出された「芸術の領域」なのではないのか?つまり、「抽象表現」というモノが一般的に抵抗なく受け入れられるようになりつつある現在に至って、その「一般化した抽象表現」を使うことで、はじめて生...

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「ダブル・ネーム」について

私は、「詩のような題」=「ポエティック・タイトル」と呼んでいる「長い題」を、自分の絵に付けているんですが、その「詩のような題」=「ポエティック・タイトル」は、「一つの題」に対して「一つの絵」という一対一の対応関係ではなく、一つの絵に対して複数のタイトルがあってもいいんじゃないか?という発想でやっています。また、絵を見た人が、自分でタイトルを付けてもいいし、私が作っている他のタイトルを合わせても自由...

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私の好きな音楽について

私が自分で描いた「絵」と「詩のような題」=「ポエティック・タイトル」を、表現の多重化として連携させるように成ったのは、このブログをやっていたからだと思っています。もともと、文学に興味を持ったことはありませんし、ほとんど本を読まないので、もちろん詩集なんて読んだこともないわけで、今でも何を書いていいのかまったくわかっていません。それ以前に、これが詩と呼べるものなのか?と思っていて、とりあえず、出てき...

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私にとっての「アメリカン・ブラック・ミュージック」とは

きのうの『私の好きな音楽について』の続きです。私の好きな音楽は、「アメリカン・ブラック・ミュージック」なんですが(前の記事にも書きましたが他の音楽が嫌いなわけではないので、アシカラズ)、その「アメリカン・ブラック・ミュージック」には、私のごく個人的で、かなり非常識的なこだわりがあります。※私は「私の好きなアメリカン・ブラック・ミュージック」をW.S.A.B.M.と言っています。一時期は、このブログにも、「W.S...

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「図」のアイデア No.1

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~こんにちは。いま、新しく描く絵の「図」を決めているところです。私の場合、「構図」と言う感覚は、あまりありません。なぜ、「構図」ではなく「図」なのか?というと、描くモノが一つだけのことが多いので、「構図」は必要ないという感じですね。私は、「背景」・「枠(=ストライプの部分)」・「モノ(=フィギュア)」の三つで絵を構成しています。その三つの組み合わせ...

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「図」のアイデア No.2

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~こんばんは。『こんなの見たい人居ないだろう?』と思うんですが、『こんなの見たい人も居るのかも?』とも思ったので、「図」のアイデアを追加します。いま描いているフィギュアに関しては、かなり「人間のボディ」に近づいているんですが、私の場合は必ずしも「人間」を描いているというわけではありません。結果的には「人間の姿」を借りるということに成っています...

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