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Category「幻想の日常化計画」 1/3

「理解できない絵」と「理解されない絵」

「抽象絵画」においては、あえて「鑑賞者の理解」を求めないような絵が多いと思います。『「理解されること」が目的ではない』ということなんでしょうね。でも、私自身のことで言うと、やはり『理解してもらいたい』と思ってしまうわけなのです。(「理解されること」は第一の目的ではありませんが、一つの目標ではあります)ところが、です。そんな気持ちで、『「理解される絵」を目標にして「抽象画」を描いていこう!』と思って...

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「家に飾りたくない絵」を家に飾ったら、どうなるのか?

先日、自分が描いた絵を、ある初老のご婦人にお見せしたことがあったんですが、その時、その方が『うふふ、この絵は家には飾りたくないわねぇ』と言っていたんですねぇ。ごくごく個人的レベルではありますが、私にとっては・・・・大災害です。(言う方は、何の気なしに言ってるんでしょうが、言われた方にしてみれば大惨事です)しかも、たぶん、そのご婦人にまったく悪気はなかったと思いますし、なにせニコニコしながら言うもん...

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「幻想美」と「理想美」

昔から、「芸術(美術)」は、「理想美」を追求してきたんだと思います。でも、今の時代において、『その「理想美」って、どんなものなの?』と聞かれて、答えられる人がいるでしょうか?この質問に答えられる人がほとんど居ないとすれば、おそらく、「今という時代」は「理想を失った時代」なんじゃないでしょうか?この「理想を失った時代」を、「理想が相対化した時代」」という考え方に置き換えることもできるかもしれません。...

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「幻想に触れること」によるストレス

私は、現在「芸術であること」と「幻想であること」はほとんど同じようなことなんじゃないか?と思っているわけなんですが、その「芸術≒幻想」を創作することや鑑賞することは「ある種のストレス」を伴うことがあると思うわけです。つまり、「芸術≒幻想」は、それに触れる人間にとっての「快楽」でもあり「癒し」でもあると同時に、「一種の負担」でもあるということですね。そして、そのことによって、本当の「芸術」に近づかなく...

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「芸術」は「日常空間」に持ち込まれたときに本当の意味がわかる(つづき)

前の記事の続きです。「幻想」を「日常空間」に持ち込むことで、そこに「非日常空間」を創り出すことが出来れば、「現代人」が抱えているフラストレーションを少しは解消することが出来るんじゃないだろうか?ということですね。(注:少しです)昔から「芸術」が持っていた役割の一つは「人の心を癒すこと」だったと思いますが、現在、この役割が「芸術」に担えるでしょうか?つまり、「現代ストレス社会の中で疲れた心」を「芸術...

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