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Category「幻想の日常化計画」 1/1

「日常空間で見る絵」と「非日常空間で見る絵」

現代の絵画は、「日常空間で見る絵」と「非日常空間で見る絵」という二つの路線に、かなりクッキリと別れてしまっていると思うわけです。 ※この記事は「美術館で見る絵」VS「家で見る絵」という形で書いていますが、  私自身は「芸術が創り出す幻想」を「日常空間」に持ち込むことで、「日常空  間」の中に「非日常空間」を生み出すことが出来れば、それが理想的だと思  っております。  つまり、「美術館=非日常空間...

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「おウチ絵」と「おシロ絵」

一般的な「庶民の住宅」に飾るような絵と、宮殿や昔のお城のような、「すごく庶民じゃない場所(今で言えば、「大きな美術館」ということに成るんでしょう)」に飾るような絵を、同じように「絵」と言う単語で現してもイイもんなんでしょうかねぇ。イイ・ワルイと言うよりは、その二つの「意味」が、かなり違うんじゃないのかなと思うわけです。もちろん、空間的な広さや高さのチガイもありますが、「生活感のない場所」と「生活の...

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「芸術」は「最小限の物質」で、「最大限の心理的な作用」を生み出すということ

最近の美術を見て感じることの一つに、「作品」や「作品の展示」が大規模化しているということがあるわけです。個々の作家単位の作品でも、けっこう「大規模化」を感じることがありますが、「アート系のイベント」と成ると「町を挙げて」のようなイメージで、「都市規模」と言う印象です。そういうのがワルイとは思いませんし、「エンターテイメント」としては当然の成り行きなんだと思います。ただ、その路線で行き続けると、「芸...

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「幻想の日常化計画」

「幻想」と言うと、どうしても「非日常」というイメージが強くなってしまうわけですが、わたくしといたしましては、「幻想」を、「日常化」できたら少しイイんじゃないかな?と思っているわけです。要するに、「芸術」を生活空間の中に取り込むことが出来れば、「幻想」を「日常化」することが出来るんじゃないか?ということなんですね。  ※「絵」を壁に掛けるということは、「日常生活」の中に「幻想スポット」を   出現さ...

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「仮想現実」と「現実の中の幻想」

「仮想現実(バーチャル・リアリティ)」という言葉は、いつの間にか当たり前になってしまいましたが(最近では当たり前すぎてあまり使われなくなったような気さえする)、この言葉が使われるように成った頃は、けっこう最先端なイメージがあって、CG合成された映像やそういう映像で創り出された世界という印象があったわけです。でも、今になって考え直してみると、必ずしもそういう「デジタルな感じ」に限ったものでもないよう...

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「芸術」は「日常空間」に持ち込まれたときに本当の意味がわかる

『芸術は美術館で見るもの』というのが、今は一般的な考え方なんじゃないかと思いますけど、今後は『芸術は生活空間で見るもの』、もう少し詳しく言うと『芸術は日常の中に非日常空間を創り出すもの』という考え方が重要になっていくんじゃないかと思っているわけです。今は「見る人」が美術館などの「非日常空間」に移動して「芸術」を鑑賞しているわけですが、その移動の方向を反転させて「芸術」を「見る人の日常」に持ち込むこ...

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「芸術」は「日常空間」に持ち込まれたときに本当の意味がわかる(つづき)

前の記事の続きです。「幻想」を「日常空間」に持ち込むことで、そこに「非日常空間」を創り出すことが出来れば、「現代人」が抱えているフラストレーションを少しは解消することが出来るんじゃないだろうか?ということですね。(注:少しです)昔から「芸術」が持っていた役割の一つは「人の心を癒すこと」だったと思いますが、現在、この役割が「芸術」に担えるでしょうか?つまり、「現代ストレス社会の中で疲れた心」を「芸術...

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「幻想に触れること」によるストレス

私は、現在「芸術であること」と「幻想であること」はほとんど同じようなことなんじゃないか?と思っているわけなんですが、その「芸術≒幻想」を創作することや鑑賞することは「ある種のストレス」を伴うことがあると思うわけです。つまり、「芸術≒幻想」は、それに触れる人間にとっての「快楽」でもあり「癒し」でもあると同時に、「一種の負担」でもあるということですね。そして、そのことによって、本当の「芸術」に近づかなく...

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「幻想美」と「理想美」

昔から、「芸術(美術)」は、「理想美」を追求してきたんだと思います。でも、今の時代において、『その「理想美」って、どんなものなの?』と聞かれて、答えられる人がいるでしょうか?この質問に答えられる人がほとんど居ないとすれば、おそらく、「今という時代」は「理想を失った時代」なんじゃないでしょうか?この「理想を失った時代」を、「理想が相対化した時代」」という考え方に置き換えることもできるかもしれません。...

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「家に飾りたくない絵」を家に飾ったら、どうなるのか?

先日、自分が描いた絵を、ある初老のご婦人にお見せしたことがあったんですが、その時、その方が『うふふ、この絵は家には飾りたくないわねぇ』と言っていたんですねぇ。ごくごく個人的レベルではありますが、私にとっては・・・・大災害です。(言う方は、何の気なしに言ってるんでしょうが、言われた方にしてみれば大惨事です)しかも、たぶん、そのご婦人にまったく悪気はなかったと思いますし、なにせニコニコしながら言うもん...

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「理解できない絵」と「理解されない絵」

「抽象絵画」においては、あえて「鑑賞者の理解」を求めないような絵が多いと思います。『「理解されること」が目的ではない』ということなんでしょうね。でも、私自身のことで言うと、やはり『理解してもらいたい』と思ってしまうわけなのです。(「理解されること」は第一の目的ではありませんが、一つの目標ではあります)ところが、です。そんな気持ちで、『「理解される絵」を目標にして「抽象画」を描いていこう!』と思って...

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