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Category「異・現実の世界」=「異リアリズム」 1/1

「写実的な抽象」

「具象」と「写実」と言う二つの言葉を、ほとんど同じような感覚で使ってしまうことがあるわけですが、実は、この二つには、けっこう違う意味があると思うのです。「具象」と言うのは、「物質の持っている力」を借りることだと思っています。たとえば、「形」や「色」などを「物の形」や「物の色」から借りるということですね。これは、基本的に、本来の目的は別にあって、その為に「借りる」ということなんだと思っているわけです...

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現在形の「リアリズム」について

これは、私の個人的な感想なんですけど、現在形の「美術」(とくに「絵画」かな?)に置いて、「リアリズム」に戻りつつあるような傾向があるように思うわけなのです。(最先端の美術ということに成ると、もっとトーイ・トコロに行ってしまったという印象ですが)つまり、「抽象表現」に限界が見えてきたことで、「具象表現」に戻ってきているんじゃないかということですね。戻ってきたというよりも、行き過ぎて跳ね返ってきたとい...

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「現在形の創作」

かなり昔の時代までは、「現実を写し取ること」や、そこに「アレンジを加えること」を「創作」と言っていたんだと思うわけです。でも、現在それを「創作」と言えるのか?と言う問題があると思うんですよね。つまり、今でもまだ「現実」などの「既存のモノ」を模倣することを基盤にした作業を「創作」ということが出来るのか?ということですね。それを肯定した場合、極端に言うと、「カメラ」や「コピー機」に著作権が発生するとい...

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絵画空間における「接地」と「浮遊」

私の場合、「抽象表現」の中に「具体性」を取り入れようという考えで絵を描いているので、「抽象画」なんですけど、「モノであること」を目指しているわけです。(「現実のモノ」というわけではありません)そこで、「そのモノ」が「絵画空間」の中で、「接地」しているか?もしくは「浮遊」しているのか?と言う問題が出て来るわけですねぇ。一般的に「抽象画」では、「モノ」を描きませんし、むしろ、「モノ」や「空間」から離れ...

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絵画空間における「壁」と「空」

前の記事と似たようなことです。たぶん『こんなモン読まなきゃよかったよ!』と言う方が多いと思いますので、そういう方は、ここで思いとどまってください。さて、前の記事と似たような話ですけど、私の場合、「抽象画」なんですけど、「モノ」を描くことを目指しております。そこで、いろいろな問題に直面せざるを得ないことがあるわけですね。前の記事の〈絵画空間における「接地」と「浮遊」〉も、その一つなんですが、もう一つ...

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「抽象表現」における「現実性」と「非現実性」

またまた、前々回から続けて似たような記事です。読まないに越したことは無いと思いますが、「イミガワカラナイ言葉の羅列」みたいなのがお好きな方はどうぞ。さて、またまたまた、自分の絵についての話で恐縮なんですけど、私が目指しているところの『抽象画なんだけど、「モノ」を描こうと思ってるんだよ!』ということにまつわる問題ですね。前回、前々回の記事でも書いたんですけど、「抽象画」にも「具体性」があったっていい...

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「異現実の世界」

一つの考え方として、「芸術」とは「異現実の世界を創り出すこと」なんだと思っているわけです。なんで「非現実」ではなくて「異現実」と言うかというと、「非現実」と言うと「現実離れした」とか「現実には有り得ないような」というようなイメージがあって、どうしても「奇をてらったモノを狙う」というニュアンスが含まれてしまうような気がするわけですね。その「奇をてらった」を避けるために、この「異現実」という言葉を使っ...

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「現実を壊すデフォルメ」と「異現実を創り出すデフォルメ」

「デフォルメ」と言うと「現実の形」を崩していくことを指して言う場合が多いと思うわけですが、「デフォルメ」には、「現実の形」とは根本的にチガウ「異現実の形を創り出す」というような「デフォルメ」もあってもイイんじゃないかと思っているわけです。 ※本来の「デフォルメ」ではないのかも知れませんが、ここでは一応「デフォルメ」  ということで話をします。  「デフォルメ」は『形を崩す』あるいは『形を再構成する...

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「異・リアリズム」と「シュルレアリスム」

私は「抽象表現」の中に「モノを描くこと」を取り入れたいと思っていて、それを「異・リアリズム」と呼んでいるんですが、その「異・リアリズム」の内容を言葉で表すと「シュルレアリスム」に近い感じに成る場合があるわけです。確かに、「シュルレアリスム」も、やや現実離れした「モノ」を描くという性質があるという点では同じところがありますし、「シュルレアリスム」から、その後「抽象表現」に移行した作家もいたみたいです...

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「異・リアリズム」と「シュルレアリスム」(つづき)

前の記事の続きです。私が考えている「異・リアリズム」と「シュルレアリスム」のチガイについて、「表現形態」としては「現実」を使うか使わないかというチガイ、「思考」的には、「人間の潜在意識の探求」と「世界の有り様の探究」というチガイがあるということを前の記事に書きました。そして、もう一つ、これも「表現」についてのチガイなんですが、「リアリズム」と「異現実のリアリズム」のチガイについて書いておこうと思い...

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「コンセプチュアル・アート」に飽きてしまった人はどうすればいいんでしょうか?

前の記事からのつながりで、「コンセプチュアル・アート」についての記事です。私といたしましては、「コンセプチュアル・アート」を「芸術の中心」からやや離れた位置にピン止めしますということなわけですが、さて、私のように「コンセプチュアル・アートに飽きてしまった人」は、どうすればいいんでしょうか? ※よく考えたら、はじめからそんなに好きじゃなかったんですが、とにかく、そう言う  「飽きちゃった人」もそれな...

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「外見」によって表現することができる範囲

抽象画を描いていると、よく人から『これは何を表現しようとしているんですか?』と聞かれるわけですが、『それを言葉で説明出来ないから絵を描いてるんですけどねぇ』と答えるしかないので、とてももどかしく思うわけです。そういう時には「抽象画」なんてやめて、誰もが難しく考えないでも見ることが出来る絵を描いた方が、少しはマシなんじゃないのか?と思うわけですが、『そういう絵では自分自身が納得できないんだから仕方が...

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「外見」によって表現することができる範囲(つづき)

前の記事の続きです。「外見」によって表現することが出来ないのは「普遍的なもの」だろうというところからです。 ※ここで言う「普遍的」とは、いろいろなモノに遍在している性質というような意味です。  「個別のモノ」の中にあるような「特定の性質」ではなく、あらゆるものの中にある「世  の中の本質」に近い意味で言っております。  そういう性質が「普遍性」で、それを持っていれば「普遍的」です。  実際には、そ...

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「異現実の世界」は、創り出すもの

「幻想的」とか「幻想の世界」とかというと、現実離れした世界観というイメージがあると思いますが、実際の「幻想」は、けっこう「現実」をもとにしている場合が多いように思うわけです。というか、「現実」との間の「小さなズレ」のことを「幻想」と言っている場合が多いという気もします。 ※例えば「妖精」は「幻想」の代表的なものだと思いますが、ほとんど人間と  同じ姿をしていますよね。  (まぁ、羽くらいは生えてま...

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