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Category【真術の紀元 宣言】 1/2

3.≪真術≫における「迷い」について / 「迷い」の時代へ

 前項で、≪真術≫においては、作者の「真実の追究」に対する「姿勢」が重要であると述べたが、それでは、その「姿勢」とはどのようなものなのだろうか。一般的な考え方をすれば、「姿勢が大事だ」と言うとき、「迷いのないきっぱりとした姿勢」を指す場合が多いだろう。しかし、ここで求められているのは、先に述べたように「真実を追究しようとする姿勢」である。つまり「不可能に挑戦する姿勢」と言い換えることもできる。そして...

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2.≪真術≫に残された可能性

 前項で述べた内容からすると、≪真術≫とは、イメージ(観念)の中だけに存在するバーチャル(仮想的)な分野であって、実体のある作品は存在しないということになってしまいそうだ。そういう「仮想的なもの」を目指していこうというわけではないのだが、あくまで理論上の話になると「ほぼ不可能」ということになってしまう。(『「創作者」の力だけでは、達成できない』と言った方がいいのかもしれない。)理論上では「真実」の物...

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⑶≪真術≫の不可能性                              1.≪真術≫は不可能なのか?

   1.≪真術≫は不可能なのか?前の記述でも少しふれたが、≪真術≫の不可能性については、もう少し詳しく説明しなければならないだろう。わざわざ新しい名称まで設定しておいて、いまさら言いにくいことなのだが、≪真術≫はとても「不可能性」が高い分野なのである。つまり、平たく言えば、『実際には、何もできないかもしれない』と言うことなのである。ただし、わざわざ「不可能性」というやや不自然な言葉を使うのには理由がある...

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2.≪新生芸術の20世紀≫における芸術の仮定義

さて、≪真術≫以前に、≪芸術≫という分野は、今まで正しく定義されてきたといえるのだろうか。私は、まずこの点について懐疑的なのである。≪芸術≫という伝統ある文化につての定義づけが、今もってなされていないなどとは考えづらいのだが、どうやらそういうことらい。19世紀以前においても、漠然とした「芸術の定義」はあったのだろうが、人々の価値観の変化が緩やかであったために、特に、強く意識して厳しく「芸術の定義」を吟味し...

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⑵ 新たに区別された≪真術≫について

 1. ≪真術≫を区別する理由宣言文にあるように≪真術≫は「真実(真理と言ってもよいだろう)の追究」という、方向性を持つ芸術のための名称である。敢えて、これを区別して扱うのには理由がある。芸術の中には、心の最も深い部分(魂と言い換えることもできるかもしれない)に訴えかける領域が存在し、そういった領域を有していることこそが、芸術を芸術足らしめていることは確かなことであり、人の心に最も深い感動を生み出すこ...

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