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Archive2014年03月 1/1

【芸術の20世紀・喪失宣言】現代アート・残された最後の提案          

    ※『芸術の20世紀 喪失宣言の説明』と言うカテゴリで、以下の     「宣言文」の説明をしています。     そちらと合わせてお読みになるとわかりやすいと思います。     右側のカテゴリから選択して頂くと表示されます。...

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目次

            はじめに    Ⅰ.【芸術の20世紀 喪失宣言】     ⑴宣言文     ⑵宣言の根拠      1.≪芸術の20世紀≫は喪失していた      2.21世紀以降の未来へ向けて、新たな芸術を創造することが可能な時代環境       を改めて設定し直す必要がある      3.現状に至って、時代を喪失させることが最良の策と判断した      4.100年回帰の根拠      5.年代区分のま...

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はじめに

           はじめに「20世紀」が半ばを過ぎたころ、1960年に生まれました。30歳になる頃まで芸術や美術に関わる機会はありませんでした。その後、20年以上も経ちましたが、いまだになぜ美術に関わりを持つことになったのかよくわかりません。『もしも、「芸術の中心」という場所があるのなら、そこを見に行きたい』そういう気持ちでこの文章を書きました。団体や組織には属していません。個人的な活動歴と言えるもの...

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【芸術の20世紀 喪失宣言】 ⑴宣言文

    ⑴ 宣言文 『≪芸術史上の20世紀≫を≪喪失の世紀≫とし、1914年~2013年の100年間を芸術史から喪失し、われわれは時代を100年回帰し、2014年(本宣言発表時)をもって芸術史に於ける≪新生芸術の20世紀元年≫とすることをここに宣言する。』※以下において、「芸術」とある場合、主に美術を想定しいる。しかし概念としては芸術全般にも当てはめることができると判断し、「芸術」としている。 ※以下において、「われ...

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 ⑵宣言の根拠 1.≪芸術の20世紀≫は喪失していた

以下に、この「宣言」を発表する理由をあげる。1. ≪芸術の20世紀≫は喪失していた20世紀の芸術において、私が第一番に思うことは、「~イズム、」・「~イスト」・「~主義」・「~派」、さらに、それらそれぞれに「ポスト~」・「ネオ~」、そして、それらの複合型と数え上げたらきりがないくらいの主義主張やスタイルが、次から次へと生み出されていったということだ。それらは概して短命で、次に替わるものが現れたとたんに、...

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2. 21世紀以降の未来へ向けて、新たな芸術を創造することが可能な時代環境を改めて設定し直す必要がある

  現代という時代が所有している芸術理念について考えると、20世紀初頭から連綿と続けられてきた破壊・挑戦・錯綜・妥協・放置、等々ありとあらゆる要素が「芸術の空転」を助長し、混迷を深める方向に作用してしまった結果、それは本来あるべき姿を失ってしまっていると言わざるを得ない。また、その状況がその都度修正された形跡はほとんど見られない。その時期、「アヴァンギャルド(前衛)」という意識が必要であったことを否定...

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3.現状に至って、時代を喪失させることが最良の策と判断した

本来ならば、≪芸術の20世紀≫において形成された混迷の原因を一つ一つ解き明かし、そこに明確な解釈を加え、全ての要素についての説明がなされた上で新たな理念を生み出すべきなのであろう。しかし、過去の例を見れば明らかだが、そのやり方は更なる混迷の種にしかならない。そもそも我々は≪芸術の20世紀≫を≪喪失の世紀≫と名付けようとしているわけだが、それはあくまでも「喪失すべき時代を呼ぶための名」であり、「20世紀の個々の...

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4.100年回帰の根拠

 時代回帰の根拠といえば『20世紀以降の芸術の世界には拠って立つ足場がない』ということである。現在、我々は、皆等しく「芸術の混迷の渦」に飲まれ溺れかけている。20世紀において、加速度的に多様化する時代の要求に振り回され続けた結果、私たちはすでに確固とした規範を失ってしまった。規範を失ったなか、足場のない状態で生き残るためには、とりあえず、『目の前にある藁を掴んで息を継ぐ』しかない。それが、今の私たちの...

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5.年代区分のまとめ

 ここで年代の流れが入り組んだ形になってしまったので一応整理しておく。1800年~1913年=前世紀1900年~1913年が19世紀なのか20世紀なのかがわかりづらいので、この114年間を前世紀と呼ぶことにする。1914年~2013年=≪喪失の世紀≫【芸術の20世紀 喪失宣言】において、我々が、いま正に観念の中で喪失しようとしている100年間。2014年~未来=≪新生芸術の20世紀≫20世紀をもう一度やり直す形を取り...

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 ⑶具体的な≪喪失≫について                1.≪芸術の20世紀≫から学んだこと/ 「天才の時代」は終わり、「挑戦の時代」は続くだろう

 さて、我々は≪芸術の20世紀 喪失≫及び≪芸術の100年回帰≫に向けて船を漕ぎ出す決意を固めたわけだが、具体的には何をすればよいのだろうか。以下に、現在の時点で考えられる範囲の具体的な「喪失」について記しておく。ただ、ここでも新たな発想は生まれてくるであろうから、当然その都度内容を修正していかねばならないだろう。 1.≪芸術の20世紀≫から学んだこと /  「天才の時代」は終わり、「挑戦の時代」は続くだろうこ...

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2.≪喪失≫の実践について

もちろん、すべては観念の中で≪芸術の20世紀≫を喪失することから始まるわけだが、これは頭の中で行う作業なので、説明は不要かと思われる。ここでは、具体的なことで実践できそうなことを挙げておきたい。これも随時追加(添削)することになるだろう。わたしは、もし仮に、一人でもこの「宣言」に賛同していただける方が居るのであれば、その方が実践して行くことのすべてが「新たな芸術の展開」となると思っている。つまり、その...

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 Ⅱ.【真術の紀元 宣言】 

       ⑴ 宣言文『 芸術の中心に位置する領域にあって「真実の追究」を創作の目的とするものを≪真術≫と名付け、≪新生芸術の20世紀初年≫をもって≪真術の紀元≫とすることを宣言する 』~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~※以下、2019年10月に追記。 この「真術の紀元 宣言」の文章は、私自身が理解できていない話であって、五里霧中の中で手探りの思考の中から発せられた言葉であるということを...

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⑵ 新たに区別された≪真術≫について

 1. ≪真術≫を区別する理由宣言文にあるように≪真術≫は「真実(真理と言ってもよいだろう)の追究」という、方向性を持つ芸術のための名称である。敢えて、これを区別して扱うのには理由がある。芸術の中には、心の最も深い部分(魂と言い換えることもできるかもしれない)に訴えかける領域が存在し、そういった領域を有していることこそが、芸術を芸術足らしめていることは確かなことであり、人の心に最も深い感動を生み出すこ...

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2.≪新生芸術の20世紀≫における芸術の仮定義

さて、≪真術≫以前に、≪芸術≫という分野は、今まで正しく定義されてきたといえるのだろうか。私は、まずこの点について懐疑的なのである。≪芸術≫という伝統ある文化につての定義づけが、今もってなされていないなどとは考えづらいのだが、どうやらそういうことらい。19世紀以前においても、漠然とした「芸術の定義」はあったのだろうが、人々の価値観の変化が緩やかであったために、特に、強く意識して厳しく「芸術の定義」を吟味し...

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⑶≪真術≫の不可能性                              1.≪真術≫は不可能なのか?

   1.≪真術≫は不可能なのか?前の記述でも少しふれたが、≪真術≫の不可能性については、もう少し詳しく説明しなければならないだろう。わざわざ新しい名称まで設定しておいて、いまさら言いにくいことなのだが、≪真術≫はとても「不可能性」が高い分野なのである。つまり、平たく言えば、『実際には、何もできないかもしれない』と言うことなのである。ただし、わざわざ「不可能性」というやや不自然な言葉を使うのには理由がある...

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2.≪真術≫に残された可能性

 前項で述べた内容からすると、≪真術≫とは、イメージ(観念)の中だけに存在するバーチャル(仮想的)な分野であって、実体のある作品は存在しないということになってしまいそうだ。そういう「仮想的なもの」を目指していこうというわけではないのだが、あくまで理論上の話になると「ほぼ不可能」ということになってしまう。(『「創作者」の力だけでは、達成できない』と言った方がいいのかもしれない。)理論上では「真実」の物...

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3.≪真術≫における「迷い」について / 「迷い」の時代へ

 前項で、≪真術≫においては、作者の「真実の追究」に対する「姿勢」が重要であると述べたが、それでは、その「姿勢」とはどのようなものなのだろうか。一般的な考え方をすれば、「姿勢が大事だ」と言うとき、「迷いのないきっぱりとした姿勢」を指す場合が多いだろう。しかし、ここで求められているのは、先に述べたように「真実を追究しようとする姿勢」である。つまり「不可能に挑戦する姿勢」と言い換えることもできる。そして...

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Ⅲ.【この「宣言」の原点】/芸術の果たすべき責任     ⑴ 芸術は「非生産的」であり「唯一無二」である

     最後に、ここまでの「総括」に代えて「芸術の果たすべき責任」について述べておきたい。⑴ 芸術は「非生産的」であり「唯一無二」であるこれは、この「宣言」と具体的には関係ないことなのだが、以下に述べるところが、私がこの文章を書くきっかけになった起点であり、本論稿に通底している「根源的な精神」なのだと言っておきたかった。すべての疑問や衝動が、ここから湧き出てきたのである。まず初めに、「芸術」は「...

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おわりに

 わたしは、「その時代」を探しに行ってみるつもりです。わたしには、もう、ゆっくりしている理由がなくなってしまったので。でも、本当のことを言えば、後からでも、そして、いつでも行けるのです。そこに行く気がありさえすれば、「その時代」に行くのは簡単なのです。「その時代」は、いつも、「いま、ここ」にあるわけですから。誰というわけではありません。すべての人のそばにあるのだと思います。もう、100年も前から「...

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絵画作品の額装について(日本人として思うこと)

現代アート作品の展示を見ると、平面作品で額装していないものが多いようですけれど、そういう展示を見ていつも思うのは、この「無額」には本当に意味があるのかな?ということです。現代アートの流れを考えれば「無額」はごく自然なことだと思うのですが、それだけに、当たり前でちょっとつまらないなと思ってしまうわけです。作品の中で攻めて(チャレンジして)いるものであればあるほど、その「無額」が、ややシラケて見えてし...

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