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Archive2014年04月 1/2

「オリジナリティ」は大事なのでしょうが・・・

芸術において、やはり、「オリジナリティ」は大事だと思うわけですが、「オリジナリティ」が目的なのかと言われれば、『それは違う』と言わざるを得ないのです。それは、結果的に出てきてしまうものなのかなと。「オリジナリティ」がある作品は、ほかのものよりも目立つし、インパクトが強くなるから、受け入れられやすいのは、確かなことでしょう。でも、それは「驚き」であって「感動」ではないわけです。人を感動させるようなも...

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「普通の心理」がわからなくて「芸術」は創れるのでしょうか?

いわゆる「芸術家っぽいイメージ」と言うものがあるように思うわけです。それはどんなものかと言えば、「ブットンダ」・「イッチャテル」・「ヘン」みたいなイカレタ感じと、それとは対極的に、「スルドイ」・「フカイ」・「キュウキョク」みたいに思慮深く、一つのことにじっくりと取り組むような二種類のイメージが完全に分離していて、その中間はまったく無いので、やや無理があるんじゃないかと思うわけです。確かに、「芸術家...

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「差別」と「区別」

「差別」と言うのが、わたしはとても嫌いなんですんねぇ。一番嫌いなものは何かと言われたら、間違いなく「差別」と言うでしょうね。なぜ、そこまで嫌いなのかはわかりません。ところがですよ、「区別」は好きなんですね。おかしいですよね。どうも、私の中ではこの二つは全く別のもので、それほど近しいものではないようなのですね。敢えて、この二つの関係はと言えば、正確に「区別」ができていると「差別」が起き難いということ...

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「個性」と「才能」

よく、「才能がある人」とか「個性的な人」という言い方をするわけですけど、あれはどうも好きになれないのです。つまり、「才能がない人」や「個性的でない人」を想定して言っているように聞こえてくるわけですね。でも、実際には、それらの判断と言うのは、その「個性」や「才能」が、誰かにとって有用かどうかという基準で下されているのだと思うわけです。つまり、「才能」や「個性」が有るとか無いとかと言うことを、言ってい...

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「自信」なくてもいいと思うのです

「自信」というと、当然のように「私は〇〇ができる」と言うことが前提になっているわけですけど、この「私は〇〇ができる」は、私には本当の「自信」だとは思えないわけです。だって、「できなく」なれば消えてしまうわけですから、それほどしっかりした「自信」とも言えませんよね。ところが、それに反して「できなく」ても平気で「自信がある人」もいるわけですね。たぶん、そういう人は、常に肯定され続けて育った人なんでしょ...

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