FC2ブログ

Archive2014年07月 1/1

いま、「芸術」に求められるべきものは「まっすぐな表現」ではないでしょうか?

「芸術」が、「モダン・アート」とか「現代美術」と呼ばれる時代に入ってから、今日に至るまでの、「芸術」の歴史は「ヒネリ」の歴史だったといってもいいほど、「芸術」には、ありとあらゆる「ヒネリ」が加えられてきたと思うわけなのです。「現代美術」においては、常に、「ヒネリ」によって、斬新さが生み出され、オリジナリティを提示し、作品の意味深さも与えられてきたと言っても過言ではないのだと思うのです。もちろん、ヒ...

  • 0
  • 0

現代社会は絡まり合った「多重規範」

ダブルスタンダード=二重規範と言う言葉がありますが、現代社会は、単なる二重規範ではなくて、より複雑化した「多重規範」だと思うのです。規範が統一されていないために、判断の基準が曖昧になって、何が正しいことなのかが見えにくくなると言うのが、ダブルスタンダードが生み出す弊害かと思うわけです。こういうことだけでも、かなりの害なわけですけれど、現代社会においては、あらゆる場面において複数の規範が存在していて...

  • 0
  • 0

討論する習慣

日本人は議論や討論が苦手だとよく言われますけれど、確かに、もう少し本質的な話をするような習慣があった方がいいのではないかと思うわけです。また、『何も考えない人間が多すぎる』というのもよく言われますが、実は、それも初めから考えないのではなくて、ある程度のことを考えていても、その考えを人と議論したり討論したりして発展させる機会がないから、一つの考えから変化することがなくて、平滑で一辺倒な考えに留まって...

  • 4
  • 0

「悪口」=「ネガティブ」なのか?

「悪口」と言えば、ネガティブの代表なわけですけれど、それは「悪口」の定義によると思うわけなのです。悪くない人を悪く言うのが「悪口」であれば、それは間違いなくネガティブでしょう。また、いいところも悪いところもあるようなことについて、その中の悪いところだけをわざわざ拾い出して悪く言うのも、確かにネガティブなことだと言えるのでしょう。 ※ここで「悪い人」とか「悪いこと」と言っているのは、基本的にそれを言...

  • 0
  • 0

「芸術」は「私物」ではないと思っています

「芸術」と言うのは、作者の感情や感覚を現したものですから、まったくもって個人的なものだということができると思うわけです。でも、その反面「芸術」は私的な所有物では有り得ないということも言えるんじゃないかと思うのです。私の個人的な考えですが、「芸術」は作者自身を含めて何者かに所有されるべきものではなく、一定のよりどころを持たない、特定の場所をもたないようなニュートラルな状態に置かれるべきものではないの...

  • 0
  • 0

人間は、まだ「言葉」を使いこなせていない? 

人間と他の動物を、最もはっきりと区別できる点は、論理を構築する性質(習性)を持っているか否かではないかと思います。しかし、その反面、人間はまだ言葉を上手くはコントロールできていないように思うわけです。人間は何をするにも、先ず言葉で考えて、そこに何らかの理論を展開してからでないと実行できないといってもいいほど、言葉で考えることが習性化していると思うわけです。でも、それがなかなか上手くは出来ていないと...

  • 0
  • 0

現在、「個性的であろうとすること」が「唯一の没個性」だと思うのです:教育で浸み込まされた「個性と才能」

現在、「個性と才能」がとても素晴らしいものだということを否定する人はあまりいないでしょうね。確かにそうなのでしょうが、その意味が履き違えられてしまっているようにも思うわけなのです。このブログの中でも何度か書いていることなのですけれど、「個性的」や「才能豊かな」ということが、ある一部の者に与えられた特権のように思われてしまっていると思うのです。そして、それは教育の段階で子供のうちから浸み込まされてし...

  • 0
  • 0

「見えるもの」と「見えないもの」

世の中には、「見えるもの」と「見えないもの」と言うのがあると思うのです。それは、なにも目ではっきり見えるか否かということに限らず、確信を持って判断できるものと、できないものと言う意味です。 ※ここで言う「確信をもって判断できるもの」と言うのは、「完璧に疑いようのないうもの」  と言う意味ではありません。  世の中に、そんなものは無いような気がしますが、それでも、「人間が確信してしまうも  の」と言...

  • 0
  • 0

「人間を否定すること」と「行為や状態を否定すること」は全く違う

このブログでも何度か書いてきたことですが、現在の日本では、否定的なことを言うことがタブーのようになってきていると感じるわけですけれど、これには、かなり見落とされているところがあるように思えるわけなのです。見落とされていることは、いくつもあると思うのですけれど、中でも「人間を否定すること」と「行為や状態を否定すること」が、ほとんど区別されていないと言うのは、かなり大きなことではないのかなと。「人間」...

  • 0
  • 0

個人を無能化させても、もう「トク」はない

現代の社会と言うのは、人間を社会の一構成要素として扱うことで、効率化を進めてきたわけですけれど、それによって得られるところの成果が、かなり前から頭打ちになってきていると思うわけです。それに対して、そこから生まれる弊害の方は、年々大きくなって、既に、成果の方を上回ってしまってからですら、かなりの年月が経過してしまったように思われるわけなのです。要するに、社会は人間をより単純化して、社会と言う機構を効...

  • 0
  • 0

刑罰について

犯罪に対する刑罰についての論議となると、最近では「死刑の是非」と言うのが多いと思うわけです。確かに、それは、刑罰についての最も集約された部分なのでしょう。でも、実は死刑を肯定するか否定するかよりも、刑罰を、社会機構の中で、どのような機能として捉えるのかが問題なのではないかと思うわけです。主に「犯罪抑止力」としての機能と、「犯罪者の更生」という二つの機能が考えられるわけですけれど、二つの機能のどちら...

  • 2
  • 0