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Archive2014年09月 1/1

「具象」と「抽象」の融合

「抽象」という概念はかなり昔からあったのでしょうが、その概念が芸術上の理念として確立されて、明確な方向性を与えられるようになったのは、20世紀に入ってからなのでしょう。以来、それは、常に「具象」と対立または対比するものとして、考えられてきたと言えると思うのです。でも、その対立や対比には意味がなくなってきていて、この二つを圧縮して融合させることが求められて来ているように思うわけなのです。これまでにも、...

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「芸術」は「自己満足」なのか?ということ

芸術表現や創作することについて、『そういうのは、所詮自己満足だろ』と言うことがよくあるわけです。第三者が言うことよりも、作者本人が言っていることの方が多いように思います。そして、私もよく言っていたと思います。でも、本当は、「自己満足」なんかじゃないと思うわけです。本当に「自己満足」だと思っていてやっているわけではなくて、どこかで、自分以外の人にも〝伝えたい"いや、〝伝わってほしい"と思ってやっている...

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芸術における「完成度」とは?

芸術作品においては、その「完成度」によって評価が下されることが多いと思うわけです。それが間違いだとは思わないのですけれど、果たして可能なことなのかなと。現代の芸術が、多様な方向性を持っているということは、誰もが認めざるを得ないことに成っていると思うわけです。それは、一人に一つの方向性が認められている状態と言えるでしょう。その前提で言うとすれば、そこで言う「完成度」とは、一人に一つの「完成」を想定し...

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「著作権」は守ってくれない!

「著作権」と言うものが、創作者の権利を守っているということに成っているわけですけれど、これは、少し違うように思うわけです。要するに、「著作権」が「創作者」の間に極端な格差を生み出してしまっているということですね。例えば、現在、プロスポーツの世界などを見ても、一部の選手の報酬が度を越して高額に成ることで、そのスポーツの世界全体の首を絞めることに成ってしまうということが、起きて来ているわけです。つまり...

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「人間性の芸術」

芸術表現に必要不可欠なものとは何でしょうか?人それぞれに、考えるところがあると思いますけれど、私は、「具象」・「抽象」・「人間性」の三つだと思っております。「具象」は表現力であります。「抽象」は精神性であります。そして、「人間性」は、その精神性の中でも最も〝芸術であること"そのものであり、また、人間にとって最も具体的なことでもあるわけなのです。つまり、「具象」と「抽象」の「二極」をまとめて〝力と形"...

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人は教えられたことしかしない

人間という生き物は自分で考えて行動しているようでいて、実は、人に教え込まれたことしかしようとしないものだと思うのです。自分のことも含めてですけれど、子供の時に教え込まれたことと違うことをするのには、かなり抵抗があったりするわけです。これ自体は、そんなに悪いことだとは思いません。例えば、人が極端に逸脱した行動に走らずにいられるのも、純粋な道徳心や正義感からと言うよりも、ただ単に、教えられたことに従っ...

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「芸術を見つけ出すこと」

20世紀以降の美術においては、「芸術」と無関係なものでも「芸術の場」に持ち込むことで、そこに芸術性が生じるという考え方があるわけです。作品の中に、「芸術」とは思えないような、言ってみれば「非芸術的」な”何か”を取り込むという考え方も含めれば、20世紀半ば以降の先進的な芸術分野においては、こういう考え方が主流であったと言ってもいいように思います。こういった考え方において、追究されていたのは「芸術」を”見つ...

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いま、「歳をとること」の意味

私が子供のころは(50年程前)、原則として「年寄り」は尊敬されていたと思うのです。現在はどうでしょうか?私には、どうしても「年寄り」が尊敬の対象ではなくなってしまったようにしか見えないわけです。例えばの話、ここで「年寄り」と言っているわけですけれど、これに対して、気を悪くする人もいるのかな?と思ってしまったりするわけですよね。せめて「お年寄り」などと言うべきなのか?とか。でも、そもそも、「年寄り」...

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「真面目さ」を”バカにする”風潮

現代の日本社会には、「真面目さ」を軽視する傾向があると思うわけです。そして最近になって、この傾向が急に強まって「真面目さ」を”バカにする”人が激増していると思うのです。もともと、日本人の長所として、いつも決まって挙げられていた「真面目さ」や「勤勉さ」が、いつの間にか軽視されるようになり、今では、とうとう”バカにされる”ようにまでなってしまったわけです。しかも、最近の傾向として、どうやら「真面目さ」を一...

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「いっしょうけんめい」について

だいぶ前に聞いた話なのですけれど、「いっしょうけんめい」には、「一生懸命」と「一所懸命」(これは「いっしょけんめい」と読むらしいです)があって、ずっと懸命にやり続けるのが「一生懸命」で、とにかく、その場だけでも懸命にやるというのが「一所懸命」だそうです。それを言っていた人は、「一生懸命」は、そう簡単にはできないけれど、「一所懸命」ならば、誰でもやる気さえあればできるはずだと言っていました。その通り...

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もう「天才」は「社会の重荷」だと思うのです

前の三つの記事のまとめのような話です。前の三つの記事で、「歳をとること」・「真面目さ」・「一所懸命」が、今の日本社会では軽視されているということを書いたわけです。『どうしてこんな風になってしまったのか?』と考えると、私の場合、必ず「天才」と言う言葉に行き着いてしまうわけなのです。私に言わせていただければ、「天才」とは、最も”若く”して、最も”簡単に”、「何かを成し遂げることができた者」で、最も”「真面...

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人間は「食物連鎖の環」から外れた動物

「弱肉強食」とか「自然淘汰」というのは、自然界のバランスを保つための、最も根源的な法則だと思うわけです。でも、人間は、この原則から外れてしまっているように思うわけなのです。人間は、自分が食べるために動物や植物を生産します。人間は、特定の動植物を乱獲して、そのあとでそれを保護したりもします。人間は、自分に有用な「種」を改造します。人間は、産業廃棄物を排出しつつ、エコロジーにも配慮して、そのエコを産業...

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「奇跡」について

「奇跡」と言う言葉は、けっこう簡単に使ってしまうわけですけれど、本来は、「神」に直結した神聖な言葉なのではないのかなと思うわけです。本来「奇跡」とは、ただ単に有り得ないようなことが起きたというのではなく、神的な力が降臨して行われたことを指して言うことなのかなと。でも、現代人にとっては、神聖さがあまり強く感じられない方が都合がいいようにも思えるわけです。現代社会においては、「神」の存在感はかなり希薄...

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「健康」について

何かにつけて、「健康」の大切さが身に染みている今日この頃なわけです。「健康」が大事なのは当たり前のことなのかもしれませんが、人間の場合「体の健康」と「心の健康」の両方に気を配らなければならないので、そこの所が特に難しくなっているように思うわけです。ただ、言葉の上で「健康」と言ってしまうと、「完全な状態」が「健康」で、「不完全な状態」は「不健康」のようになってしまうのですけれど、「完全な状態」などは...

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「創作」とは「意味」を創り出すことだと思うのです

芸術の創作においては、作者の『創りたい』と言う「衝動」以外の余計なものが、なるべく入らない方がいいと思うわけです。つまり、無目的であることと言うか、無意味であることと言うか、無作為であることというか、そういった、「無」から始めることがいいように思うわけです。そこに目的や意味があると、どうしてもそのために純粋性が失われてしまうように思われるわけです。もちろん、目的を持って創られる「芸術」もあっていい...

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「マンガ」から「アニメ」そして「オタク」へ

昔は、と言ってもだいぶ昔ですが、大人が公然とマンガを読んでいたりすると、白い目で見られるというようなところがあったと思うのです。おそらく今の若い世代では、そんなことを言っても、それがどういうことなのかもわからないのでしょう。つまり、一言で言えば、昔の人は”シンジラレナイほど頭が固かった”わけです。子供が読むものと大人が読むものは、はっきりと分かれていて、大人が子どもの読むものを読むことや、子供が大人...

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「芸術」は文化遺産なのか?ということ

芸術作品と言うと、繰り返し修復しながら維持管理していくというのが、当然のことになっているわけです。当たり前のことのようになってしまっていますから、あまり疑問を持つこともないわけですけれど、実際には、これはとても微妙な問題を含んでいることのように思うのです。まず一番に思うのは、作者がその修復を望むかどうかということが、確認されない場合が多いということです。作者本人が亡くなっている場合が多いですから、...

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”何処かに向かって行きたい”のです

現在、「芸術」に新たな方向性が見つけにくい状況になっているわけです。でも、逆に「芸術」に関しては、全ての方向性が許されているとも言えると思うわけです。現在は「芸術」に関する枠組みが解体されて、不定形の「漠然とした雰囲気」だけが「芸術」を「芸術」足らしめているといってもいいと思うのです。つまり、あらゆる方向へ向かうことが肯定されたことで、方向と言うもの自体の意味が無くなってしまったわけなのです。どこ...

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「高さ」と「深さ」

前の記事の続きです。「芸術」においては、これまでも「深さ」は重視されてきたと思うのですけれど、実は、「深さ」を「高さ」に変換してしまっていたように思うのです。つまり、「深い」=「上質」とされてきたわけです。別に間違いだというのじゃありません。でも、「深さ」と言うのは、”下へ”の追究でもあるわけです。「下」なのに「上」と言うのは、矛盾しているように思えるわけです。だから、純粋に”下へ”向かう「深さ」があ...

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