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Archive2015年03月 1/5

「命の重さ」と「精神の重さ」

「命の重さ」が、重いということは言うまでもないことなのでしょうが、それは「精神の重さ」と比べた場合どちらが重いんでしょうか?例えば、人間としての「誇り」とか「尊厳」みたいなものと比べた場合に、「命の重さ」は、それらよりも重いのでしょうか?それは、何も「誇り」や「尊厳」ほど大げさなことでなくても、その人の「好み」や「やりたいこと」のような、ごく日常的なことについても、同じことが言えるのだと思うわけで...

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もう「天才」は「芸術」の領域ではないと思うのです

「天才」と言うと、「芸術」には付き物のように成っているわけですけど、実は、この「天才」というのは、もう「芸術」の領域ではなくなってしまっているんじゃないかと思うのです。本当のことを言えば、「芸術」に限った話でもなくて、他のどんな分野においても、もう「天才」の領域は小さくなくなっているのだと思うわけです。例えば「政治」の場において、いま「天才」は居るでしょうか?『居ないと思います』それは、これから先...

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「美しさ」の追究

かなり昔まで(100年ぐらい前?)、「芸術」は「美しさ」を追究するものであったのだと思います。しかし、その「常識」が崩されて、それと引き換えに「限りない自由」が与えられたわけです。それは、それでよかったのだと思うのですが、なにも、ムキになってまで「美しさ」を捨てる必要はなかったんじゃないかと思うわけです。確かに「既成の概念」を捨てることで「自由」に成ったのだと思うのですが、それは、目的ではなかったの...

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「平等」と「均等」の違い

「平等」とは、【大きさや形や色】が違うさまざまなものを、同じ高さに並べることで、「均等」とは、全ての物の【大きさや形や色】を統一することだと思うわけです。人間には「平等」が必要で「均等」は不必要だと思うのです。「均等」であっても、並べられた位置の高さが違ってしまえば「不平等」ですから、その「均等」は、ただ単にキュウクツなだけで、何の意味もないと思います。だから、「不均等」で「平等」なのが、一番いい...

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「狙った所に行かない」

どんなことでも、「狙った通り」に成ると言うのは気持ちいいもんですけど、それが、なかなかできないということに成っているわけです。そこで、「狙った通り」に決められるような能力を持った人のことを「天才」と言っているんでしょう。でも、もう見飽きてきているんだと思うわけです。そういう「天才」の「狙い通り」がですね。いくら「天才」でも、「狙い通り」では、やはり「想定内」の域を出ないわけです。つまり、「意外性」...

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