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Archive2015年04月 1/3

「不便」の選択

「不便」と「便利」だったら「便利」を選ぶのが普通なわけですけど、そこで、敢えて「不便」の方を選んでいこうということなわけです。人間の生活と言うのは、常に「不便」と「便利」の二者択一を迫られているのだと思うわけです。一見すると、ほとんどの人が迷わずに「便利」を選択しているように見えるわけですけれど、実は人間の思考の中では、いつも「不便を選ぶこと」への誘惑との戦いがあるように思うわけです。言葉の上で、...

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「拘束」を解かなければ「解放」されることはない

現代社会で生きるということは、この世に生まれた時点から始まる、さまざまな「拘束」の中で生き続けるということなのだと思うのです。人間を取り巻く「拘束」や「束縛」は、現代に限ったものでもないのでしょうが、「教育」がシステム化することによって生み出されている「拘束」が非常に多いと考えますので、その「教育の制度化」が進んだ現代においては、一段と「拘束」が生み出されてしまう比率が高くなっていると思うわけです...

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「正しい」を増やさないほうがいいと思うのです

現代の社会というのは「規範」が多様化しているために、その社会の中で生きる人間たちは、常に複数の「規範」に縛り付けられて、「自由」でいることが難しく成ってしまっているわけです。もともと、一つの社会に一つの「規範」で、ある程度、統一されていた時代ですら、人間が「自由」であることは難しかったのでしょうが、現代においては、様々な「規範」が錯綜した社会の中で、その都度立ち場の違う人から、その人の都合に合わせ...

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芸術における「違和感」と「親和感」

芸術作品を見たときに、「違和感」を感じることは、よくあることだと思うわけです。要するに、インパクトのある作品には、この「違和感」を感じることも多いということなのでしょう。作者の表現しようとするところが突き詰められていって、凝縮していればいるほど、それは、第一印象としての「違和感」を与えやすいということがあるのだと思うのです。だから、この「違和感」を毛嫌いしてしまうと、芸術の”肝(きも)”の部分を感じ...

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「長生き」について

「長生き」することは、無条件に”エライ”ことのような気がする”今日この頃”なわけです。昔は、「長生き」することが特にエライことだとも思わなかったんですけど、今は、「長生き」な人を見ると『エライ!』と思ってしまうわけなのです。とは言っても、「強欲な年寄り」なんて言う人を見ると、やっぱりガッカリはしますけどね。でも、”普通”くらいなら十分に『こんなに長く生き続けて、エライなぁ』と思ってしまいますねぇ。まして...

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