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Archive2015年04月 1/1

「不便」の選択

「不便」と「便利」だったら「便利」を選ぶのが普通なわけですけど、そこで、敢えて「不便」の方を選んでいこうということなわけです。人間の生活と言うのは、常に「不便」と「便利」の二者択一を迫られているのだと思うわけです。一見すると、ほとんどの人が迷わずに「便利」を選択しているように見えるわけですけれど、実は人間の思考の中では、いつも「不便を選ぶこと」への誘惑との戦いがあるように思うわけです。言葉の上で、...

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「拘束」を解かなければ「解放」されることはない

現代社会で生きるということは、この世に生まれた時点から始まる、さまざまな「拘束」の中で生き続けるということなのだと思うのです。人間を取り巻く「拘束」や「束縛」は、現代に限ったものでもないのでしょうが、「教育」がシステム化することによって生み出されている「拘束」が非常に多いと考えますので、その「教育の制度化」が進んだ現代においては、一段と「拘束」が生み出されてしまう比率が高くなっていると思うわけです...

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「正しい」を増やさないほうがいいと思うのです

現代の社会というのは「規範」が多様化しているために、その社会の中で生きる人間たちは、常に複数の「規範」に縛り付けられて、「自由」でいることが難しく成ってしまっているわけです。もともと、一つの社会に一つの「規範」で、ある程度、統一されていた時代ですら、人間が「自由」であることは難しかったのでしょうが、現代においては、様々な「規範」が錯綜した社会の中で、その都度立ち場の違う人から、その人の都合に合わせ...

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芸術における「違和感」と「親和感」

芸術作品を見たときに、「違和感」を感じることは、よくあることだと思うわけです。要するに、インパクトのある作品には、この「違和感」を感じることも多いということなのでしょう。作者の表現しようとするところが突き詰められていって、凝縮していればいるほど、それは、第一印象としての「違和感」を与えやすいということがあるのだと思うのです。だから、この「違和感」を毛嫌いしてしまうと、芸術の”肝(きも)”の部分を感じ...

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「長生き」について

「長生き」することは、無条件に”エライ”ことのような気がする”今日この頃”なわけです。昔は、「長生き」することが特にエライことだとも思わなかったんですけど、今は、「長生き」な人を見ると『エライ!』と思ってしまうわけなのです。とは言っても、「強欲な年寄り」なんて言う人を見ると、やっぱりガッカリはしますけどね。でも、”普通”くらいなら十分に『こんなに長く生き続けて、エライなぁ』と思ってしまいますねぇ。まして...

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「不満」のモトは「好奇心」?

私なんかもそうなんですが、現代人と言うのは、とかく社会に対して「不満」を持ってしまう傾向があると思うのです。現代人は、教育でいろいろなことを教え込まれていますし、その後の情報量も、昔とは比べものにならないぐらいに多くなっていますから、社会の”アラ”が、どうしても目に付いてしまうんだと思うのです。しかし、自分のことを考えても、よくわかることですけれど、この「不満」を持って生きていると、あまりいいことが...

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「芸術の中心」と「芸術の外枠」

何かについて定義する時には、そのものの「外側の境界線」を示すというのが一般的なんだと思うわけです。つまり、どこからどこまでを「〇〇」と言うのか?ということに成るわけでしょう。ところが、現在の「芸術」に関しては、この「外枠」での規定が難しくなってしまっているわけです。「芸術」をどこまでも自由にしようという発想から、「外枠」を取り払ってしまったわけですね。「外枠」を規定するということは、その枠の中にそ...

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全ての人が「ワン・アンド・オンリー」であるということ

「芸術の20世紀」においては、沢山の「~イズム」が生み出されたわけですが、それらの中で、今なお芸術としての活力を保っているものは無いのではないかと思うわけです。しかし、このことは当然と言えば当然のことだったんだと思うのです。もともとあった「アカデミズム」を捨てたことで、ある意味で「拘束」を解かれたわけですけれど、「アカデミズム」を「伝統」あるいは「正統」と解釈するならば、それを捨てたわけですから、...

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「忘れること」

『人間は「忘れること」で生きていける』と言う話を、どこかで聞いたことがあるわけです。(どこで聞いたのかは忘れてしまいましたが)これを聞いたときは、確かにそうだなと思いましたし、実際、過去の全ての「記憶」がいつも頭の中で渦巻いていたら、『とてもじゃないけど、生きていけないだろうな』と思うわけですよね。これとはちょっと違う話なんですけど、最近になって、「忘れること」っていうのは、「記憶が消えてしまうこ...

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「認知症」について

4月19日の記事の続きに成ります。「認知症」っていうのは、いま言われているのとは少し違うものなんじゃないかと思うわけです。 ※前の記事で、高齢者が意図的に選択して”ワザト”「認知症」に成っている  とも取れるような言い方になっていたかもしれませんが、そういうことではあ  りません。  あくまで、本人は無意識のうちに「認知症」と言う選択肢を選ばされてしまう  という意味です。まず、「認知症」と言うのは...

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「幸福」について

現代における「幸福」って、いったい何なんでしょうね。だいぶ前だったら、「お腹いっぱい食べられること」くらいでも、十分「幸福」だったんだと思うんですよね。でも、いまだったら、それだけで十分「幸福」だと思える人の方が少ないかも知れませんね。その前に、『そんなに食べたら、体に悪い!』とか、『ダイエットしなきゃ』とか、考えることが山ほどありますから、『お腹いっぱい食べられることって幸せだなぁ』なんて言って...

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「ブナン」と「マシ」

「ブナン」や「マシ」というと、両方ともあまりいいイメージがないと思いますけど、この二つには意外と大きな違いがあると思うわけです。「ブナン」の方は、何かをする前に危険性の少ない方の選択肢を選ぶことで、「マシ」の方は、最終的に、それほど悪くはないけど良くもないという結果になってしまったということだと思うわけです。つまり、「ブナン」は”チャレンジ”してないわけですね。それに対して、「マシ」は、なんとなく”...

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「〇〇主義」の盲点

「共産主義」や「社会主義」が、実質的に形を成さないものに成ってから久しいわけですが、実は、それらとともに「資本主義」や「自由主義」も崩壊していたのだと思うわけです。まぁ、今のところ「替わるもの」が無いので、それを続けているのでしょうね。取り敢えず、今の世界を見渡してみると、「共産主義」や「社会主義」を掲げている国でさえも、ほとんど「資本主義的」になっていて、かろうじて残っている政治体制にしがみつい...

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「普遍性」とは「鮮度」である

「普遍性」は、「芸術」に必要なものだと思うのです。でも、その「普遍性」が、どうも軽視されているように思うわけです。例えば、”いつの時代にも通じる”ことや、”誰にとってもイイ”と思えることと言うのは、大事なことなんじゃないのかなと思うわけです。もちろん、それは全ての人に好かれるとか、どんな時代においても高く評価されるということではなく、全ての人に対して”何かを訴えられる”とか、どんな時代にあっても”何らか...

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