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Archive2015年05月 1/2

「職業」じゃない「シゴト」

【職業:専業主婦】とか 【職業:学生】とかっていうのに、ちょっと引っかかりがあるという人は、私だけでもないんじゃないかと思うわけです。昔から思っていたんですけど、「専業主婦」とか「学生」って「職業」なんですかねぇ?もし、そうだとしたら「主婦」は「家庭」に、「学生」なんて「学校」に就職したって話になりますけど(それは先生でしょ!)、そうなんでしょうか?まぁ、そういうのはヘリクツなんでしょうけどね。で...

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「時代」が動いて行く方向

「時代」が動いてゆく方向と言うのは、かなり先のことまで、前もって決まっているものなんじゃないかと思うのです。そもそも、「時代」と言っていますけれども、その「時代」と言うものは、人間の意識の中にしかないわけで、時間や歴史と言う感覚を持っていないであろう人間以外の動物は、おそらく、「時代」ということも感じていないんだろうなと思うわけです。要するに、「時代」は「社会」の中にしか存在しないんだと思うわけで...

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「話」には「層」がある

「話」には「層」があると思うのです。一つの「話」をしている時には、本来、一つの「層」の中で「話」をしている”ハズ”なんだと思うわけです。例えば、「冗談」を言っている時には、「冗談」と言う「層」で言っているわけで、それに対して、誰かが、「冗談」以外の「層」で言葉を返すと、それが「冗談」として成り立たなくなってしまいます。それと同じように、どんな「話」にも、それぞれ、その「話」に見合った「層」があって、...

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「抽象」は「偶像」を壊すことから始まるのだと思うのです

現在考えられているところの「抽象芸術」と言う概念が、出てきてから約一世紀ほど経ったわけです。「抽象」は「具象」から抜け出して、新たな領域を開拓するために生み出されたんだと思うわけですが、その為か、「具象」を破壊することが目的になってしまって、その後、方向性を見失ってしまっているように思えるわけです。もともと、「完全な具象」も「完全な抽象」も、現実に成り立たせることは不可能でしょうから、「抽象表現」...

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「迷うこと」は美しい

「迷いが無いこと」は、だいたい「良いこと」と言われているんでしょうけど、これからの「芸術」においては、「迷うこと」が必要になるんだと思っているわけです。と言うか、「迷わないこと」は、もうすでに「美しいこと」とは言えなくなってしまっていると思うわけです。例えば、古典的な技法に基づいて絵を描くときには、努力や修練は必要ですが、「迷い」は必要とは言えないでしょう。むしろ、迷わずに技法書に書いてある通りの...

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