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Archive2015年08月 1/1

「神」への疑い

『「神」への疑い』についてです。こういう話をすると、「信仰」をお持ちの方は、ご気分が悪いのかもせれませんが、宗教や信仰に対してケチをつけようというものではありませんので、また、私にとっても、一つの重要なテーマとして真面目に考えていますのでお許しください。このブログの中でも何度か書いていますけど、私は、もう「神の時代」は終わっていると思うのです。つまり、人間は「宗教」と言う概念を卒業して、自己責任で...

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「怒る人」と「チッチャイ自分」

「怒る人」って居ますよね。いや、ちゃんとした理由があって怒るっていう話じゃなくてですね。どちらかと言うと、ほとんど初めから怒っているというか、『怒るぞ!』っていう構えで生きているような人ですね。短気な人っていうのとも、ちょっと違います。要するに、そういう人っていうのは、『自信が無い』んだと思うんですね。大抵の場合、むしろ「できる感じ」にしていたり、「強そう」にしていたりして、「自信満々」に見えるの...

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「意味の塊(カタマリ)」を創り出したいのです

私は、「創作」に当たって、いつも「意味を創り出すこと」を考えているわけです。それで、その「意味」って何なんだ?ということです。例えば、「花の絵」を描くときに、「その花」を、そのまま写し取ろうとすれば、「その花の美しさ」自体が、「その絵の意味」に成るんだと思います。でも、そこで、「本物の花」よりも「もっと美しく」描こうとしたり、「もっと力強く」描こうとしたりする場合、「その絵の意味」は「その花の美し...

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「究極の快楽主義者」

「快楽主義者」と言うと、一般的には、取り敢えず「楽しいこと」や「好きなこと」を好んで、「辛いこと」や「嫌なこと」を好まない人のことを言う場合が多いと思うのですが、最終的には、「快楽」に溺れて「破滅的な末路」をたどるというようなイメージもあるんじゃないかと思うわけです。でも、その結果、「辛いこと」や「嫌なこと」を強いられることに成るんだとしたら、『それって、本当に快楽主義なんでしょうか?』と思ってし...

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受け入れ過ぎ?

何かについて抵抗したり抗議したりしている人に対して、『そんな風にジタバタしても、なんにも成らないんだから、現状を受け入れてしまった方が楽ですよ』と言うのを、よく耳にするわけですが、これは、今の時代には当てはまらないような気がするわけです。まぁ、要するに、一言で言ってしまえば、時代遅れ(または時代錯誤)な感じがするわけですね。とにかく、現代人と言うのは、何かにつけて「受け入れ過ぎ」だと思うのです。と...

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「受け入れがたいものを受け入れること」と「拒否しがたいものを拒否すること」

前の記事に関連したことに成ります。前の記事では、現代人は、「外界からの要求」を「受け入れ過ぎ」なのではないか?そして、本当に受け入れた方がいいのは、外界から要求されたり、突きつけられたりするものではなくて、自分自身の中の「弱さや不完全性」を含めた「本当の自分」なのではないか?と言うようなことを書いたわけです。さて、それに近い話で、「受け入れがたいものを受け入れること」が人間を成長させる、と言う考え...

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「複雑明快」

「単純明快」と言う言葉がありますけど、「複雑難解」と言う言葉はないですね。「単純明快」があるなら、「複雑難解」もあるだろうと。それから、「単純難解」も「複雑明快」もあってもいいんじゃないのかなと。そんな風に考えてみたわけです。「単純」なものが、皆「明快」とは限らないですし、「複雑」なものでも、中には「解りやすい」ものもあるわけで、そう考えれば、「複雑明快」なものもあってもおかしくはないだろうという...

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「人権」ってナニ?

「民主主義」は、「人権」を前提にして成り立っているわけですが、その「人権」って、いったいナニ?と言う話です。そもそも、「基本的人権」と言っていますけど、あまりに当たり前すぎて、やや漠然としているという感じもするわけです。百年も二百年も前ならば、「基本的人権」は光り輝いていたでしょうが、それは、その前の時代が、とても不平等であったということでしかないわけで、現代において、いまだに「基本的人権」さえあ...

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人が「真実」を恐れる理由

人は「真実」を嫌うものだと思うわけですけど、なぜ、「真実」をそんなに嫌うのだろうかと考えるわけです。『いや、そんなことは無い!人間は真実を嫌ったりするとは言えない!!』と主張する人もいるかもしれませんよね。そういう考えもあると思いますし、そういう人だっているとは思います。でも、やはり、完璧な人間は居ないわけですから、その自分の中の「完璧じゃない部分」や、自分には「到底理解できないことがあるというこ...

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「上・下の差」と「平等」

「平等」と言うと、「上・下の差」が無いことなんでしょうね。それが「平等」の意味なんだと思うわけですけど、どうも、「平等」と言われるときに、やや、そこから意味がずれている時が多いんじゃないかと思うわけです。つまり、「上・下の差」が無いことではなくて、「上・下の差」を埋めることを「平等」と言っていることが多いんじゃないかと思うわけですね。「上・下の差」は必ずあるものとして、「無いハズがないもの」と言う...

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「動物の自信」と「人間の自信」

「自信」と言うと、一般的には「自分には〇〇が”できる”と確信していること」ということに成っているわけです。でも、実は、この「〇〇が”できる”型」の「自信」と言うのは、「動物の自信」なんじゃないかと思うわけです。たとえば、「サル山」のボス猿」は、常に「自信満々」ですよね。それは、おそらく『オレ様は〇〇ができる』と思ってるんですね。人間でも、そういう「お山の大将」系の人は、けっこうたくさん居るんだと思いま...

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「定型化」したもの

「芸術」の場で、「定型化」したものは「価値」が低いということに、表向きではなっているわけです。でも、一般的に、「定型化」したものにこそ、安定した「価値」があるのは間違いのないことでしょう。つまり、すでに試されて「価値」が確定しているわけですね。そして、実は、「芸術」の場においても、常に、安定して評価されているのは、こうした「定型化」したものだったりもするわけです。まぁ、大雑把に言えば、「抽象画」よ...

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