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Archive2015年12月 1/1

[20世紀以前の美術」と「20世紀以降の美術」

「芸術」にとって、「20世紀」と言う時代が決定的な転機であったということは、多くの人が認めることだと思うわけです。それで、何が変わったのでしょうか?「20世紀以前」と「20世紀以降」とでの、”決定的なチガイ”って何なんでしょうね。こういうのって、意外と考えないんですよね。あまりにも”チガイ”過ぎるんで、どこが”決定的なチガイ”なのかなんて、どうでもよくなってしまうのかも知れませんね。実際、「20世紀以前...

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「物語り」はソコにある

人の「人生」には、それぞれの「物語り」があると思うわけです。でも、時々、そういう「人生の物語り」が、軽んじられているように感じてしまうことがあるわけですね。つまり、何か特別なことをやり遂げた人の「人生」にある「物語り」と、ごく平穏な「人生」を送った人の持っている「物語り」の価値が、随分と違うものとして考えられているように感じてしまうわけですね。でも、実際は、「物語り」と言うのは、「視点」の置き所で...

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『わるい作品なんてない!』・・・・でしょ?

「芸術作品」と言うと、どうしても「スバラシイ作品」と「マアマアの作品」と「ダメな作品」があって、「スバラシイ作品」を作った人は”エラクて”、それ以外の人は”ドウデモイイ”って言うことに成っているところがあるわけですけど、私は、基本的に「芸術をやろうと思うこと」自体が、すでに「スバラシイこと」なんだと思うわけです。だから、その結果、出来てきた「作品」に「出来のイイモノ」と「出来のワルイモノ」があったとし...

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「最大の罪」と「最多の罪」

「罪」っていうのは、「悪いことをすること」ではなく、「悪いと思っていることをすること」なんだと思うわけですが、その「罪」の中に、「最大の罪」と「最多の罪」があると思っているわけです。 ※本当の意味で「善悪」を追求していけば、そう簡単に答えが出せなくなりますが、  「自分が悪いと思っていること」を、その人自身がやってし待った場合は、それを  「悪くない」という理由がないように思いますので、それを「罪...

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「考える芸術」

「芸術」が考えるものに成ったのは、いつの時代からなんでしょうね?少なくとも、ルネッサンスの時代の工房制作に置いては、「芸術」は「職人仕事」に近いものだったんだと思うわけです。(職人が考えないということではないですけどね)それが、徐々に専門性を高めていって、技術的な研究を通して、「考える」と言う要素が多く成って行ったんでしょうね。そして、その後、「芸術」の中で、「作家個人の表現」と言う意味合いが強く...

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「思い出」

ときどき、「思い出」って不思議なものだなぁ、と思うことがあるわけです。昔のことでも、本当に昨日のことのように覚えていることもあれば、完全に記憶が抜け落ちてしまうようなこともあるし、どうでもいいようなことで、すごくリアルに覚えていることもあれば、大事なことや、いつもやっていたことなんかでも「コロッ」と忘れてしまうこともありますよね。そういう「記憶の不思議」の中でも、一番不思議に思うのは、「イイ出来事...

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「セルフ・ターミナルケア」

「死」を目前にして、医師から「余命」(三ヶ月くらい?)を宣告されたような人に対して、「残された日々」を、より良い形で過ごせるように施される医療や介護を「ターミナルケア」と呼んでいるそうです。これを、非常に悲壮なものとして考えてしまうということもあるんですが、実は、そう悲惨なことではないような気もするわけです。どっちにしろ、人間いつかは死ぬわけですし、言ってしまえば、生まれた瞬間から死ぬことが宣告さ...

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『人に迷惑をかけない』と言う発想

子供のころ、よく親や周りの大人から、『人に迷惑をかけてはいけないよ』とか、『人に迷惑をかけさえしなければ、それでいいんだよ』と言われていたと思うわけです。要するに「人に迷惑をかけないこと」が、「道徳」の基本なんでしょうね。でも、多くの人が、大人に成ってから気が付くことに成るわけですが、『人に迷惑をかけないと生きていけない』わけなんですねぇ。これは、ある意味「衝撃的」ですよね。『それだけは絶対に、や...

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『いつの間にかひっくり返る』

「時代」には「流れ」があると思うわけです。そして、その「時代の流れ」が、「いつの間にかひっくり返る」ということがあるわけですね。『~ひっくり返ることがある』と言うよりも、むしろ、「時代の流れ」と言うのは、常に『ひっくり返り続けている』と言った方がいいのかも知れません。「時間」とか「時代」と言うものは、いつも「ヨジレながら」進んでいるものなんじゃないでしょうか?「メビウスの帯」のように、まっすぐ進ん...

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「感情」は一つのモノ

「感情」と言うと、「喜怒哀楽」の四つと言われることが多いわけですが、実は、これは四つのモノではなくて、あくまで一つのモノなんじゃないかと思うわけです。もちろん、一人の人間の「感情」なわけですから、一つのモノということもありますが、それだけではなくて、「喜び」と「悲しみ」や「怒り」と「楽しさ」などは、どれも、一つでは成り立たなくて、それらが一体化した「感情」としてこそ、成り立つものなんだろうと思うわ...

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