FC2ブログ

Archive2016年01月 1/1

「人間性の信仰」

私は、このブログの中で、人間は「宗教」を一旦卒業したほうがいいんじゃないか?と言っているんですけど、それは、けっして「宗教」を否定しようということでもないんですね。またいつか「宗教」が必要になるのかもせれませんしね。「神」とか「宗教」とかって言うものは、すでに人間の意識の中に存在していますし、それを消してしまうことは出来ないわけですから、無理に否定しても、あまり意味もないと思っていますし(出来たと...

  • 0
  • 0

「本能」と「欲望」と「芸術」

私は、自分の「芸術に対する指針」の一つとして、『本能に近く、欲望からは遠い』ということを念頭に置いているわけなんですね。要するに、人間の根源的な部分に訴えかけるようなものであって、尚且つ、それに溺れていないモノを目指しているわけです。「性欲」や「食欲」や「睡眠欲」などは、人間の「本能」であると言われていますが、そうした「欲」が「欲望」に成る「変わり目」と言うのがあって、その「変わり目」を超えたモノ...

  • 0
  • 0

「おそろしく長持ちなモノ」

最近、何かにつけて、耐久性に疑問がある商品が多いと感じる「今日この頃」ですよね。そんな中でも、世の中には、『コイツは長持ちだなぁ』と思うものも、あるにはあるもんで、そういうモノに限っては、また、「おそろしく長持ち」だったりすることがあるわけです。私は「消費者的な”ウツワ”」が非常に小さいタイプの人間なので、どんなものでも、品物は長持ちしてほしいと思っているわけです。~~~~~~~~~~~~~~~~~...

  • 0
  • 0

「気遣い」と「へつらい」

「気遣い」と「へつらい」はイメージの上では、随分違う感じがする言葉だと思うわけですけど、実体としては、けっこう近い意味があるんじゃないかと思うのです。「気遣い」と言えば、「人に対する気配り」や「人に対する優しさ」を思い浮かべることが多いのだと思います。それに対して、「へつらい」と言うと、力のある者に取り入ろうとしたり、媚を売って、ゴキゲンを取ろうとしたりするといった、いわゆる「卑怯者」のイメージが...

  • 0
  • 0

「男女の役割分担」について

このブログでも何度も書いているんですけど、私は「差別」が、生理的に嫌いなので、チョットでも「差別的」な匂いがするモノには、やや、過剰に反応してしまうわけです。ところが、これも何度も書いているんですけど、「区別」は大好きなんですねぇ。こう言うと、『実は、自分で気が付いていないだけで、けっこう、差別主義者だったりするんじゃないの?』と言われるんじゃないかと思ってしまうわけなのですが、そう言うわけでもな...

  • 0
  • 0

「人間」と「機械」のワーク・シェア

「オートメーション」化が進んだことや「コンピューター」が「パソコン」として身近に成ったことで、「人間」がやっていた仕事をかなりの部分で「機械」が代行できるように成ったわけですけど、その「人間と機械の住み分け」がイマイチ出来ていないような気がする時があるわけです。時には、「人間がやるべき仕事」を「機械」に横取りされているような気がすることがあるし、逆に、『こういうのこそ機械がやってくれよ!』と言うよ...

  • 0
  • 0

「一つのモノ」と「二つのモノ」

どんな学問や思想でも、それを追究していくと、もっとも単純な「一つの考え」に行き着くか、または、研究がどんどん細かいことに細分化して言って、「無数の考え」に複雑化していくかの、どちらかに成るんだと思うわけです。ところが、その「一つの考え」の向こうには、また、さらなる「無数の考え」への入り口が用意されていて、それとは反対に、「無数の考え」が現れて来ると、それを一括して説明できるような「一つの考え」が必...

  • 0
  • 0

ネット情報の「ダブりの壁」

インターネット上の情報で一番困るのが、「ダブり」が多いということなんですね。なにか調べようとすると、やたらと同じ情報が羅列されてしまうので、気持ちの上でも”ウンザリ”しますし、なにより、時間がかかって仕方ないわけですね。現在の「検索エンジン」はスバラシク・スグレテイルという話ですけど、この「ダブり」を排除してくれないと、到底スグレテイルとは言えないんじゃないのかなと思うわけです。これが、単に「検索エ...

  • 0
  • 0

「現代の災害」

「災害」と言うと、まず「天災」を思い浮かべる人が多いんでしょうが、「現代の災害」は多様化していて、いろいろな「災害」があると思うわけです。たとえば、「テロ」や「戦争」なんかも、被害者からすれば、一種の「災害」だと思いますし、火事や交通事故なんかも「巻き込まれた人」にとっては「災害」なんだと思います。そんな、多様化した「現代の災害」の中でも、最も「現代的な災害」とは何なのか?と言えば、「経済的な災害...

  • 0
  • 0

「収入ゼロの仕事」

前に、このブログの中で【「職業」じゃない「シゴト」】と言う記事を書いたことがあるんですけど、要するに、「収入」がなくても「仕事」と言う概念は成り立つんじゃないかと思っているわけですね。     ※2015年5月3日の記事で書いています。たとえば、「主婦業」が「仕事」として社会的に認められるように成って久しいわけですが、「収入」と「仕事」は必ずしも関係がないモノなんじゃないかと思うのです。それどころ...

  • 0
  • 0

「財産」

「財産」と言うものは、「持てる者」と「持てない者」の間に「格差」を生み出してしまうモノだと思うわけです。そして、その「財産」こそが「資本主義」の根幹を成している「資本」と言っていいんだと思うわけです。ということは、「資本主義社会」は「格差必定の社会」だということですね。「資本主義」は「自由主義」や「民主主義」と結び付けて考えられることが多いですから、「平等」とも「セット」なような気がしてしまうわけ...

  • 0
  • 0

「覚えられること」と「覚えられないこと」

人間の脳と言うのは不思議なもので、何の苦も無くスンナリト「覚えられること」と、何度聞いても頭に入らないような「覚えられないこと」があるわけです。で、「覚えにくいこと」が「覚えられないこと」なのかと言うと、そういうわけでもなくて、いくら「覚えやすい簡単なこと」でも「覚えられないこと」は、まったく「覚えられないこと」のままだし、「覚えにくい難しいこと」の中にも、スルッと「覚えられること」もあるわけです...

  • 0
  • 0

「定年制」について

現在の「定年」は、だいたい65歳ぐらいなんでしょうか?自分が、そういう規定のある仕事をしたことがほとんどないので、よくわかりませんけど、どう考えても、この「定年制」と言う考え方は、もう古いんじゃないかと思うわけです。そもそも、「定年制」と言うものは、どちらかと言うと『長年お疲れさまでした』と言うような、『もう、十分に働いてもらったので、あとはゆっくりしてください』と言う制度だったんだと思うんですが...

  • 0
  • 0

「恩」

人に対して「恩」を感じると、なんとか「恩返し」がしたいと思うものですけど、そう思ったときには、その相手がそばに居なかったり、適当な「恩返しの形」が見つからなかったりということで、なかなか「恩」を返すのって難しいもんだなと、思ってしまうわけなのです。そんな感じで、私などは、ほとんど人に「恩返し」ができたためしがないわけですけど、そうはいっても、いつも心のどこかで、『「あの人にもあの人にも恩返しがした...

  • 0
  • 0