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Archive2016年03月 1/1

絵画空間における「ユガミ」

「ユガミ」のある絵が好きなんですねぇ、私は。ナゼなんでしょうかね?わかりませんねぇ。取り敢えず、完璧に描かれた絵もイイとは思いますけど、その「完璧」の中に「ユガミ」はないかと探してしまいますねぇ。そして、それを見つけられたときには、その絵がより一層好きになるという感じですね。「ユガミ」って、描いた人の「一番の特徴」なんじゃないかと思うんですよね。だから、「ユガミ」のある絵を見ると、その人が、そこに...

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「芸術における不満」

「不満」と言うと、いいイメージがないかも知れませんけど、じつは「不満」は、何かを追究するうえで、絶対に必要なモノと言っても過言ではないと思うのです。 ※ここで言う「不満」は、「自分に対する不満」ということですね。  社会や人など「自分以外に対する不満」は、これとは違うと思います。「芸術」などにおいて、何かを追究することを考えた場合、「満足」と「不満」だったら、絶対的に「不満」の方が有効なんじゃない...

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「芸術」に必要な「環境」

「芸術」を専門的にやってみようと思ったら、「環境」を整える必要があると思うわけです。 ※ここで言う「専門的に」というのは、別に、「職業的に」ということではありません。  「専門性」と「収入を得るための職業」は、一致しないと思っています。  収入がなくても「専門性」が高い人は、それなりに居ると思いますし、収入を得て  やっている人でも、「専門性レベル・中」ぐらいの人は、たくさんいらっしゃいます。私の...

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「抽象の幅」

「抽象表現」について、ナントナクその「抽象度」で種類を分けているような気がするんですがどうなんでしょう?要するに、「すごくワケノワカラナイヤツ」と「すこしワケノワカラナイヤツ」みたいな感じで、あまり意味のない分け方をされていることが多いような気がするわけですね。でも、実際には、「芸術表現」は、本来すべて「抽象と具象の間」にあるわけで、全てが、どこかしら「ワケノワカラナイヤツ」なわけですから、それを...

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「言語の領域」が「本能の領域」を超えようとしている?

人間には「本能」と「理性」と言う拮抗する二つの領域があるということに成っていますが、実際には、その二つは分けることが出来ないもので、どこからが「本能」で、どこからが「理性」なのかは、誰にも線を引くことは出来ないんだと思うわけです。そんな中で、もし仮に、この二つの領域に「境界線」があるとしての話ですが、人間にとっての「理性」に当たる「言語の領域」が、人間にとっての「本能の領域」を圧倒して、その「境界...

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『もう「一つのスタイル」では生きていけない?』

人には、それぞれ生きていく「スタイル」みたいなのが、あるんじゃないかと思うわけなんですね。そして、その「スタイル」が、昔は一つで良かったように思うのですが、今は、一つでは足りなくなってきているんじゃないかと思うわけです。たとえば、終身雇用制が崩壊しつつある中で(もう完全に崩壊している?)、意に反した転職を余儀なくされている人も多いと思いますし、会社や職業は同じでも、微妙に業務形態が変わってしまたり...

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「お金」がないと生活できない?:「お金」を上回るナニカを持つこと

『お金がないと生きていけないでしょ』とよく言いますけど本当にお金がないと生きていけないモノなんでしょうか?これを言うと、誰かに叱られそうなんですけど、たとえば「ホームレス」の人たちは、「お金」がなくても生きていますよね。それから、「動物」達だって、「お金」なんて持ってませんね。(あっても使わなそうですけど)要するに、「お金」で生きてるのって、「一般的な社会生活をしている人間」だけなんですね。現在の...

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人は人を変えられない?:人にしか人を変えることは出来ない

カウンセリングなどの精神医学の分野では、『人を変えることは出来ませんよ』と言われたりするらしいですが、実は、人が変わることはありますし、そういうときに、何によって変わったのかと、よくよく考えていくと、ほとんどの場合「人」によって変わっているんじゃないかと思ってしまうわけなのです。ここには、一種の「言葉の仕掛け」があって、『人は変えられない』と言っているのは、じつは、『人を自分の思い通りに変えること...

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