FC2ブログ

Archive2016年04月 1/2

「芸術表現」の「多重化」

「芸術表現」は、「多重化」の方向を取るように成って行くんじゃないかと思っているわけです。現在、「表現形態」を交配(ミックス)することが盛んに行われていますけど、それも一種の「多重化」ではあると思うのですが、ここで言う「多重化」は、出来るだけ「表現形態」自体は広げずに(混ぜずに)、既存の「メディア」の中で「多重化」するという方向性のモノです。 ※ここで言っている「メディア」とは、「表現形態」を指して...

  • 0
  • 0

「芸術表現」の「多重化」(つづき)

前の記事からの続きに成ります。「芸術の多重化」については、いろいろな形が考えられると思います。前の記事で書いたように、私は、表現形態自体をミックスすることには積極的ではないんですけど、それも、人それぞれだとは思いますから、そういう意味も含めて、ありとあらゆる「多重化」が考えられると思うわけです。そちらの、「多重化」は、いろいろな方向で試行錯誤されているようですが、私にとっての「多重化」は、それとは...

  • 0
  • 0

「不思議」と「可思議」

「不思議」があるなら、「可思議」だってあってもいいんじゃないかと思うわけです。「不思議」があって、「不可思議」まであるのに、なんで、「可思議」だけないんでしょうね?それこそ「不思議」ですよね。ここで言う「可思議」は、要するに「わかっていること」ってことに成りますね。まぁ、実際には「わかっている」ということにしているだけなんでしょうが、それでも、あまり問題にならないようなことと言うところでしょうか。...

  • 0
  • 0

「自明のこと」について

「自明のこと」というのがあると思っているわけです。つまり、「人間が先天的にわかっていること」ですね。「あると思っている」と言いましたが、本当は「あるということにしている」と言った方がいいと思います。少なくとも、全ての話は、この「自明のこと」がないと始まらないと思うんですね。何かを考えていって、最後に行き着くところに、この「自明のこと」がないと、どこまで言っても、話に終わりがないということですね。し...

  • 0
  • 0

だいたいのことが『努力すればできる』・・・けど

世の中、だいたいのことは「努力すればできる」と思っているわけです。だから、「芸術」だって、だいたいのことは「努力すればできる」と思うわけなのです。でも、です。やっぱり「できないこと」はあるわけで、『どう頑張ったって、こんなのできっこないよ!』っていうのもありますよね。でも、でも、です。『そのできないことを、やらないとダメなんじゃないの?』って言うことに成るわけですね。つまり、「努力」とか「頑張る」...

  • 0
  • 0