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Archive2016年05月 1/1

「伝えようとするメッセージ」と「伝わってしまうメッセージ」

子供っていうものは、なかなか親の思うような子にはなってくれないものなんだと思うわけです。自分のことを考えても、親の思うような人間に成ろうと思ったことなどなかったような気がしますね。とは言え、子供が育つ過程で一番影響を受けているのはと言うと、やっぱり、間違いなく「親」なんだと思うわけです。それなのに、なんで「親」の思ったような人にならないんでしょうね?親が子供を教育する時に、「こういう子供になってほ...

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「必然」よりも「偶然」:「偶然性の時代」

ちょっと前までは、「偶然」と「必然」だったら、圧倒的に「必然」の方が「イイモノ」だと思われていたんじゃないかと思わけですが、現在は、それがやや違ってきているように思うわけです。たとえば、「科学」と言うのを、言い換えれば、自然界に法則性を見つけ出して、「偶然」に見えていたものを「必然」であるように見せるためのモノだともいえるわけです。ということは、「科学」が「イイモノ」であるならば、「必然」は「偶然...

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「手段」は「手段」

「芸術」も「哲学」も、とにかくすべての「文化」や「学問」と言うのは、全部「手段」に過ぎなくて、それ自体が「目的」であるものは無いように思うわけです。つまり、それを達成すること自体には、それほど大きな意味はないということですね。じゃあ、何に意味があるのか?と言えば、けっきょく「人間の幸福」なんだと思うわけですね。実際は、「人間の幸福」だって、「究極の目的」と言えるのか?と言われれば、なんともいえない...

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「一所懸命」を極める

出来る限り、「一所懸命」を極めていきたいなと思っているわけなのです。出来れば、いろいろなことで「一所懸命」にやって行きたいもんですけど、全てのことを「一所懸命」にするのは大変ですから、せめて、「芸術」に関することだけでも、「一所懸命」にやって行きたいもんだなと思うわけですね。前にもこのブログに書いたことがあるんですが、その場だけでも「懸命にやる」のが「一所懸命」で、ずっと「懸命にやる」のが「一生懸...

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「芸術売買」と「芸術福祉」

私は、基本的に「芸術作品」というものは、「売ったり・買ったり」しない方がいいんじゃないかと思っているわけです。(現実には無理でしょうが、あくまで、「本来は」ということです)本来、「芸術の価値」と「金銭の価値」は、交換しない方がイイような気がするわけですね。「芸術作品」というものは、「人の命」などと同じように、「金銭」に置き換えてはいけないモノなんじゃないかと思うのです。それを「金銭」に置き換えるこ...

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「人が魅了されるモノ」

「芸術作品」を鑑賞する時に、人が惹きつけられているポイントってナニなんでしょうね?それは、「自分にはないモノ」なんじゃないでしょうか?つまり、「他者」ですね。鑑賞者にとって、「自分」は「現実」であって、「他者」=「作者」は「異・現実」だと思うんですね。そして、人は「自分」=「現実」に親近感を覚えますし、受け入れやすいわけですが、実は、「他者」=「異・現実」に惹きつけられているんだと思うわけです。で...

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「完璧」の先の「不完璧」

「完璧」を求めようとは思わないんですねぇ。私は。じゃあ、ナニを求めようというのか?と言うと、「不完璧」なんですねぇ。だいたい「完璧なモノ」なんて、この世に何一つないわけですけど、もし、『ほとんど完璧だな!』と言うようなものがあったとしても、それを求めようとは思いませんね。なぜかと言えば、『それじゃ、足りない!』と思うからです。つまり、人間のすることの範囲で、『完璧だな!』と思うようなことって、たか...

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「自由」は「イイモノ」なのか?

「自由」・「平等」・「平和」、近代社会の三原則ですよね。でも、最近「自由」って、本当に「イイモノ」なんだろうか?と言う疑問を持っているわけです。要するに、「自由」がとっても「不自由」に感じることがよくあるんですねぇ。特に、最近、そういうことが増えたような気がしますね。いま、自分が生きていて感じる限りで言うと「自由っていいなぁ!」と感じることが意外と少ないわけです。それどころか、ほとんど無いっていう...

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「抽象表現」の現時点での目的はナニなのか?

「抽象表現」の目的っていったいナニなんでしょうね。 ※『そんなことに目的などないんだ!』  『イイかワルイか、好きか嫌いか、それだけで十分だろ!!』  などと言って、このあたりのことを誤魔化してきたように思うわけですね。         実際には「目的」はあるんだと思いますね。現在、「具象表現」だけで、「芸術」を論じようとすることには、若干の、いや、「かなりの」と言うべきでしょうね、どっちにしても...

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