FC2ブログ

Archive2016年05月 1/2

「伝えようとするメッセージ」と「伝わってしまうメッセージ」

子供っていうものは、なかなか親の思うような子にはなってくれないものなんだと思うわけです。自分のことを考えても、親の思うような人間に成ろうと思ったことなどなかったような気がしますね。とは言え、子供が育つ過程で一番影響を受けているのはと言うと、やっぱり、間違いなく「親」なんだと思うわけです。それなのに、なんで「親」の思ったような人にならないんでしょうね?親が子供を教育する時に、「こういう子供になってほ...

  • 0
  • 0

「必然」よりも「偶然」:「偶然性の時代」

ちょっと前までは、「偶然」と「必然」だったら、圧倒的に「必然」の方が「イイモノ」だと思われていたんじゃないかと思わけですが、現在は、それがやや違ってきているように思うわけです。たとえば、「科学」と言うのを、言い換えれば、自然界に法則性を見つけ出して、「偶然」に見えていたものを「必然」であるように見せるためのモノだともいえるわけです。ということは、「科学」が「イイモノ」であるならば、「必然」は「偶然...

  • 0
  • 0

「手段」は「手段」

「芸術」も「哲学」も、とにかくすべての「文化」や「学問」と言うのは、全部「手段」に過ぎなくて、それ自体が「目的」であるものは無いように思うわけです。つまり、それを達成すること自体には、それほど大きな意味はないということですね。じゃあ、何に意味があるのか?と言えば、けっきょく「人間の幸福」なんだと思うわけですね。実際は、「人間の幸福」だって、「究極の目的」と言えるのか?と言われれば、なんともいえない...

  • 0
  • 0

「一所懸命」を極める

出来る限り、「一所懸命」を極めていきたいなと思っているわけなのです。出来れば、いろいろなことで「一所懸命」にやって行きたいもんですけど、全てのことを「一所懸命」にするのは大変ですから、せめて、「芸術」に関することだけでも、「一所懸命」にやって行きたいもんだなと思うわけですね。前にもこのブログに書いたことがあるんですが、その場だけでも「懸命にやる」のが「一所懸命」で、ずっと「懸命にやる」のが「一生懸...

  • 0
  • 0

「芸術売買」と「芸術福祉」

私は、基本的に「芸術作品」というものは、「売ったり・買ったり」しない方がいいんじゃないかと思っているわけです。(現実には無理でしょうが、あくまで、「本来は」ということです)本来、「芸術の価値」と「金銭の価値」は、交換しない方がイイような気がするわけですね。「芸術作品」というものは、「人の命」などと同じように、「金銭」に置き換えてはいけないモノなんじゃないかと思うのです。それを「金銭」に置き換えるこ...

  • 0
  • 0