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Archive2016年07月 1/1

「絵画」の「モノ化」

「絵画の歴史」を一番初めの段階まで遡っていくと、おそらく、地面や洞窟の壁なんかに描かれた絵に行き着くんだと思います。そういう、おおもとのところで壁などに描れていたことから、古い時代の「絵」は建築装飾など、何かしらのデザインとしての「絵」であることが多いんだと思うわけです。そういうナニカの「意匠としての絵」から、徐々に発展していって、いわゆる「タブロー(独立した表現としての絵)」としての「絵画」に成...

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「歳をとる」の種類

このブログでは、『歳をとることが、もっと尊敬されてもイイんじゃないか』と言っているんですが、それは、『歳をとった人はみんなエライ』ということでも無いわけです。実際、歳をとっていても、『なんなんだ、こいつは!』っていう方はたくさんいらっしゃいますよね。そういう個々の人の話ではなくて、「歳をとること全般」の話として、『歳をとることは、もっと尊敬されてもイイんじゃないか』と言っているわけです。少なくとも...

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「天才」も努力すれば、きっと「凡人」に成れるよ!

「凡人」も努力次第で「天才」に成れるのか?と聞かれれば、『成れません、無理です!』ということに成るんでしょうけど、じゃあ、「天才」は努力次第で「凡人」に成れるのか?ということだったらどうなんでしょうね?『ハイ!もちろん成れますよ!』ということなんでしょうね、たぶん。でも、待てよ。やっぱり努力しないと成れないのか?「天才」が「凡人」に成ればいいんだから、努力なんかしなくてもいいんじゃないの?そうはい...

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「パレット」を持って制作している人ってどのくらいいるんですか?

「パレット」を手で持って絵を描いている人って、どのくらい居るもんなんでしょうね?「ベレー帽をかぶっている絵描きさん」と同じぐらいと言ったところでしょうか?いずれにしても、「パレット」は「置きっぱなし」っていう人はかなり居るんじゃないかと思います。何が言いたいかと言うと、「パレット」の「指穴」なんですね。「指穴」って、ほとんどの「パレット」に空いてますよね。(「紙パレ」にも空いてるくらいですからねぇ...

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「真実の手がかり」としての「美しさ」

私は、「真実」を追究して、それを現すことこそが、「芸術」の目的なんだと思っているわけですが、その「真実」は、到底、人間の手に届かないところにあるものなので、なかなか現すことが出来ないという現実があるわけです。それで、「真実」を現すためには、何らかの「手がかり」を使って、それを、見極めたり表現したりする必要があるんじゃないかと思っているわけです。そして、その「手がかり」として、最も有力と思えるのは、...

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「サイン」と言う行為

私は、どうも、「作品」の片隅に「サイン」を入れるという、あの行為が好きになれないのです。実際、今までに、「作品」に「サイン」を入れたことは一度もありません(たぶん)。他人が「サイン」を入れることについて、とやかく言うつもりはありませんけど、自分のことに限って言うと、どうしても「サイン」を入れる気にはなれませんね。どういえば、上手く説明できるのかわかりませんが、敢えて言えば、「サイン」を入れると、「...

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「芸術」は「弱者の嗜み」だと思うのです

「芸術」って、「強い者」と「弱い者」で言ったら、「弱い者のモノ」なんじゃないかと思うわけです。いや、別に「芸術」をやる人がみんな「弱い者」だというわけではないですよ。それに、必ずしも、「弱い者」の方が「芸術」に向いていると言う話でもありません。ただ、やっぱり、「芸術」は、どちらかと言えば、「優しい人」や「弱い者」の側にあって欲しいなと思ってしまうわけなのです。たぶん、そういう人の方が「人間的」な感...

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「没個性」と「消個性」

「没個性」と言う言葉がありますけど、「消個性」と言う考え方もあるんじゃないかと思うわけです。つまり、「個性を消す」ということですね。「没個性」の方は、「初めから個性が無い」と言う風に聞こえてしまうんですけど、実際に、「初めから個性が無い人」なんて、居ないと思うので(と言うか、もし居たら「かなり珍しい人」なので、むしろ「個性的」なんじゃないかと思いますね)、どちらかと言うと、「消個性」の方が正しいよ...

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「真面目さ」

なんたって、「真面目さ」が大事だと思うんですよね。本質的な意味で「真面目さ」が無いようなものって、不要だと思ってしまいますねぇ。と言っても、「不真面目」が嫌いと言うのとはチョット違います。「不真面目なもの」が嫌いなんじゃなくて、「真面目さがないもの」が、無意味にしか思えないんですね。もともと、「真面目」とか「不真面目」って、人間にしかないんじゃないかと思うわけです。動物は、人間ほどは「論理思考」に...

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「子供」を「親」から引き離すという選択肢

現在の日本社会における、「幼児虐待」や子育て中の両親の「イライラ度」などを見ていると、「子育て」を両親に任せていて大丈夫なのか?と思ってしまうわけなのです。「少子化」や様々な「文明の利器」によって、「子育て」や「家事労働」の「肉体労働的な部分」は、圧倒的に軽減されているハズなのに、それとは裏腹に、現在の「子育て中の親」は、常にに苛立っていて、その「八つ当たり」の対象は多くの場合「子供」なわけです。...

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