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Archive2016年08月 1/1

抽象だけど「形」重視

「抽象画」と言うと、「立体表現」を使わないことが多いと思うわけですけど、実は、「抽象画であること」と、「立体表現を使わないこと」とは、必ずしも、関係ないことだという考え方もあっていいんじゃないかと思うわけです。 ※ここで言う「立体表現」とは、大雑把な言い方をすれば、光と影を使って  形を現すというようなことです私は、「抽象」とは「物事の本質を抽出して現すこと」だと思っているんですが、「本質」と「立...

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「長期間制作」:「スロー・アート」の時代

どうも、私は絵を描くのが遅いみたいなんですね。それで、そのイイワケとして、「長期間制作」と言う方向性を考えてみたわけです。と言っても、必ずしもイイワケだけでもなくて、現在「芸術」が求められているのも「長期間制作」と言う方向性なんじゃないかと思っているわけですね。つまり、何事においても、「短時間」で「手際よく」、そして「スマート」に達成されることの方がより優れていて、「長期間かかること」や、その間の...

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「流行を追うこと」は「今を演じること」

「流行を追う」という言い方がありますけど、現代において「流行を追いかけること」と言うのは、「今を演じること」なんだと思うわけです。要するに、「演技」の一種なんじゃないかと思うわけですね。もし、「流行を追うこと」が「演技」なのだとしたら、それは一種の「虚像」でもあると思うんですが、どうなんでしょうね?つまり、演じている当人の意識とは関係なく、「今」と言う台本に沿って、「演技」しているということに成る...

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「人生の突き当り」

「人生」には、いろんなところに、「突き当り」や「行き止まり」や「袋小路」なんかがあって、だからこそ、『人生はオモシロイ』とも言えますし、だからこそ、『人生はヤッカイなものだ』とも言えるわけだと思いますけど、そういう「人生の突き当り」的なモノが、人間が生きていることを、なんとなく意味のあることのように感じさせてくれているんじゃないのかな?と言う風に思っているわけです。そして、そういう時に、人の心の中...

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「教育主義」の政治を希望します

「民主主義」とか「自由・平等・平和」とかじゃなくて、ましてや、「経済」や「外交」なんかでもなくて、「教育」にもっと力を入れていったほうがいいんじゃないかなと思っているわけです。例えばの話、今よりも10倍じゃなくて100倍くらいですね。(概算です。別に85倍でもいいと思います)と言うよりも、実際は、「政治」が管理するのは「教育」だけでいいような気もしますね。「教育」さえしっかりしていれば、「行政」も...

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「わかりたいと思うような絵」

「抽象画」って、本当のところで言うと、作者本人以外の人には、ほとんど伝わらないんじゃないかと思うんですよね。まぁ、それを言ったら、モトもコもないんでしょうけどね。確かに、それでも、一所懸命にやれば、ナニカシラは伝わるんだと思いますけど、本当のところで、『作者が伝えたいようなことが伝わるのか?』って言うことですよね。伝わらないと思いますね。『じゃあ、なんで「抽象画」なんてやってるんだよ!』って言われ...

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二種類の惹きつけられるもの

人間が「惹きつけられるもの」の中には、「正」と「負」の二種類の「惹きつけられるもの」があると思うのです。「正」の方は、人間にとって「有益なモノ」で、「負」の方は、人間にとって「害に成るモノ」ということですね。たとえば、「正」の方で言えば、「美味しそうな木の実」とか、「美しい花」とか、「素敵な異性」とかですね。人間は、そういう利益があって、害は無いようなものに惹きつけられることで、「トク」しようとす...

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「自分の補色」

「色」には「補色関係」と言うのがあるわけですけど、それは、必ずしも定型的なものではないんじゃないか?と最近思っているわけです。ある「色」に対して、その「色」の正反対の「色」を「補色」と言っているわけですが、それが、言われているほど決まりきったものでもないんじゃないかなと思うんですね。要するに、「その人の補色」と言うのがあってもいいように思うわけです。「補色」と言う言葉を、光学上の、「補色」と考えれ...

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「オプティカル・カラー(オプティカル・グレー)」

前の記事に関連したことに成ります。自分にとっての「補色関係」をみつけだしていったら、いろいろな意味で、幅が広がっていいんじゃないか?ということなんですけど、その「自分の補色」ってどんなもんなんだ?と言う話です。それは、つまり「響き合う色の関係」だと思うわけです。隣り合わせに置いたときや、重ねていったときに、単色では表せないような「不思議」な「色の共鳴作用」のようなものが現れてくることがあるわけです...

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