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Archive2016年09月 1/2

「多数決」の歴史

「多数決」って当たり前のように成っていますけど、いったいいつからあるんでしょうね?もしかしたら、原始時代からあったりするんでしょうか?それは、ともかくとして、この「多数決」っていうものが、どうも最近アヤシイ感じがしているわけなんですね。要するに、「多数決」って、本当にみんなの意見が汲まれているの?って言うことなんですね。「多数決」がいつからあったのかは知りませんが、それが、社会や政治の中心的な位置...

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現在形の「リアリズム」について

これは、私の個人的な感想なんですけど、現在形の「美術」(とくに「絵画」かな?)に置いて、「リアリズム」に戻りつつあるような傾向があるように思うわけなのです。(最先端の美術ということに成ると、もっとトーイ・トコロに行ってしまったという印象ですが)つまり、「抽象表現」に限界が見えてきたことで、「具象表現」に戻ってきているんじゃないかということですね。戻ってきたというよりも、行き過ぎて跳ね返ってきたとい...

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「現在形の創作」

かなり昔の時代までは、「現実を写し取ること」や、そこに「アレンジを加えること」を「創作」と言っていたんだと思うわけです。でも、現在それを「創作」と言えるのか?と言う問題があると思うんですよね。つまり、今でもまだ「現実」などの「既存のモノ」を模倣することを基盤にした作業を「創作」ということが出来るのか?ということですね。それを肯定した場合、極端に言うと、「カメラ」や「コピー機」に著作権が発生するとい...

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「善」と「偽善」は本当に違うモノなのか?

いわゆる「イイ人っぽい行い」を見て、『そういうのは偽善だろ!』と言うのをよく聞くわけですけど、おそらく、それを言っている人は、「善」とは、もっと「素晴らしいモノ」だと言っているんでしょうね。でも、本当に「善」と「偽善」はそんなに違うモノなんでしょうか?実を言えば、「善」と「偽善」って、そんなに違わないんじゃないか?と思ったりもするんですね。たとえば、「寄付」と言うのがありますけど、「お金持ち」の人...

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絵画空間における「接地」と「浮遊」

私の場合、「抽象表現」の中に「具体性」を取り入れようという考えで絵を描いているので、「抽象画」なんですけど、「モノであること」を目指しているわけです。(「現実のモノ」というわけではありません)そこで、「そのモノ」が「絵画空間」の中で、「接地」しているか?もしくは「浮遊」しているのか?と言う問題が出て来るわけですねぇ。一般的に「抽象画」では、「モノ」を描きませんし、むしろ、「モノ」や「空間」から離れ...

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