FC2ブログ

Archive2017年01月 1/1

「感動」とは「慣れないもの」ではないか?

「芸術」をやっている人は、多かれ少なかれ「感動」を生み出したいと思ているんだと思います。でも、この「感動」って、けっこう定義し辛いモノなんじゃないでしょうか?どうしても、「人によって感動するポイントが違う」と言うことがあるので、定義するのが難しいんだと思います。ですから、あくまで一つの話としてということに成るわけですけど、「感動」っていうのは、「慣れないもの」じゃないかと思うわけです。つまり、「何...

  • 0
  • 0

「抽象の中に具象を見つけること」と「具象の中に抽象を見つけること」

よく、抽象画を見た人が、『この部分が〇〇みたいに見えますね』と言うことがありますが、そういう時、その人は「抽象の中に具象を見つけている」ということなんだと思うわけです。また、それとは逆に、具象画を見た人が、描かれている具体的なモノとは無関係に、『この部分の色がイイですねぇ』と言うことなんかもよくあるわけですが、そういう時、その人は、「具象の中に抽象を見つけている」と言うことに成るわけです。これらの...

  • 0
  • 0

「流行」と「時代」

「流行」と「時代」の違いについてです。この二つは、「似て非なるもの」だと思うわけです。確かに、一つの時代の中で、何かが流行すると、「その流行」こそが「その時代そのもの」であるように見えますよね。実際にも、それは「その時代」を象徴するものの一つではあるんでしょうが、それでも、やはり「流行」と言うのは「時代」には成り得ないものなんじゃないかなと思うわけです。要するに、「流行」はサイクルが短いんですね。...

  • 0
  • 0

「能力」よりも「使力」

「使力」と言う言葉なんて無いんですけど(たぶん)、つくってみました。なんでつくったかと言うと、今の時代、どれだけの「力」を”持っているか”ということよりも、どれだけの「力」を”使えるか”ということの方が大事なんじゃないかと思うからなんですねぇ。これは、すでにある言葉で言えば、「努力」に近いものですが、「努力」が「努力する」と言う「行動」を現すのに使われることが多いのに対して、「使力」は「持っている力を...

  • 0
  • 0

「ビンボーな絵描き」は減ったのか?

昔から、「絵描き」はビンボーと決まっているものです。ところが、現時点で、「ビンボーな絵描きさん」なんてあまり見ないわけです。いや、実際は、そこそこ居るだろうとは思いますけど、「昔と比べると」と言う話ですね。と言っても、「絵描きさんがビンボーな確率についての正確なデータ」なんてあるわけないんで、かなりいい加減な話ではありますが、少なくとも、昔のように「絵描きさん」=「ビンボー」ではなくなっているよう...

  • 0
  • 0

もしも「写真」が無かったら、「絵」はどうなっていたのだろう?

『もしも、「写真」が無かったら、「絵」はどうなっていたのだろう?』これを、時々考えてしまうわけなのです。「絵」は明らかに、「写真技術の登場」によって影響を受けたと思いますし、現在でも、まだ、「写真の影響」はかなり強いと思います。もしも、「写真」と言うモノが、まったく初めから無かったら、当然、「絵」は現時点とは、かなり違うモノに成っていたんじゃないかと思うわけですね。そして、更に言うと、その「写真が...

  • 0
  • 0

「ビンボー」と「貧困」の違い

「ビンボー」と「貧困」は、ほとんど同じイメージだと思うんですが、でも、ナニカが違うという感じもあるわけです。私なんかも、かなり「ビンボー」なような気がするんですけど(『いや、もしかすると気のせいか?』 『・・・あぁ、気のせいじゃなかった』)、「貧困」かと言うとそうでもなくて、実を言えば、かなり豊かな暮らしをしていたりするわけなのです。確かに「おカネ」はないんですが、そんなに「おカネ」を使わないんで...

  • 0
  • 0

はたして「描写力」が必要なほどのモノを「創造」することが出来るのか?

『「抽象画」にも「描写力」は必要なモノなのだ!』と言われることは多いですし、『いや、むしろ「抽象画」にこそ「描写力」が必要なのだ!』と言われているのもよく聞くような気がするわけです。でも、その「描写力」って本当に必要なんでしょうか?確かに、「描写力」が全く無かったら、何も表すことが出来ないですから、それは、必要なんだと思うわけですが、ただし、問題は、『それがどの程度か?』と言うことなんじゃないかと...

  • 0
  • 0

「真実]と言う「嘘」を言う人

「真実」と「嘘」とは正反対のハズなんですけど、少し視点を変えてみると、正反対であるハズの「真実」と「嘘」が重なって見えてくることがあると思うのです。 ※以下、「真実」とか「嘘」と言っているのは、その時々で「真実らしく見えるもの」や、  「嘘に見えてしまうもの」というようなことです。  「究極的な真実」や「究極的な嘘」は、人間の容量を超えていると思いますので。「現実の世界」で言う「本当のこと」には、...

  • 0
  • 0

「一瞥の力」

つね日頃から、「一瞥の力」と言うものを身に着けたいなと思っているわけです。ここで言う「一瞥の力」とは、「創作する側」としては、一瞬見ただけでも、力強さが伝わるような絵を描くということですし、「見る側」としては、一瞬見ただけでも、、そのものが持っている力を感じ取ることが出来る眼力を持つということです。実のところ、人間の「判断」や「印象」と言うのは、ほとんどの場合、瞬間的な「一瞥」によって決まっている...

  • 0
  • 0