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Archive2017年03月 1/1

「多数決」と言う「催眠術」

このブログでも何度か書いたんですけど、現在「多数決」というシステムはまったく機能していないと思うわけです。とにかく、国会議員の選挙から家族会議に至るまで、「多数決」というシステムがうまく機能していることがほとんどないと言ってもいいくらいに、全く役に立っていないというのが実体じゃないでしょうか?そして、更に言うと「多数決」が最もおかしな方向に迷走した場合、「多数決」は人間に対して「催眠術」のような作...

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「芸術の20世紀」と言う「洗脳」

このブログは「芸術の20世紀喪失宣言」というタイトルなんですが(この前まで、もっと長かったんですけど、最近になって短くしました)、なんで「20世紀喪失」なんて言うことをやっているかと言えば、『受け入れられなくなったから』ということなわけです。つまり、私は20世紀」という「時代」を受け入れられなく成ってしまったわけです。(「芸術」に限った話でもなくてですね)そして、その「20世紀」の発端にあるのが「...

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「芸術」は「捨て石」によって創られる?

「芸術」と言うのは「捨て石」の数で創られていくところがあると思うのです。たとえば、一人の作家の中で言えば、駄作とまでは言わなくても「いま一歩」な作品や「ナニカが足りない」作品をたくさん描いているうちに、いつしか「その人の中の傑作」と言えるような作品が出来るということはあると思うわけです。まぁ、私の場合だと『これ、もしかして自分にとっての傑作?』ぐらいですが、それでも、時々は『もしかしてイイんじゃな...

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「長い題」:詩のような題

絵に「長い題」をつけようと思うように成ったのは、このブログをやっていたからだと思います。今後も、自分の絵に、「詩のような題」=「ポエティック・タイトル」をつけていきたいと思っています。以下の文章は追記を重ねているために、ややわかりにくいかもしれません。※こちらの記事と合わせてお読みに成ると、少しはわかりやすく成るかと思います。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~※この記事を書いた...

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「長い題」=詩のような題(その1)

先日このブログの記事で、「無題と言う題」はなるべくなら使いたくないので、「秘題」という考え方をしていきたいというようなことを書いたので、それとは、やや反対方向の話に成ってしまうんですが、ここでは「長い題」について考えてみました。 ※「秘題」と言うのは、「テーマ」や「タイトル」がないわけではなく、でも、それを  言葉にするのは難しいので、『題はあるけど隠されている』というような意味です。  そちらも...

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「美しいこと」と「醜いこと」

「芸術」をやっていたりすると、「美しいこと」っていうのは、いったい、どこで決まっているんだろうか?と思ってしまうわけなのです。つまり、「美しいこと」と「醜いこと」を分けている「モト」に成っている要素が知りたいなと思うわけですね。私の場合は、基本的に「そのモノの本質に近いこと」は「美しいこと」だと思っているんですけど、それを人間に当てはめて考えると「本能」が一番人間の本質に近いようにも思えるわけです...

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「物語り」が機能しなくなってきている

もともと、「物語り」というものは、「人間の行動上の欠点」を補正するために、人間自身が、果てしなく長い歴史を繰り返す中から作り出した「人間矯正ツール」だと思うわけです。世界中にある「民話」も「アラビアン・ナイト」も「ギリシャ神話」も、それどころか、諸々の「宗教の教典」なども含めて、「すべての物語りという形式」は、この「人間自身による自己補正機能」という性質を持っていると思うのです。しかし、現在、その...

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「単焦点画」と「多焦点画」

「絵」には「単焦点画」と「多焦点画」があると思っています。私が「単焦点画」と「多焦点画」と言っているのには、二通りの意味があって、一つは、絵を描く側の「単焦点画」と「多焦点画」で、もう一つは、見る側の「単焦点画」と「多焦点画」です。描く側の「単焦点画」と「多焦点画」とは、絵の中に複数の「消失点」を設定して描くということです。(こういうことは構図的にかなり昔から研究されていることだと思います)たとえ...

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「平等」の「社会的な機能」について

「平等」は、社会的な「正義」とか「道徳」として捉えられることが多いと思いますけど、実は、「社会的な機能」として捉えた方がわかりやすいし、本当の意味で「平等」が実現されるためにも、そういう解釈の仕方をしていった方がイイんじゃないかと思っているわけです。要するに、『正しいからやる』ではなくて『そっちの方が都合がいいからやる』と言うことです。今でもまだ、「平等」よりも「不平等」の方が都合がイイという人も...

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