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Archive2017年06月 1/2

「抽象の領域」は「幅」ではなく「深さ」

前の記事で「抽象」と言うのは「濃縮すること」ではないか?というようなことを書いたんですけど、ここでは、その「濃縮」と言う作業が行われる「領域」について考えてみます。まず、「抽象」という概念が現れてきた時期の話から始めます。これは、私がリアル・タイムで体験してきたことでもありませんし、まして、自分が生まれるよりもかなり前の出来事ですから、あくまで、一般的に語られている美術史の流れから推測するとと言う...

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「いま」って、本当は「すごくラクな時代」なんでは?

このブログでも何度か言っていることなんですけど、今の時代っていうのは、本当は「すごくラクな時代」なんじゃないかなと思うわけなのです。どう考えたって、100年ぐらい前と比べたら「生産力」や「効率」がトンデモナク違うわけで、もっともっと”ラクなハズ”だと思うわけですねぇ。産業革命が起きてからだいぶたった後の「100年前」と比べてもですよ。産業革命以前との比較だったら、さらに大きな差があるんでしょうが、そ...

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『「悪い人」が出現するのは、ほとんど「教育」と「環境」のせいだ』とは思いませんが、『もしも、そうだったたら』と言う話

良くも悪くも「教育」や「環境」が人間を作っている部分は大きいと思うわけです。やっぱり、ドブのような環境の中でスクスクとまっすぐに育つ子は稀だと思いますね。まぁ、だからと言って、「悪い人間」が居るのは、すべて「教育」と「環境」のせいだとは言いませんけどね。でも、『もしも、仮に「教育」と「環境」さえ整っていれば、「悪い人間」がほとんど出現しないとしたら』という、非常に興味深い話です。 ※ここで言う「悪...

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『どんなモノでも人の心を動かすことは出来る』という問題

「芸術をやる喜び」って、いったい何なのだろうか?と考えると、それは、「人の心を動かすこと」なんじゃないかと思うわけです。「感動」とまではいかなくても、人の心をほんの僅かでも動かせたら、『なにか「意味」が生み出せたんじゃないか?』と思えたりするということなんでしょうね。そういう感じで、真正面から、真面目に考えていると、「人の心を動かすこと」が、なかなか大変なことだなと思えて来るんですけど、もう少し、...

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「カプセル画」という構想(空想)

これは、『たぶん、実現できないだろうなぁ』と思っていることなんですけど、私は「カプセル画」という構想を持っているんですねぇ。これは、ごく簡単に言うと、人が入れるような大きさの「カプセル」を作って、その内面に「絵」を描くという感じのモノなんですが、 ※小さな「プラネタリウム」みたいなものを想像していただければいいと思います。  ただし、基本的に一人の人が入って見ることを想定しています。  それから、...

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