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Archive2017年10月 1/1

『どうして「天才」は、今も出現し続けているように見えるのか?』

私は、このブログの中で再三『もう天才なんて居ないでしょ?』と言っているんですけど(『そうだ、そうだ!』と言う人は誰一人いませんけど)、じゃあ、どうして「天才」が、今も出現し続けているように見えるんでしょう?それは、人が「天才」だと思いたい人を「天才」と呼ぶからです。しかも、「人」だけじゃなくて「マスコミ」や「社会」も同じように、それぞれ「天才」と呼びたいものを「天才」と呼んでいます。だから、「天才...

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「動き続けること」

どんなモノも、いつも動き続けていると思うわけです。いや、むしろ、『完全に止まることができるモノなんて無い』と言うべきなんじゃないだろうか?そう考えると、もしかしたら「動き続けること」こそ、全てのモノに与えられている「永遠の目的」なんじゃないかと思うわけです。もちろん、一見すると止まっているように見えるモノはあるわけですが(岩とか)、そう言うモノも、ミクロの視点で見た場合、分子や電子のような目に見え...

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「最強の色」:「色の強さ」について

「いい色」とか「好きな色」というのとは別に、『この色、強いなぁ』と感じる色があります。まぁ、自分だけなのかも知れませんけど、そういう色に惹きつけられて、その色ばかり使ったりすることが時々あります。私の場合、なぜかはわかりませんけど、そういうのは「赤」が多くて、「ライト・レッド」とか「バーミリオン」なんかが、自分の中の「最強の色」ということに成っています。(別に赤が特に好きっていうことでも無いんです...

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「背景学」

いま「絵を描くこと」において、「背景」についての考え方がとても重要だと思っているわけです。だから、この「背景」の部分を考える分野として、「背景学」というようなものがあってもいいんじゃないかと思うわけですね。(もしかしたらあるのかも知れませんが、検索しても出てこなかった)たとえば、「抽象画」においては「背景」という概念が否定的に捉えられる場合が多いと思いますが、そのことによって、「抽象画」が解りにく...

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「親の権利」と「子の権利」

「親」は「子」に対して、なにか「権利」を持っているんでしょうか?また、「子」は「親」に対して、なにか「権利」を持っているんでしょうか? ※こういうことは、個人差もあるでしょうし、判断が分かれるところだと思います  から、以下、私のまったくもって勝手な持論と言うことでございます。私は、「子」に対して「親」が持っている「権利」があるとすれば、それは「子がワルイことをしたときに、それを否定する権利」だと...

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「エライ人に出来るエラクナイこと」と「エラクナイ人に出来るエライこと」

「エライ人に出来るエラクナイこと」と「エラクナイ人に出来るエライこと」まぁ、なに言ってるのかわかんないですよね?こういうの、自分でもよくわからなくなる時がありますけど、要するに、「エライ人に出来るエラクナイこと」っていうのは、「政治家」とか「社長」とかそういう「社会的な権力者」が、「ゴタイソウナこと」をするんじゃなくて「トルニタラナイようなこと」をするといったことです。それから、「エラクナイ人に出...

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「おウチ絵」と「おシロ絵」

一般的な「庶民の住宅」に飾るような絵と、宮殿や昔のお城のような、「すごく庶民じゃない場所(今で言えば、「大きな美術館」ということに成るんでしょう)」に飾るような絵を、同じように「絵」と言う単語で現してもイイもんなんでしょうかねぇ。イイ・ワルイと言うよりは、その二つの「意味」が、かなり違うんじゃないのかなと思うわけです。もちろん、空間的な広さや高さのチガイもありますが、「生活感のない場所」と「生活の...

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「芸術の神話」と「芸術の人間性」

現在考えられているところの「芸術」という概念には、一種の「神話」としての性質があると思っているわけです。 ※実際は「神話」というよりも「一種の宗教」と言った方がいいのかもしれません。  「神話」における「神」はけっこう人間的ですが、「宗教」における「神」は絶対的で  す。  ここで言っているのは、現在の「芸術」には、そういう絶対性があるという話です。つまり、「芸術」に「人間業(わざ)を超えたモノ」...

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「求められているモノ」と「選ばれているモノ」

現在の芸術の場においては、「求められているモノ」と「選ばれているモノ」が、かなり違って来ていると思うわけです。ここで言う「求められているモノ」とは、鑑賞者が最も素直な状態で、『見たい!』と思うモノですね。(「周囲の情報に左右されない状態で」と言ってもいいと思います)ここで言う「選ばれているモノ」とは、鑑賞者が予備知識や既成概念のような情報を集めて、そこに少しだけ自分の好みを加えたうえで、『たぶん、...

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「ギリギリ人間」

このブログでは前から書いていることなんですけど、人間と言うものは、実はまだ「人間未満」なんじゃないかと思っているわけです。つまり、人間自身が作り出した「人間のイメージ」に人間がついてこれていないと思うんですね。だから、人間は『けっこう頑張ったなぁ』っていうところまでやって、ようやく「ギリギリ人間」という感じなんだと思うわけです。これは、人間が今のような社会の形態を持つに至る過程で、動物としての人間...

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