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Archive2018年07月 1/1

「コンセプチュアル・アート」に飽きてしまった人はどうすればいいんでしょうか?

前の記事からのつながりで、「コンセプチュアル・アート」についての記事です。私といたしましては、「コンセプチュアル・アート」を「芸術の中心」からやや離れた位置にピン止めしますということなわけですが、さて、私のように「コンセプチュアル・アートに飽きてしまった人」は、どうすればいいんでしょうか? ※よく考えたら、はじめからそんなに好きじゃなかったんですが、とにかく、そう言う  「飽きちゃった人」もそれな...

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「未来の常識」は「現在のナニ」なのか?

現在の世の中では「絶対にやってはいけないこと」とされているようなことでも、過去には「常識」だったということはたくさんあるわけですが、それでは、「現在の常識」は、次の時代に成ったら「ナニ」に成っていくんでしょうか?そして、「未来の常識」と成るようなことは、現在の世の中では、いったい「ナニ」ということに成っているモノなんでしょうか?たとえば、「奴隷貿易」なんて現代人からすれば、『どう考えても人間として...

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「創作者のマナー」・「鑑賞者のマナー」・「批評者のマナー」

「芸術」は「創作」においても「鑑賞」においても、完全に自由であるというのが現在の「芸術」についての「常識」に成っているわけですが、私といたしましては、そこのところに小さい疑問を持っているわけです。『どんなものを創作するかは、創作者の自由なんです』とか、『どんな見方をしたって、全然かまわないんですよ、見る人が自由に見たらいいんです』とか、そういう言い方って、一見自由でイイように見えますが、『そうなん...

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「長い題」=詩のような題(その7)

「長い題」=詩のような題(その7)です。この「長い題」の記事も『どうせ誰も読まないんだろうなぁ』ということがだいたいわかってきたので、『やめちまおうか』と思うんですが、よく考えたらほかの記事も同じようなもんなんで、取り敢えず続けようと思います。そういうわけで、「長い題」=詩のような題(その7)です。『  』の中は「題の題」のようなモノです。その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。「ニックネ...

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「スピリチュアル」と「ポジティブ信仰」

「ポジティブ」という言葉が急にたくさん使われるようになったのは、10年~20年ぐらい前からのような気がしますが、その時点では、大した違和感を感じたことはありませんでした。でも、ここ数年の「ポジティブ」の使われ方にはどう考えても「行き過ぎ」としか言いようのない、異常さを感じてしまうわけなのです。まるで、狂信的な新興宗教のような感じすらしますね。そして、この「行き過ぎたポジティブ」の原因になっているの...

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「仮想現実」と「現実の中の幻想」

「仮想現実(バーチャル・リアリティ)」という言葉は、いつの間にか当たり前になってしまいましたが(最近では当たり前すぎてあまり使われなくなったような気さえする)、この言葉が使われるように成った頃は、けっこう最先端なイメージがあって、CG合成された映像やそういう映像で創り出された世界という印象があったわけです。でも、今になって考え直してみると、必ずしもそういう「デジタルな感じ」に限ったものでもないよう...

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「美術館」と「見世物小屋」

「見世物小屋」って行ったことないですねぇ。「見世物小屋」っていうものは、昔から知っているんですけど、行ったことも見たこともないわけですよね。はたして本当に「見世物小屋」に行ったことがある人っているんでしょうか? と言うか、一体いつごろまで存在していたのかが、不明!あぁ、それはともかく、そういう実体験が全くないのに、なんとなくよく知っているような気に成っている「見世物小屋」のイメージと言うと、早い話...

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「ナショナリズム」の本質

「ナショナリズム」についてです。自国の利益を優先したり、自国の優越性を誇示したり、それらのことのために自国に献身することを「ナショナリズム」と言うわけですが、これがどうも私には理解できないないんですね。スポーツなんかでも、なんで、自国の選手やチームしか応援しないんですかねぇ。わかりません。まぁ、身近な人物に肩入れしてしまう気持ちまではわかるんですけど、徹頭徹尾自分の国しか応援しないというのはどうも...

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「抽象」とは「表現できないモノを表現しようとすること」

「抽象」と言うモノを、「具象を崩していくもの」と考えている人や、「形を使わない表現形式」と考えている人が多いような気がするんですけど、そういう「形式としての抽象」と「もう少し根本的な意味での抽象」と言うのがあると思うわけです。まず、「形式としての抽象」についてなんですが、「具象を崩すこと」は「具象」の中での「アンチ・リアリズム」ではあっても、やはりあくまで「具象」なんだと思います。また、「形を使わ...

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「抽象」とは「表現できないモノを表現しようとすること」(つづき)

前の記事の続きです。 現在、「抽象」という言葉を既にワカッテイルモノとして使っていますが、実は「抽象」という言葉はまだまだ十分に把握されていないようなところがあって、「抽象」の捉え方は人によってかなりバラつきがあると思うわけです。実際に、専門家でも「抽象」と「抽象化」や「抽象的」を区別しないで使っていることは多いですし、「抽象」について語っている時に、「その抽象」とは、「表現形式としての抽象」なの...

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