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Archive2018年09月 1/2

「パソコンの画面で絵を見る時」にも離れて見た方がいい(かな?)

最近はパソコンの画面で「絵」を見ることが多くなってきているわけですが、やっぱり「絵」は実物を見るに越したことは無いわけですねぇ。とくに「タブロー」と言われるような「絵としての存在感」を重視した「絵」の場合は、その「存在感」がなかなか画面からは伝わりにくいということがあるわけです。と言っても、見た人は描いた本人ほどは気にしていないというのが本当の所のような気もしますけどね。まぁ、そういうことを踏まえ...

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「ミニマム・アート」のススメ(「ミニマル」じゃないよ)

「ミニマル・アート」と言うのがありますが、私の場合は、どちらかと言うと「表現の幅」を広げたいと思っていますから、「表現」を「ミニマル」にしたくはないわけなんですねぇ。でも、「表現の幅」は広げたいんですが、その「表現」においては、出来るだけ「精神性」を大事にしていきたいという気持ちがあるわけです。言い換えると、「表現」の中の「物質性」を最小限にとどめたいということです。つまり、単なる「最小限」じゃな...

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「心の病」と「心のケガ」

「心の病」というのはよく聞きますけど、「心のケガ」はあまり聞いたことがないですね。たとえば、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」という言葉がありますが、「外傷」というくらいですから、やっぱり「ケガ」の一種なんじゃないかと思うわけです。それで、何が言いたいかと言うと、、現在「心の病」と言われているものの中のかなりの部分が、どちらかと言うと「心のケガ」に近いんじゃないかと思うわけです。つまり、今は、...

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「時代の潮流に乗ったもの」はすべて「亜流」であるということ

「芸術」においては、特に言えることだと思いますが、「時代の流れ」に乗ったものは認められる確率が高いですし、多くの人に受け入れられるわけです。ところが、実を言うと、この「時代の潮流に乗ったもの」というのは、すべて「亜流」だと思うわけです。一般的には、「時代の潮流を生み出したもの」こそが「本流」であって、「その後を追ったもの」が、「亜流」であると言われることが多いですが、実は「時代の潮流」は誰かが生み...

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「虚飾」を剥ぎ取ること

「芸術」においては、少しでも「真実」に近づきたいと思ってやっているわけですが、実際に「真実」に近づくことなど出来るわけもありませんから、少なくとも「真実の方向」だけでも向いて行こうかなと思っているわけです。だから、「芸術」においては少しでも「虚飾」を剥ぎ取って行こうと思うわけなんです。たぶん、それで「抽象表現」を使おうと思うんでしょうね。「現実」というのは、「一種の真実」でもあると思いますが、「真...

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