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Archive2018年10月 1/1

「長い題」=詩のような題(その10)

「長い題」=詩のような題(その10)です。いやぁ、マズイですねぇ。ドンドン長く成ってます。こんな「題」に見合う「絵」ってあるんだろうか?っていう疑問はあるんですが、いちおう、この「長い題」も作品の一部ということに成っております。そんな感じで、「長い題」=詩のような題(その10)です。『  』の中は「題の題」のようなモノです。その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。「ニックネーム」のようなもの...

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人類の「守銭奴化」

「守銭奴」って言うと、すっごく醜いようなイメージがありますけど、実は今の時代においては、ほとんどの人が「その守銭奴」なんじゃないかと思うわけです。つまり、言い換えれば、人類全体が「守銭奴化」しているということです。恐ろしいですね。でも、これ、そんなにオーバーなことじゃないと思いますよ。現実に、今の時代に生きている限り、誰もが皆「自分の金」を守ることに必死ですし、そう言う考えが全くない人なんてほとん...

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「外見」によって表現することができる範囲

抽象画を描いていると、よく人から『これは何を表現しようとしているんですか?』と聞かれるわけですが、『それを言葉で説明出来ないから絵を描いてるんですけどねぇ』と答えるしかないので、とてももどかしく思うわけです。そういう時には「抽象画」なんてやめて、誰もが難しく考えないでも見ることが出来る絵を描いた方が、少しはマシなんじゃないのか?と思うわけですが、『そういう絵では自分自身が納得できないんだから仕方が...

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「外見」によって表現することができる範囲(つづき)

前の記事の続きです。「外見」によって表現することが出来ないのは「普遍的なもの」だろうというところからです。 ※ここで言う「普遍的」とは、いろいろなモノに遍在している性質というような意味です。  「個別のモノ」の中にあるような「特定の性質」ではなく、あらゆるものの中にある「世  の中の本質」に近い意味で言っております。  そういう性質が「普遍性」で、それを持っていれば「普遍的」です。  実際には、そ...

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いま『芸術がわかる』とはどういうことなのか?

 いわゆる「芸術好き」の人が、「ごく一般的な人」に対して『あなた、まったく芸術がワカッテないよね!』と言っているのはよくあることだと思いますが、それじゃあ、いったい『いま、芸術がわかっている』とはどういうことなんでしょうか?たとえば、「美術史的な知識」が豊富であることなんでしょうか?それとも、『現在形の芸術に通じている』ということなんでしょうか?または、『非常に鋭敏な感性を持っていて、常に芸術の良...

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「イジメ」や「ハラスメント」が発生する理由

世の中に、ここまで「イジメ」や「ハラスメント」が蔓延してしまうとはねぇ。まったく、恐ろしい世の中です。そういう「イジメ」や「ハラスメント」をやっている側の人は、どう思っているんでしょうねぇ?やっぱり『恐ろしい世の中だなぁ、まったく!』と思っているんでしょうか?それとも、『このぐらい普通でしょ?どうってことじゃないよ』っていう感じなんでしょうか?まぁ、いずれにしても、「イジメ」や「ハラスメント」なん...

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「現代美術」は「2×2バインド」

「ダブル・バインド」とか「ダブル・スタンダード」という言葉がありますが、そういう「二重の規範」というものが現代社会の中で人間を苦しめている元凶の一つだと思うわけです。 ※ここでは「ダブル・スタンダード」は、ひとつの社会(または一人の人)の中に二つ  の異なる規範が存在することで、「ダブル・バインド」は、その「二つの規範」が時  と場合によって勝手気ままに使い分けられることで矛盾が発生して、その矛盾...

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「現代美術」は「2×2バインド」(つづき)

前の記事の続きです。「現代美術」は「ダブル・バインド」にハマってしまっているだけでなく、その上に更にもう一段「ダブル・バインド」が乗っかった状態、つまり「2×2バインド」に成っていると思うわけです。(実際は、もっとたくさん乗っかってますけどね)どこからを「現代美術」とするかは人によるんでしょうが、まぁ、大まかに言って百年ほど前の時代に、いま「現代美術」と言われているモノが出来て来た時に、「それまでの...

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「純粋であること」ではなく「純粋であるために使われた力」を示すことが「現在の芸術の意味」

「芸術」にとって「純粋性」は必要なモノだと思うんですねぇ。(だって、他に「純粋」なモノなんてあんまりないでしょ?)昔は、「純粋なモノ」を創り出して見せれば、それが「芸術」だったんだと思います。でも、今はもうそう言うことでも無くなっているんじゃないでしょうか?つまり、「物質的な意味でのモノ」には「純粋性」が無くなってしまったということでしょう。というか、『人間が「物質には純粋性が無いということ」に気...

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「本質を逸脱しようとする知性」と「本質へ回帰しようとする知性」

「本質」というのは、物事の本当の姿であり、もっとも純粋な在り様であると思いますから、きっと美しく澱みのないモノなんだと思います。(残念ながら、「本質」を直に見ることや理解することは出来ないでしょうが)だから、人間もできることなら「本質」に向かって生きられればいいなと思うわけですが、その辺のところがどうも、簡単でもないということがあるわけです。たとえば、「知性」には「本質」から離れようとする性質があ...

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