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Archive2018年11月 1/1

芸術における「非物量主義」と「非物質主義」

芸術の創作においては、出来るだけ「物質」に頼らずに「精神的な世界感」を現すことが理想だと思うわけですが、人間は「物質」を使って「精神」を伝えるしか方法が無いので、何かを表現するためにはどうしても最低限の「物質性」を必要とするわけです。だから、あんまりにも極端に「非物質的」であろうとすると表現力を失って、最終的にはナニも創作することが出来なくなってしまうと思います。要するに、「精神性を高めること」と...

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「似た形」よりも「似た性質」

「抽象画」を描く時や見る時に、『ナニに似ているか?』ということを考えてしまうことがありますよね。このことについて、『抽象画がわかっていない人はそういう捉え方をしてしまうモノなんだよ』と言うことがよくありますが、本当は「抽象画がワカッテイル人」なんて居ないと思います(本当を言えば作者にもわかっていないと思いますよ)し、そういう見方をするのはむしろ自然なことだと思うわけです。 ※「抽象」は「人間にはわ...

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「すべての偶然」は「必然」でもあり、「すべての必然」は「偶然」でもある

「偶然」と「必然」については、『すべてのことが偶然である』と考える人と、その反対に『すべてのことが必然である』と考える人に分かれる傾向があるような気がします。でも、実際には「完全な必然」も「完全な偶然」も存在しないと思うわけです。つまり、「偶然」の中にも「必然性」が含まれていて、「必然」の中にも「偶然性」が含まれているということです。だとすれば、『すべてのことが偶然である』と考えるのも『すべてのこ...

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「芸術」=「美術」に成ってしまうのはナゼなんだろう?

「音楽」や「文学」や「演劇」や「その他いろいろ」や、「芸術」と言われるジャンルに属しているモノはたくさんあるというのに、なぜか、ただ単に「芸術」と言った場合は、自動的に「美術」のことに成ってしまうわけです。これについて、私はよく『ナゼなんだろうか?』と思ってしまうわけなんですねぇ。他の「芸術系ジャンル」に比べて「美術」が特にエライってことでも無いと思うんですが、なんでそうなってしまうのか?『こんな...

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「芸術の反転」と「社会の反転」

私には「現在の芸術」が、「芸術の本質的な姿」を見失って「反転」してしまっているように見えるわけです。そして、その「芸術の反転」が「社会の反転」を生み出しているようにも思うわけなんですねぇ。まぁ、「芸術の20世紀」において「芸術」が「反芸術的な方向性」を持っていた時期があったことは、多くの人が認めるところでしょうし、その「反芸術的な方向性」が、形を変えてはいても、今も続いていると言う考え方の人も居る...

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「全員参加のテロリズム」:「被害者」は居ない

「テロリズム」は良くないということに成っていますが、もしも「被害者がいないテロリズム」があったら、それでもやっぱり「テロ」は悪いことなんでしょうか?というか、そもそも「テロ」が悪いのは「道理」の問題なんでしょうか?それとも「実害」の問題なんでしょうか?まぁ、「善悪」ってもの自体が「実害」から発生しているとも言えるし、「実害」なんかよりも遥かに根源的な「善悪の規準」があって(たとえば「宗教的な道徳」...

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「幻想に触れること」によるストレス

私は、現在「芸術であること」と「幻想であること」はほとんど同じようなことなんじゃないか?と思っているわけなんですが、その「芸術≒幻想」を創作することや鑑賞することは「ある種のストレス」を伴うことがあると思うわけです。つまり、「芸術≒幻想」は、それに触れる人間にとっての「快楽」でもあり「癒し」でもあると同時に、「一種の負担」でもあるということですね。そして、そのことによって、本当の「芸術」に近づかなく...

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『芸術の終わりを楽しもうじゃないか!100年でも200年でもかけて』という発想

このブログを始める前は、そんなことぜんぜん考えていなかったんですけど、今、私の中には『芸術って終わりかけてるんじゃないか?』と言う考えが、わりとはっきりした形であるわけなんですねぇ。つまり、『もしかすると、大多数の人にとっては、もう芸術なんて必要ないんじゃないの?』と思うことがドンドン増えてきているわけです。 ※これは、あくまで「仮想」の話です。  決して『芸術が終わりに向かっている』という確信が...

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「幸福」は「感覚」ではなく「論理」なんじゃないか?

「幸福」って「感覚的なモノ」だと思っていて、疑ったことが無かったんですけど、この前ふと思ったのは『幸福ってホントは論理的なモノなんじゃないの?』ということなんですね。たとえば、二人の子供が居る時に、二人とも「同じ食べ物」をもらえば二人の「幸福」はほぼ同じに成りますが、もらえる「食べ物の量」に差があった場合は、少なかった方の子は「不幸」で、多くもらった子が「幸福」に成るわけです。(まぁ、単純に言うと...

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「長い題」=詩のような題(その11)

「長い題」=詩のような題(その11)です。『これって絵の題なんですか?』「絵の題なんです!!」・・・・的な?感じで、「長い題」=詩のような題(その11)です。『  』の中は「題の題」のようなモノです。その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。「ニックネーム」のようなものです。二か所あるものもあります。(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)あぁ、言い...

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