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Archive2018年12月 1/2

「人間の認識」はかなり幅が狭い

人間の「認識の幅」って、『実に狭いよなぁ』と思うことがチョクチョクあるわけです。(もちろん、自分も含めて『実に狭い!』と思います)たとえば「抽象画」を見た人は10人中9人までが『これは、いったいナニ??』っていう反応をしますし(私も他人の抽象画を見てそういう反応をすることがあります)、「抽象画」であることをわかった上で、敢えて『ここは顔ですね?』とか『ここに動物が描かれてますよね?』とか言う感じで...

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「依存性の時代」

現在の時代は「依存性の時代」でもあると思うわけです。おそらく、かなりの数の人がナニカに依存していると思うわけですねぇ。というか、「依存」から完全に逃れられている人なんているんだろうか?と思ってしまいますね。もちろん、「薬物依存」や「アルコール依存」のようなキケンな物質に対する病気としての「依存症」に陥ってしまっている人は、少数派だと思いますが、一見すると安全そうなものや行為に対して「依存」している...

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「芸術を好みで判断すること」について

「芸術の判断基準」については、いろいろな意見の方がいるでしょうが、一番ポピュラ―なのは「好み」で判断するということだと思います。たとえば、「好み」以外の基準を持っている人でも「好み」も重要な基準の一つには入っていると言う人がほとんどだと思うわけです。まぁ、『好きなモノを見る』というのは当然のことですし、『嫌いなモノは見ない』というのも当然のことではあります。でも、そこで敢えて言いたいわけです。『芸...

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「芸術を好みで判断すること」について(つづき)

前の記事の続きです。前の記事では、芸術を、「好み」だけで判断することは、「一種の差別的なこと」なんじゃないか?ということを書いたわけですね。(あくまで一番極端な言い方をすれば、ということです)でも、それ以前に「その好み」って、いったいどの程度のもんなんだ?ということがあるわけです。「好み」って言うと「その人の中で純粋に嗜好されたモノ」ということに成るわけですね。つまり、「好み」という言葉を使っただ...

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『宇宙人は広い宇宙のどこかには必ず居る』というのは「確率」という思い込みに過ぎない?

宇宙にはものすごくたくさんの天体があって、その中には必ず地球と同じような環境の星もあるはずで、そういう星の数だってものすごく多いはずだから「確率的」に言って、宇宙のどこかに「知的生命体」が居るのはほぼ間違いない!!という話をよく聞くわけですね。それで、前は『ふむふむ、なるほど、それじゃあ何時かきっと「宇宙人」に会えるんだろうね(30万年くらい待てば)』と思っていたわけです。でも、最近に成って、なん...

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