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「芸術」と「技術」



「芸術」と「技術」は、とても近いもののように見える時もありますが、実は、かなり相反した性質を持っているものだと思うわけです。


まず、「芸術」には、人を解放する性質がありますが、「技術」には、人を拘束する性質があります。


少なくとも、現在のように、機械化が進んだ社会においては、「技術」と言うモノは「工業化」を意味するところが大きいわけです。
つまり、人を「ある限定された目的に沿って効率的に行動させるもの」ですね。
それが「現在の技術」なんだと思います。

「有用でないモノ」は切り捨てられ、「有用なモノ」だけが尊重される、つまりは、そういうのが「技術」の方向性であるということです。
これなんか、まさに「芸術」と反対ですよね。


そういう方向性を持った「技術」ではありますが、機械文明が今ほど発達していなかった時代には、害に成るほど、人を拘束するものではなかったんだと思います。

つまり、「職人の手わざ」というようなものが「技術」の中心であった時代においては(職人に限ったことでも無いでしょうが)、「技術」が「有用性」を追求するものであると同時に、職人個人の「こだわり」や「あそび心」を発揮する場でもあったということですね。

言い方を変えれば、そういう「こだわり」や「あそび心」が、「有用性」として尊重されていたということですね。

つまり、「非効率的な技術」が「技術」として認められていたということです。
だから、人間が置いて行かれることなく、十分ついて行かれたわけです。


しかし、現在のように機械化が進んだ社会においては、「技術」は「工業化」を意味すると同時に「機械化」を意味するようになってきているわけです。


現在では、社会に生きる人のすべてが、機械文明に支配されていると言っても過言ではないと思いますが、その結果、「技術」は「機械文明」の「テシタ」になってしまっているわけです。

つまり、現在的な意味での「技術」とは「人間が機械に合わせる技術」であり、「人間が機械にイイように使われる技術」であるわけです。


「技術」が「人間のモノ」であった時代までは、「技術」は「人の手」に依っていましたし、人を拘束するほどのことはなかったんだと思いますが、現在の「技術」は完全に人を機械文明の「下僕」にしてしまっていますし、完全に「人を拘束するもの」に成ってしまっているわけです。


さて、そこで「芸術」です。


「技術」が「人を拘束するモノ」であるのは、もともと「技術」が持っている性質によるところもあるので、ある程度仕方ないとしても、「芸術」は「人を解放するモノ」に成っているんでしょうか?


もともと、「芸術」が「人を解放するモノ」であるということは、「芸術」が「創作者」にとっても「鑑賞者」にとっても、自己の「表現」や「感性」をナニモノにも縛られずに自由に現すことができるということを前提にしているわけです。

だから、そういう「純粋な衝動」から発生した「芸術」ではなく、なんらかの「有用性」を目的にしたような「芸術」に関しては、必ずしも、「芸術」が「人を解放するモノ」であるとは言えないわけなのです。

ましてや前述のように、「技術」が完全に「人を拘束するモノ」となってしまっている現状において、その「技術」を「芸術の見せ場」にしてしまっている「芸術」があるとすれば(これは「そういう芸術」を評価している「鑑賞者」の側にも言えることですが)、「そういう芸術」もまた、「人を拘束するモノ」になってしまっていると言わざるを得ないわけです。

機械文明の「テシタ、」と化した「技術」をそのまま「芸術の見せ場」にしてしまうということは、「その芸術」もまた、「機械の下僕」であるということに成りますし、それは、「芸術」が「人を拘束するモノ」になってしまうということでもあるわけです。

やはり、そこは「芸術」が「技術」を「下僕」として使うことが必要なんだと思うわけです。


言い方は悪いかもしれませんが、「芸術における技術」はもっともっと、”虐げられて”いいくらいだと思います。

つまり、「技術」は尊重されたり評価されたりする対象ではなく、『仕方なく使うモノ』というような認識で捉えられていく方が少しイイんじゃないでしょうか?


さらに言うならば、「技術」は「利用されるもの」であって、「あえて捨てるほどの価値はないモノ」ということです。

そんな風になって行けば、『「芸術」はやっぱり「人を解放するモノ」だよね!』ということに成るのかなと。


そういう風に思います。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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