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「社会」と「個人」



「人間社会」のことを、よく「高度に発達した社会」などと言ったりしますけど、実は、「社会」という仕組み自体は、必ずしも「高度なモノ」でもないんじゃないかな?と思うわけです。


確かに、「人間の社会」は複雑だし高度化した形態の「社会」であるとは思いますが、それを言ったら、「アリ」や「ハチ」の「社会」だって十分に高度で複雑なんじゃないでしょうか?

でも、だからと言って、「アリ」や「ハチ」が「人間」と同じような進化の形を取ったというわけではないと思います。


「人間」にとっての「高度化」とは、つまるところ「より人間であること」なんだと思いますから、「アリ」や「ハチ」と似たような形態の「社会」を持っているだけでは、「人間にとっての高度化」とも言えないような気がします。

「人間」が最も「人間」である部分、つまり「人間にとって最も高度化した部分」とは、「社会」ではなく「個人」なんじゃないかと思うわけです。

 ※「人間」以外に、「個」という感覚を持っている動物は居ないんじゃないかと思います。
  つまり、「個人」とは「人間」の「最も人間らしい特徴」なんじゃないかと思うわけです。
  反面、「社会」は高度で複雑な割に、多くの動物が「社会性」を持って生きています。
  「アリ」や「ハチ」に限らず、多くの動物が「群れ」や「家族」という「社会」を持っていて、
  その中のルールに従って生きているわけです。
  つまり、「社会」は「人間だけの特徴」ではないということですね。

そして、その「個人」と「社会」が、けっこう対立することが多いわけです。
つまり、「個人性」と「社会性」は、多くのケースにおいてブツカルわけですね。

もちろん、「個人」の中にも「社会性」はありますし、「社会」も常に「個人性」を否定するとは限らないわけですが、少なくとも、「アリ」や「ハチ」の社会を見ればわかるように、「個」が埋没した「社会」は、「最も機能的な社会」であるとも言えるわけですね。


そこで、「個人」と「社会」のどちらを優先するのか?ということです。


「個人」を優先すれば、「社会的機能」が低下するでしょうし、「社会」を優先すれば、「人間の人間らしさ」が阻害されていくに違いありません。

そうなれば、「社会的機能」を犠牲にしても、「個人」を優先した方がイイと思うんですが、なかなかそう成りません。


これは、「現在の人間社会」が、「人間以前の状態」から続いている形態から抜け出せていないからだと思うわけです。

「人間」も「人間の前の段階」においては、他の動物と同じように、「個」という感覚を持っていなかったでしょうから、当然、その時点での「人間社会」には「個人を尊重するような仕組み」は無かったわけで、それが、いまも続いているということなんだと思います。


なにかを組織立って行おうとすれば、必ず、「個人」はその組織の「部品」として扱われるようになります。
「組織」=「社会」とはそう言うモノだと思います。

 ※これは「社会」と言うほど大きな組織についてだけ言えることではなく、
  「家庭」や「友人関係」などのような、むしろ「個人的な関係」に見える人
  間関係においても、ほぼ同じようなことがいえると思います。


トップに立っている者だけは「個人」として機能しているように見えますが、実は、その人も、「トップ」という位置にある「部品」であることに変わりはないわけで、実際には、「本当の意味で自由な個人」とはかけ離れた存在なんだと思うわけです。

このような状態を抜け出すには、「社会」が意図をもって「社会の機能」を低下させる必要があるわけです。

でも、これが、なかなかできないんですね。
「社会」が「社会自身の機能」を低下させる方向で作用するように仕向けるのは、道理に適っていませんから、当然ムズカシイわけです。


でも、そこを何とかしていく必要があるんだと思います。


とにかく、「人間」は、もう、自分たちが「効率を上げる必要がなくなったこと」を知るべきだと思いますね。

そうすれば、自分たちの大切な「個人性」を犠牲にしてまで、「効率」を上げることなんて、バカバカしくてやってられなくなるんじゃないかなと。
(もう、「効率」には、そんなに「伸びしろ」もないし)


なんとか、「人間の前段階」から「人間の段階」に進まないと、「人間の次」には行けないわけですから、そちらの方にシフトしてもいい時期なんだと思うわけです。


そういう方向を向いてみたら、「いま、効率を追うこと」が、如何に「非効率的」であるかが、見えて来るんじゃないのかなと。


そんな風に思うわけです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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