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「長い題」=詩のような題(その3)



「長い題」(その3)です。

『こんなの読む人居るんだろうか?』っていう疑問はあるんですが、『いや、そんなことは無い!・・・たぶん・・・』と言うことで。

『 』の中は、その絵を呼ぶ「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

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とまっている 

ただ いきおいだけを もって とまっている

そうなんだ ひかりと ねつが まじりあって こおりついたとき
この せかいに かんきが なげこまれたんだ

『なにもかもが とまっているというのに』

よのなかの すべてのものが よろこびに みちて おどっているようだ

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ひとは みな ひかりの なかに いきている

やみの なかでは いきられない

やみの なかには なにもない

ひかりに うまれて ひかりに くらす


ひとは みな 『そうやって 生きている』

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すすめ すすめ まえへ すすめ

『まえだけを みつめて』 ちからを こめて まえへ すすめ


その まえは うしろ その うしろが まえ

そうだ その うしろのまえに むかって まよわず まっすぐ すすむんだ 


あぁ ぼくは どっちに むかって すすめば いいんだろう

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かわっていくよ すべての ものが
ねじれているよ すべての ことが


ものでも ひとでも おんなじなんだ
 
かわりつづけて ねじれつづけて
それじゃないと いられない

ねじれて ねじれて はんたいがわに つながって 
それで よのなか できている

おかしなことも ふつうのことも
みんな それで できているんだ

ありとあらゆる ときに
ありとあらゆる ばしょで 
ありとあらゆる ものが
ありとあらゆる ほうこうから
ありとあらゆる ほうこうへ

みんな ねじれていく 

だから どんなに おかしなことも どんなに ふつうのことも
ぜんぶ いっしょに やっていられる


ぼくは 『それしか かんがえようがない とおもうんだ』

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たいようでもあり ほしでもあり つきでもあるという しょくぶつ

そういうものが えがきたかったと いうことなんです

そういうものは そこいらへんの みちばたに たくさん はえていますから 
それで そういうものを えがこうと おもったと いうわけです 

もしも あなたが そんなふうに おもわないと いうのなら
もういちどだけ みちばたの くさを みてごらんなさい 

そうすれば すべての くさやきに 
たいようや ほしや つきが やどっているのが みえますよ

そうすれば もう こまかいことは ほとんど きにならなくなっている 
そういうのが 『もっとも ふつうのこと』ですね


だって みちばたの くさやきに 

たいようも ほしも つきも みんなやどっているっていう このよのなかで

こまかいことなんて きにしたって しょうがないじゃないですか 

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こういうのを読んだ人って、どう思うんでしょうね?
わかりませんねぇ。




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