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「破壊まで」で「天才」なのか?



前の記事に関連したことです。

 ※以下、ここでの「創造」とは「天地創造」のようなものを指しますので、
  芸術的な創作などとは違って「神の業」とお考えください。


「芸術の20世紀」におけるもっとも中心的な課題は「既成概念の破壊」であったんだと思うわけです。
だからこそ、その「破壊」をやってのけた人間が、まさに「天才」と呼ばれたわけです。

しかし、『破壊まで』で「天才」と言ってしまっていいんでしょうか?
「天才」とは、そもそも「破壊」ではなく、「創造」を成し遂げた者に与えられる名前なのではないのでしょうか?


そこのところを、私なりに解釈してみようと思うわけです。


もともと「創造」は「神の仕事」と言うことに成っているわけですから、「人間」には出来るわけがないということに成っているハズです。
そこで「人間」であるにも関わらず、「創造に近いこと」をやってのけた者を「天才」と言うんだと思うわけですね。


しかし、「20世紀」という時代には、「神」に対する「疑い」が発生していたために、「人間」は、以前ほどは、「神」を迷いなく純粋な気持ちで信仰することができなくなっていたと想像されるわけです。

その結果、「創造主」という「席」が空席になってしまったわけです。

それで、やや強引ながら「破壊」を「逆・創造」と仮定して、『それも一種の創造に違いない!』と言うことにしてしまったようなところがあったんじゃないでしょうか?


「創造」は「人間」にはできませんが、「破壊まで」だったら「人間」にもできますからね。


そして、その「破壊」を「創造の一種」であるとすることで、「天才」と言う「神ではないが神に最も近い人間」によって、「創造主」の居なくなった「空席」を埋めてしまったということです。


要するに、そのことが「神」を見失った「人間」の不安を和らげてくれたんだと思うわけです。

「20世紀」以降「絶対的存在」を失った「人間」の心の動揺はさまざまな形で表れていたと思いますが(世界的な戦争や共産主義などの極化した思想などは、「絶対性」を求めた結果だったのではないでしょうか?)、その都度、「天才」が現れて、何らかの「既存の概念」を「破壊」して、方向性が見えなくなっていることに対する「不安」も一緒に「破壊」してくれたということです。


一方で、「アインシュタイン」が「物理法則」を根本から覆すようなことを言ったかと思うと、「ピカソ」や「デュシャン」が「芸術」における「美」や「感動」という概念を「破壊」してしまいます。
そうかと思えば、「マルクス」や「レーニン」が「社会や経済」の在り方自体を揺るがすような主張を展開します。

そういうことに『へぇ~』と感心したり、『そうだ、そうだ!そうなんだ!!』と興奮したりしている間だけは、不安を感じないでいられたということなんじゃないでしょうか?


まぁ、これらはすべて私の勝手な空想であると言われてしまえばそれまでなんですが、それだと、『じゃあ、なんで「破壊まで」で「天才」なんですか?』という最初の問いに戻されてしまいます。


この私の勝手な空想がどうであれ、けっきょく、『破壊まで』を「天才」としてしまったことが間違っていたことだけは、変らないような気がするんですが、どうなんでしょう?


「人間」ですから、間違えることは「仕方がない」と言うよりも「当然」と言うべきでしょう。

しかし、「間違い」に気が付いたときに、それを認めて修正してきたことで、「人間」は発展してきた動物ですから、そこが抜けてしまうと発展もなくなってしまうということだと思うわけです。

発展しなくてもいいんでしょうが、人間にできるのは、それくらいなんだと思います。


そんなわけで、

「人間」には「創造」なんて出来ません。

「破壊」は「創造」でも「創作」でもありません。

「創作」くらいまでなら「人間」にもできるかもしれません。

でも、簡単にできる「創作」なんてありません。

それは「天才」でも「凡人」でもおんなじです。

それが簡単に出来るのは「神」だけです。

でも、もう「絶対的な神」はどこにも居ません。

「人間」が「神」を信じられなくなってしまったから。

「神」と比べたら「天才」と「凡人」はほぼ同じです。

だから、もう、みんな同じ高さに立って「創作」したり「研究」したりしていい世の中なんだと思います。

もう、「破壊」は飽和しました。

もう、要りません。

「破壊」も「天才」も。

「創造」はできなくても、その向きを向いているだけでもいいんじゃないでしょうか?

今は。


私はそんな風に思うのです。


 ※ここで言う「創造」は、主に「天地創造」のような「根源的な創造」を意味します。
  ここで言う「神」は「昔のような神」、つまり「万人に信仰される神」です。
  
  余談ですが「宗教」や「神」が世界的に統一されるようなことは無いでしょう。
  なぜなら、そこに「絶対性」がないから。


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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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