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「地球」=「宇宙」という「世界のリサイズ」



「情報」が瞬時に世界的な規模でやり取りされるようになったことで、地球という世界が、一昔前よりも格段に狭く感じられるように成り、交通手段の発達などもあって、「地球の裏側」なんて言う言葉が、昔ほど「地の果て」と言う感じに聞こえなくなってきたわけです。


それが「イイこと」なのか「ワルイこと」なのか、私にはよくわかりませんが、世界が狭くなったことで、私が『嫌だな!』と思っているのは、人間「一人の存在」が小さくなってしまったことなんですねぇ。


「村人50人の世界」に暮らしていた時は、人間「一人の存在」は全体の50分の1だったわけですが、「世界60億人の世界」に暮らしている現在は「一人の存在」も60億分の1です。

つまり、「一人の存在」が限りなく「無」に近いわけですね。
これがよくないと思うわけです。


そこで、なんとか「一人の存在」の「サイズ=大きさ」を取り戻したいわけですが、既に出回ってしまっている情報を消すことは出来ませんから、「世界」を小さくは出来ません。

つまり、「地球」が情報や知識として把握されてしまったわけですね。
それで、「地球」は小さく成り、その「小さくなった地球」に60~70億人も人がいますから、その膨大な数に対する「一人の存在」がとんでもなく小さくなってしまったわけです。


そこで、「世界」をリサイズ出来ないものだろうか?と考えてみたわけです。


もう、途方もなく広い「地球」と言う感覚を取り戻せないんだとすれば、「地球」を「さらに途方もなく広いモノ」、つまり「宇宙」に見立ててしまうしかないというわけです。
(世界を「100人の村」に例えるというのの「逆・パターン」ですね)

要するに、自分の中の「バーチャル空間」において、「地球」を「宇宙化」してしまうわけです。


「地球」を想像する時に「広大な宇宙空間」のようなものとして思い浮かべるわけです。
そして、「国」と「国」が何光年も離れているというイメージを作るわけですね。
そうなれば、もう、「地球の裏側」なんて、何万光年もの彼方ですから、とてもじゃないけど「近い」なんて思えませんし、正月休みに行けるような所じゃなく成るわけです。
(「バーチャル」です!頭はイカレテません)


すると、なんとなくですが、「ほかの国」のことなんて気に成らなくなってくるわけですよね。
(私だけ?)

そして、「ごく近くの範囲」に目が向くようになるというわけです。
その結果、「一人の存在」が少しだけ大きくなった気に成れたらイイんじゃないかな?と言うことですね。


人間が「宇宙」を把握するには、まだまだ相当の時間がかかりそうですから(というか、たぶん無理?)、人間にとって「宇宙」が狭くなることは当分ないでしょう。


「宇宙」はとにかくとんでもない大きさですから、半ば強引に、それを「地球」に「リサイズ」した場合、たとえば「国」ぐらいでも、まだまだ「銀河系」くらいかもしれません。

とても把握できないでしょうね。

把握できそうになるのは、ようやく「、宇宙の中の地球」、つまり、「地球の中」で言うところの「町」とか、それ以下の「〇丁目」くらいからじゃないでしょうか?
やっと、「村人50人」とまでいかなくても「数百人レベル」に戻れた気がしてきます。


そうやって、ほんの少しづつでも、「一人の存在」が大きくなっていけば、人間がここまで「アイデンティティの喪失感」にさいなまれることもなくなるんじゃないのかなと。


現在の社会に生きていると、とにかく、「自己」が小さく感じられてしまうんですね。
「アイデンティティーの喪失感」が半端なく大きいわけです。
その割に、「アイデンティティーの実感」は限りなく小さくなってしまうわけです。

その辺のところを、「自負心」とか「オレは出来るヤツ演出」などで、躍起になって「アイデンティティーの保持」に尽力するというのも一つの手ではあると思いますが、それは、あまりいいやり方でもないと思います。
(たぶん、そういう「アイデンティティー」では、死ぬまでは持たないと思いますから)


まぁ、そんな風に思った時に私がやっている「実験的アソビ」です。

たぶん、役に立ちません。

『でも、オモシロイから』

たぶん、面白くもありません。

でも、一回くらいやってみてください。

『グッド・ラック!』

意味はない!

『やっぱり、イカレテるのね?』

「いえ、ダイジョーブ!!」



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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