「芸術」は「社会」に対して影響を与えているのか?(つづき)
前の記事の続きです。
「芸術」は、「社会」に対して、、ありとあらゆる面で影響を与えていると、私は思っているわけなんですが、これは主に「現代社会」に対する影響について言っていることなわけです。
もちろん、いつの時代においても「芸術」は「社会」に影響を及ぼしてはいると思いますが、19世紀以前においては、その影響力は現在とは比べ物に成らないくらいに小さかったんだと思います。
つまり、20世紀に入ってから、とくに20世紀後半からの「芸術」の影響が非常に大きいと思うわけです。
これは、まず第一に、「情報化社会」が発達したことによって起きてきたことだと思うんですね。
一言で言えば、「人間」が「情報」にコントロールされるようになったということです。
要するに、「情報」さえコントロールすれば、「人間」もコントロール出来てしまう世の中に成ったわけです。
それで、「情報」に対して「イイ・イメージ」を刷り込むことが出来る「芸術・文化系」の影響力が、急激に増大したということでしょう。
だからこそ、「コマーシャル」だけでも「ヒット商品」が創り出せるわけです。
現在、情報として流通している「コマーシャル」の中に、「商品情報メインのコマーシャル」ってどのくらいあるんでしょうね?
また、「商品力」はソコソコでも「商品イメージ」さえ良ければ商品が売れると言えば言い過ぎでしょうか?
全ての商品がそうだとは言いませんけど、そういう商品がたくさんあることは間違いないことでしょう。
その逆に「ワルイ・イメージ」が植え付けられてしまった商品が売れることがあるでしょうか?まぁ、『ほぼ・無理』っていうことだと思います。
「情報化社会」がここまでに成っていなかったころまでは、「商品力」がモノを言っていたんだと思いますし、「品質の悪い商品」が売れることもなかったと思うわけですが、「現代社会」においては、ごく普通にそういうことが起きています。
さらに言えば、これは「商品」に限ったことではなく、「政治」などのような「社会」に直接影響がある分野についても言えることですから、そういったことに対しても「芸術・文化系の情報」が絶大な影響力を持っているということです。
こういう話に、『そうだ!そうだ!!』と言う人は、少ないでしょうが、「芸術」に関わって行こうと思う人間は、これから先にいくにつれて、このことを強く意識していく必要に迫られるようになるんだと思うわけです。
まぁ、やや意地の悪い言い方に成るのかも知れませんが、そこを意識しないで「芸術活動」をするということは、戦争中に「軍国主義・賛美の絵」を描かされるのと同じようなことに成るんじゃないのかなと。
しかも、「強制的にやらされた」んじゃなくて、「盲目的にやった」と言うことであれば、それを「芸術の中心」から遠く離れてしまっていることだと言わざるを得ないということですね。
そんな風に思いますです。ワタクシハ。
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