FC2ブログ

「二種類の好きなモノ」と「二種類の嫌いなモノ」



主に芸術作品についての「好み」に関するお話です。


「好み」と言うと、「好きなモノ」と「嫌いなモノ」のことを指す場合が多いわけですが、実は、その「好きなモノ」や「嫌いなモノ」には、それぞれ二種類あるような気がしているわけです。


つまり、「普通に好き(または嫌い)なモノ」と「やや屈折して好き(または嫌い)なモノ」の二種類ですね。


「普通に好きなモノ」は、「居心地がいいモノ」とか「心を和ませてくれるモノ」のような、まぁ、言ってみれば「ほぼ無条件に気持ちいいモノ」ですね。

「やや屈折して好きなモノ」は、「違和感があるけど気に成るモノ」とか「本当は好きなんだけどそれを認めたくないモノ」みたいな、「必ずしも気持ちよくないモノ」です。


「普通に嫌いなモノ」は、「見て居たくないモノ」とか「見ると嫌な気持ちになるモノ」のように、「ほぼ無条件に嫌なモノ」です。

そして、「やや屈折して嫌いなモノ」は、「好きな要素と嫌いな要素が両方あるモノ」とか「本当は好きでもなんでもないんだけど、それを好きな自分が好きっていうモノ」のように、「本当は嫌いなのに、それを嫌いと言うのにい躊躇するモノ」です。


さて、それで何が言いたいかと言うと、すごく「好き(嫌い」なモノ」っていうのは、実は「屈折して好き(嫌い)なモノ」の方なんじゃないか?ということです。

 
まぁ、「嫌いなモノ」について、『どっちがスゴク嫌いか?』を考えるのは、あまり有意義な感じがしないので、取り敢えず、ここでは「好きなモノ」に話を絞ります。


少なくとも「好きなモノ」に関して言えば、「普通に好きなモノ」よりも、「屈折して好きなモノ」の方が、かなり「好き度」が高いような気がしますね。

これは、なにも「芸術作品」に限ったことではなくて、「食べ物の好み」なんかでも、はじめのうちは抵抗があって食べられなかったモノが、いつの間にか好物に成っているというようなことはよくあると思います。

そして、そう言うモノに限って「大好物」に成るということも、またよくあるわけです。


それと同じように、「芸術作品の好み」においても、やはり、「屈折して好きなモノ」が「すごく好き」に成ることが多いと思うわけですね。

しかも、「芸術作品の好み」に関する限りは、ほとんどの場合、「本当に好きなモノ」は「屈折して好きなモノ」なんじゃないか?と思うわけです。


一見すると、「普通に好きなモノ」=「ほぼ無条件に気持ちいいモノ」なわけですから、『そっちの方がイイに決まってるでしょ!』っていう感じなんですが、

「無条件に気持ちいい」ということが、ある意味では「ぬるま湯」を意味しているわけで、それは、確かに「気持ちいい」かもしれませんが、「切実なほどの好き度」ではないわけです。


つまり、「心を締め付けるような感動」は、そこにはないんだと思うわけです。それは「好き」ではあっても、「どうしよもなく好き」ではないということですね。


そして、「芸術」と言うのは、その「どうしようもなく好き」を求めて鑑賞するモノなんじゃないか?と思うわけです。


だとすれば、やっぱり、「芸術作品の好み」においては、ほとんどの場合、「本当に好きなモノ」とは「やや屈折して好きなモノ」なんじゃないのかなと。

そんな風に思っているわけですが、そういうこと以前に、「自分の好み」について、『これを好きと言ったら、人がどう思うか?』とか、『これを嫌いと言うとカッコ悪いんじゃないか?』と言うようなことで、「好き・嫌い」を本当に素直な状態で言える人が、とても少ないということが、とても悲しいことだなと。


本当の所、「自分が何を好きなのか?」ということがわかっている人ってどれくらいいるんだろうか?
(単純に見栄とか対面とかを抜きにしてというだけの意味でもですね)

そんな風に思ってしまうわけなのです。





関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR