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「芸術」は「教養」ではない



「芸術」を一種の「教養」と捉えている人って、結構いらっしゃるんじゃないかなと思うわけです。

でも、私は『「芸術」は「教養」ではない!!』と言いたいわけなのです。


確かに、「美術史」や「芸術」のいろいろなジャンルについての知識は一種の「教養」だと思いますが、それらは「芸術自体」ではないわけです。

それは「スポーツ自体」が「教養」でなくても、「スポーツに関する知識」が一種の「教養」であるのと同じことだと思います。

「芸術」でも「スポーツ」でもほかのどんなことでも、それを「知っていること」は「教養」でしょうが、それを「実践すること」は「教養」とは少し違うことに成るんじゃないかと思いますね。


どうして、そんなにまで『教養」ではない!!』と言いたいかと言うと、このところ、「芸術」を「教養」と捉える傾向が強くなっていると思うからなんですねぇ。

そして、これが「実践軽視」につながっていくんじゃないかと思うからなんですね。
一つ前の記事に書いた「ポップ・アート」における「作品軽視」と同じような傾向だと思います。

どちらも、「精神性」を重視するのはイイことだと思うんですが、「物質性」を軽視することはイイことだと思えないわけです。
どちらも、重要ですから。


最後のところで、「精神」を取るということと、一方を軽視するということは全く違うことだと思いますね。


だから、「芸術」とは「知識」や「教養」ではなく、「実践される芸術」のことであると言いたいわけなのです。

それでないと「現在の芸術」は肉体を失った「亡霊」であり続けるしかないのかなと。


そんな風に思ってしまうわけなのです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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