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「鑑賞者」と「批評者」



私は「創作者」に「鑑賞者」と「批評者」を加えた三者を含めて「芸術者」と呼んでいるんですが、その中の「鑑賞者」と「批評者」についての話です。

 ※「芸術家」と言ってしまうと、どうしても「作家」だけがエラクなってしまうと思うので、
  「芸術者」と呼んでいます。


私は、この「芸術三者」を完全に対等な関係で考えたいということから、この「芸術者」と言う言葉を使っているんですが、「鑑賞者」と「批評者」の違いとしては、「鑑賞者」が「芸術を肯定的に見る人」で、「批評者」は「芸術を批判的に見る人」です。


と言うことなんですが、・・・・そうなっているでしょうか?

「現在の芸術周辺」において、「鑑賞者」は「芸術」を肯定的に見ているでしょうか?

つまり、「鑑賞者」は一所懸命になって無名の新しい「創作者」を探し出したり、自分が『これっ!』と思った「創作者」を称賛するような鑑賞の仕方をしているでしょうか?
(気持ちだけでも)


また、「批評者」と言える立場の人たちは、「芸術」を批判的に見ているでしょうか?

たとえば、既に評価を確立した有名作家の「芸術」を批判的に見ているでしょうか?
たとえば、今売れている人の作品を真剣に批判しているでしょうか?

 ※「芸術の鑑賞」においては、「有名な作家(作品)を肯定すること」よりも、「無名の
  作家(作品)を肯定すること」の方が肯定的なことであり、「芸術の批評」において
  は、「無名の作家(作品)を批判すること」よりも、「有名な作家(作品)を批判する
  こと」の方が批判的(批評的」なことだと思います。

  つまり、もっとも「肯定的な鑑賞者」とは、「無名な作家(作品)を肯定的に見る人」
  であり、もっとも「批評的な鑑賞者」とは、「有名な作家(作品)を批判的に見る人」
  だと思います。


現状では、これらのことが全く逆になっているような気がするんですねぇ。


つまり、現状では「批評者」が「芸術を肯定する側」に居て、「鑑賞者」が、むしろ「芸術を否定的に見る側」に居る」と思うわけです。


たとえば、「批評家」と言われる人たちは、現在、高い評価を受けている「有名作家」を批判しているでしょうか?

どちらかと言えば、「批評家」が「有名作家」や「過去の巨匠たち」について論じている時は、それらのいわゆる大御所を、いかにうまく説得力のある言いまわしで”持ち上げるか”ということが重視されていて、それは「批判」とは正反対の「おべっか」と言った方がイイと思うわけです。


つまり、「批評家」でありながら「批評」ではなく「肯定」しかしていないわけですね。


一方、「鑑賞者」と言えるような「一般のアート好きな人たち」は、必ずしも「芸術」に対して肯定的でもなくて、自分の好きな作家にだけは肯定的という人も結構いるでしょうし、「有名作家」にだけは肯定的と言う人もかなり多いと思います。

ところが、有名・無名や好き・嫌いに関わらず肯定するという、本質的に肯定的な「鑑賞者」がなかなかいないんですね。


もちろん、嫌いなモノを肯定的に見るのは難しいでしょうが、「それほどでもない?」と言う作品の中に、なんとかいいところを見つけようとする姿勢が、「鑑賞者の姿勢」としてはあってもイイように思うわけです。


私は、「個々の作家」ではなく「芸術全般」に対して「肯定的」と言うのが、「鑑賞者の本来の姿勢」だと思っていますから、知名度や好みに関わらず「肯定的な鑑賞者」と言うのが「最も鑑賞者らしい鑑賞者」なんじゃないのかなと思うわけです。

 ※あくまで、「肯定的」であって「全面肯定」と言う意味ではないです。つまり、
  「鑑賞者」と言うのは「すごく好きな作品」でなくても、自分が好きになれるポ
  イントを探して好意的な見方をする人だということです。
  別に「嫌いな作品」まで『好きに成れ!』ということではないです。

  無理して、『何でも好きです!』と言っている人はたくさん居ると思いますが、
  どちらかと言えば、ごく小さなポイントを見つけ出して「好き」になれる人が、
  「鑑賞者なんじゃないでしょうか?

この「鑑賞者」と「批評者」の立場の逆転現象によって、完全に「無名作家」が切り捨てられてしまっています。


まず、「有名作家」になってしまった人は、ほとんど批判される機会がありませんから、芸術の世界が飽和状態で、「無名」から「有名」への門がどんどん狭くなっていきます。

それでいて、「無名」を拾い上げる人が居ませんから、さらに「有名」と「無名」の溝が深まってしまいます。

結果的に「有名入り」を果たせるのは「市場に肯定された作家」ということに成って、その「市場」が「芸術」とかけ離れた論理で動いていますから、「芸術の中心とはかけ離れた作品や作家」を選ぶわけです。


そういうことで、「芸術」は徐々に堕落してきていると思いますね。
『そんなこと、ない!』と言う方もいるでしょうが、それなら、こっちは『そんなこと、ある!!』と言っちゃいますね。

普通に見て、オカシイこと、たくさんあると思いますよ!芸術。


そう思います。


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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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