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「芸術」は「最小限の物質」で、「最大限の心理的な作用」を生み出すということ



最近の美術を見て感じることの一つに、「作品」や「作品の展示」が大規模化しているということがあるわけです。


個々の作家単位の作品でも、けっこう「大規模化」を感じることがありますが、「アート系のイベント」と成ると「町を挙げて」のようなイメージで、「都市規模」と言う印象です。


そういうのがワルイとは思いませんし、「エンターテイメント」としては当然の成り行きなんだと思います。

ただ、その路線で行き続けると、「芸術」としての方向性を見失ってしまうんじゃないかとも思うわけです。
確かに、「芸術」にも「エンターテイメント」としての性質はあるとは思いますが、やっぱり「エンターテイメント」は「芸術(美術)」の本質からは、やや外れていると思うわけですよね。


現時点で、「芸術好きな人」に、『どんなことをきっかけに「芸術好き」に成ったんですか?』と聞いたら、きっと、多くの人が「どこかでたまたま見た一枚の絵」みたいな「ごく小さな出会い」をあげるんじゃないでしょうか?

少なくとも、現時点では「〇〇トリエンナーレ」のような大規模な「アート系のイベント」や、特別な展示場所にいかないと見られないような「大規模な作品」を挙げる人は少ないでしょうね。
(そういうのは「芸術好き」に成った後で行く人が多いと思います)

でも、このまま「芸術」が「大規模化」して行けば、今後は「アート系のイベント」などを「芸術好きに成ったきっかけ」に挙げる人が増えていくんでしょう。


そう言う人が増えること自体ががワルイとは思いませんが、反対側の人たち、つまり、それまで「ごく小さな出会い」を挙げていた人たちは、どこへ行けばいいんでしょう?
このまま「芸術の大規模化」が進んでしまうと、「小さな出会い」に心を奪われたことで「芸術好き」になった人たちが、行く場所がなくなってしまうんじゃないかと思うことがあるわけなのです。


そちらの人たちの行き場も保存されて、それでいて「大規模アート好き」の人たちも、両方とも増えるというのは、やはり、実際上はあり得ないことだと思います。

どうしたって、片方が増えれば、もう片方は減りますよね。
しかも、片方が爆発的に増えていこうとしているわけですね。

今はまだ、「ごく小さな出会い」をきっかけに「芸術好き」に成った人たちが、「芸術好き」になった後で、そういう「アート系のイベント」に行くというルートで人が動いていますから、「きっかけ」として「大規模アート」を挙げる人は少ないでしょうが、これからは爆発的に増えていくでしょうね。
(動員数が多いですからね)


何が良くないのかと言うと、「芸術」が方向性を見失ってしまうような気がするわけです。

やはり、「芸術」と言うのは、『「最小限の物質」で、「最大限の心理的な作用」を生み出すものである』と言いたいわけです。


たとえば、「絵」でも「音楽」なんかでも、そういう「芸術系」が好きな人は、生涯そういうものを愛し続けたりもするわけですが、よくよく考えてみると、「好きに成ったきっかけ」は、ただ単に、「テレビで見た」とか、「ラジオで流れてた」とか、それどころか「そこら辺にかかっていたカレンダーの絵」だったりと言うようなこともザラにあるわけです。

しかも、さらに、よくよく考えてみれば、生涯を通じて、愛し続けた「絵」や「音楽」の中でも、『けっきょく、本当に好きだったのは「その最初の一枚」や「その最初の一曲」だったんじゃないだろうか?』と思ったりすることも、まぁ、ちょくちょくあったりするわけです。


つまり、「芸術」と言うのは、物質的には「最小限」で、その「最小限の物質(作品)」が人の心に与える影響が非常に大きくて、とても長く持続する、そういう媒体なんだと思うわけです。

そして、その「物質的な小ささ」と「心理的影響力の大きさ」とのギャップ、こそが、、「芸術」に独特のインパクトを与えているように思うわけです。


ところが、物質的に大きくなってしまうと、そのギャップが無くなってしまうわけで、そうなると、どうしても物質性のより強いメディアとの相対関係において、「芸術の必要性」が薄くなってくるわけですね。

まぁ、本質から外れていけば、それが求められなくなるのは当然だと思います。
(実際にそうなってきているのかも?今、芸術って意外なほど求められてないのでは?)


「エンターテイメント」の領域は、ほかのメディアでもうめられると思いますが、「芸術」の領域は「芸術」でしか埋められないと思います。


そんなことから、出来れば、もう少し「小規模化」して行ってもらいたいもんだなと。

普通の生活の中で「一枚の絵に直面する機会」が増えていったらいいんじゃないのかなと。
(これを、私は「幻想の日常化計画」と呼んでいます)


そんな風に思っております。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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