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「悪」とは「人間が人間であろうとしないこと」



私はいつも「本質を得たもの」は美しく、「本質を外したもの」は醜いと思っているんですが、「人間」の場合、その「本質を外したもの」とは、醜いだけではなく「悪いもの」でもあるんじゃないかと思うわけです。

つまり、「人間にとっての悪」とは「人間らしからぬことをすること」なんじゃないかということですね。

 ※ここで言う「悪」は、「究極的な意味での悪」ではなく、「単なる悪いモノ」です。
  それ以上の意味で「悪」を規定することはできないと思いますし、それ以上の
  意味で規定できるものなど何も無いと思います。

まぁ、ここまではいいとして、でも、私は「人間はまだ人間未満なんじゃないか?」とも思っているわけなんですねぇ。

 ※ここ言う「人間未満」とは、人間以下のダメな人も居るというような意味ではなく、
  「人間」と言うモノ自体が、まだ自分で設定した「人間というレベル」に追いつけて
  いないんじゃないか?というような意味です。
  つまり、まだ今のところ、すべての人が「人間未満」で、「人間と言えるほど立派な
  人間」には成っていないと私は思うわけですね。
  さらに言えば、おそらく今後も成れないだろうということでもあります。

そうなると、「人間らしいこと」が「人間の本質」とも言えなく成って来ます。

「人間に達している人間」にとって、「人間らしいこと」は「本質」でしょうが、「人間未満の人間」にとっては、「人間らしいこと未満」こそが「本質」に成るわけで、「人間らしいことをすること」は、むしろ「本質から少しズレたこと」になってしまうというわけです。


まぁ、要するに「背伸びしてる」ということに成ってしまうわけですね。

そういうのは、一種の「見栄」でしょうから、「やや醜いこと」に入ってしまうだろうということです。


と言っても、そういうことを言っているとキリが無いので、どこかで折り合いをつけていこうと思うわけです。

そこで、「人間であろうとすること」が、現在の「人間未満の人間」にとって、最も「人間らしいこと」に当たるんじゃないか?と考えてみたわけです。


つまり、「人間であろうとすること」が「現在の人間にとっての自己ベスト」であり、「最も美しい在り方」でもあるということですね。

当然、「人間であろうとしないこと」の方は「現在の人間にとっての醜いこと」でもあり、「悪」でもあるということに成るわけです。


まぁ、そういうわけで『早く人間に成りたーい』
(『妖怪人間ベム』より)

そんな風に思いました。


 ※『妖怪人間ベム』は昔のアニメです。
  妖怪なんですが、いつも人間に成ろうとしてけなげに頑張っている妖怪人間の物語
  です。(イメージ違うの?)
  でも、現実の世の中には「人間未満」なだけじゃなくて、「妖怪人間未満」の人もよく
  いますよね。
  要するに、そう言う人が、「人間であろうとしない人」なんじゃないかと思います。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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