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絵の中は「無次元」」



「絵の中の次元」は二次元ではないと思うんですねぇ。 


確かに「平面」ですから二次元ではあるんでしょうが、「絵の中の世界」はそういう物質的な意味とは別の「次元」にあるわけですから、一般的に考えられるところの「次元」ではない「異次元」なんだと思うわけですね。

でも、「異次元」と言うと、この世界の中での「異次元」を考えてしまうので、いっそのこと「無次元」と考えてしまってもいいんじゃないかと思うわけです。
(「0次元」という言い方もあるらしいですが、それとも違う「無次元」ということです)


まぁ、「時間も空間も無いような世界」という感じでしょうか?
というか、はじめの時点では、「世界」自体が無いと言った方がイイのかも知れません。

そういう「無次元」にナニカを投げ入れることで、「絵の中の世界」がはじめて現われるのかも知れませんね。
つまり、「時間」や「空間」のような、当然「あるモノ」と思っているよなものに代わる「ナニカ」を、作り出していくというのが「創作」と言う作業なんじゃないかと思うわけです。


まぁ、『私は、そう考えて絵を描いています』と言うだけのことなんですが、こんなことって意外と大事なことなのかも?と思う時があるわけです。

具体的にナニカの役に立つわけじゃないんですけどね。


何かにつけて、こういうようなことを言うと、『そんなこと考えてないで、絵を描くことの方が大事だろう!』と言う方がよく居らっしゃいますけど、それは、昔の時代の「職人的な芸術」については言えることなのかもしれませんが、「現在形の考える芸術」には対応していない考え方だと思うわけです。


現在の、そして未来の「芸術」に関する限りでは、むしろ、『絵を描く前に考えることが重要だろう!』と言うべきなんじゃないかと思います。

ただ、そこで「作品」や「制作」を軽視していいということではないというだけのことで、「考えること」を軽視してもやはり良くは無いんだと思います。

要するに、『両方とも大事でしょ』ということなわけで、当たり前のことなんじゃないでしょうか?

「作品偏重で思考軽視」と「思考偏重で作品軽視」はあるのに「両方重視」だけが無いという感じがするんですねぇ。
でも、本当は「両方重視」がいいに決まってます。


「両極に寄っているモノ」はある意味で徹底しているように見えますが、実際に徹底しているモノと言うのは「両極をあわせもっているモノ」であって、どちらかを切り捨てるのは、徹底していなくてもできることですよね。


そんなわけで、取り敢えず、私の場合、『絵の中は無次元!そこから始めます 』ということにしておこうかなと。

そんな風に思っております。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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