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「いい絵」の延長上に「名画」があるわけではない



創作をしている人っていうのは、プロでも素人でも、みんなどこかでは「名画」や「名作」を」を残したいと思っているんじゃないでしょうか?


そう思っていない人なんていないと思いますし、すべての創作者がそう思う権利があると思います。
(いや、どっちかって言うと「義務」かも?)


だから、素人や初心者が「名作」を残したいと思っても「思い上がり」だとは思いませんし、逆に『有名なゲージツカだから高い目標を持っていてエライ』とはチットモ思いませんね。

そういうことは、「みんな同じ」だと思います。


さて、そこで、『どうすれば「名画」が描けるのか?』って言うことに成るわけです。


『そんなことがわかれば、苦労しないんだよ!お前はアホか?』

まぁまぁ。

『だいたい、お前なんかに言われたって、何の説得力もないだろ!!』

いやいや、まぁまぁまぁ。


『三ヶ月で名画が描けるようになる方法』みたいな話ではありません。
そういう「方法論」ではなくて、「方向性のお話」なわけです。


『「いい絵」を描き続けていれば、「名画」が描けるモノなのか?』ということなんです。
その辺のところが違うんじゃないか?と思うわけです。


つまり、「いい絵」と「名画」は根本的に方向性が違うんじゃないかと思うんですよね。


「いい絵」とは、要するに「心地よい絵」のことだと思います。

でも、「名画」は、決して「心地よい絵」ではないような気がするわけですねぇ。


「名画」っていうのは「ナニカが強すぎるくらいに強い絵」なんだと思います。
(強いだけじゃないと思いますけど)


そういう「トンガッタ絵」=「名画」を「いい絵」と呼んでいる人も居るとは思いますが、でも、「自分で描くこと」を考えた場合どうでしょうか?

他人の絵を見るときは『「いい絵」っていうのは「トンガッタ絵」なんだよ』と思っていても、いざ、自分で描くという時は、「いい絵」=「ブナン」に成っていることってないでしょうか?


つまり、最初の話に戻るんですけど、自分が「名画を目指す」なんて「思い上がり」なんじゃないか?と思ってしまうことがあるわけです。

『そんなこと、まったく思いもしない』と言う人が「芸術」に向いているということは、ぜんぜんないはずなんですけどね。
そういう人は「やや謙虚じゃない」と言うだけですから。


でも、そうなっている所もあるんじゃないでしょうか?
それで、「やや謙虚な人たち」はどうしても「ブナン」になってしまうわけですねぇ。

実際に描けるかどうかは別として、「名画」にチョットでも近づきたいと思うなら、どこかで「いい絵」を切り捨てていかないとならなくなるように思います。


つまり、『「いい絵」の延長上に「名画」はないんだ!』といつも意識していないと、「名画」に近づくことすらできないということですね。

はじめから向いている方向が違うわけですから、どんどん離れていってしまう可能性だってあるわけです。


かなり昔までは、「いい絵」と「名画」の方向はほぼ同じ方向だったんだと思います。

でも、現在は「いい絵であること」が「名画であること」とは、かなり違って来てしまっているわけです。
つまり、「芸術の意味」が)変わってしまったわけですね。
(「20世紀以前の芸術」と「20世紀以降の芸術」は違うジャンルだと思います)


絵を見て、『この絵「いい絵」ですよね』と言っている時、かなり多くの人の頭の中で、その絵が「名画ではない絵」に分類されてしまっていると思います。

「名画」を見た人は『この絵「いい絵」ですよね』とは言わないことが多いんじゃないでしょうか?


つまり、「鑑賞者」も「いい絵」と「名画」が別物だとどこかでは気づいているんだと思いますよ。


そういうわけで、

『「いい絵」は捨てて、どうせやるなら「名画」を目指そう!』

『人にバカにされたって、どうってことないじゃないか!!』

『その出来上がった線、ハミ出そうよ!そのヘンな形、残そうよ!!』

まぁ、自分に言ってるんですけどね。


そんな風に思っているわけです。



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