FC2ブログ

「戻ること」は人間に与えられた特権(つづき)



前の記事の続きです。


さて、「戻ること」は「人間だけに与えられた特権」であり、「人間の切り札」でもあるんじゃないのか?

そして、「戻ること」によって「進化の加速」を止めることが出来れば、「人間」は「過剰な進化による絶滅」を免れることが出来るのかも知れないという話です。


『そんなに大袈裟な話なのか?!』

いや、成り行きで、話が大きくなっってしまって・・・・・


まぁ、ただ単に『歴史に学びましょう』と言うだけのことですから、特別なことでもなんでもないんですけど、その『歴史に学びましょう』が実践されることが、あまりにも少ないわけですねぇ。


おそらく、「戻ること」よりも「進むこと」の方が人間の習性として根強いんでしょうね。
だから、「歴史に学ぶこと」が大切なことだと重々わかっていても、なかなか戻れないんだと思います。

多くの場合は、前に進みながら歴史から学ぼうとするわけですが、「進む」と言うことは、「予測がつかない未来」へ向かって「進む」ということなわけですから、当然、「テキトー」に成るわけです。
(本当の意味で「歴史に学ぶ」ためには『戻ってやり直す』以外にないんだと思います)


それでも、「種の進化の過程」が初歩的な段階では、地球上に「その種」にとっての空き領域がたくさんあるので、その広大な空き領域に向かって、当てずっぽうで進んで行った場合でも、「そこそこの進歩」を遂げることが多いわけです。

ところが、「進化の段階」が進んで、地球上で「その種」が占める部分が拡大してくると、当然「その種」に与えられる「空き領域」が少なく成ってくるわけで、そう成れば、もう「当てずっぽう」は通じなく成ります。


それまでは、とてつもなく大きな領域に向かって進んでいたわけですから、どこに行き着いたとしても、そこそこに得るものがあったわけですが、急激に小さく成り続ける領域に向かって行かなければならなく成るわけですから、「当てずっぽう」で進んでいっても、日に日に「ハズレ」が増えていくわけです。 

それだけなら無駄なだけですから、まだいいんでしょうが、「進化」が、その「ハズレ」を補おうとして、さらに過激に「進化」するように成るわけです。

それで、「進化」が加速して、先へ先へと「当てずっぽう」を繰り返しているうちに、いつかきっと、「絶滅」と言う「ハズレくじ」を引いてしまうということなんじゃないかと思いますね。


つまりは、そういう「進化の加速」が、いま「人間」には起きていると思うわけです。


その「進化の加速」を緩めないと、きっと人間は絶滅することに成るでしょう。
だいぶ先のことには成るでしょうが、今考えられているよりは早くなるのかも知れませんよ。

だって、すごい勢いで加速しているわけですから。


残された選択肢は「地球の外へ出て、進み続けること」と「地球を使い果たすまで、進み続けること」、最後の一つが「戻ること」ですね。


たぶん、「人間」は地球外では生きられないと思いますよ。
それでも、きっと行くんでしょうね。一度は。


どっちにしても「戻る」という発想がないと、ニッチモサッチモいかなくなるんじゃないかと思いますね。


そういったことから、「戻ること」は「人間の特権」であり、「人間の切り札」でもあると、そういうことが言いたかったわけです。


言葉だけで『歴史に学ぶ』と言い続けていても、実際に戻ってやり直さないと、何の意味もないんじゃないの?

だって、「進歩するため」じゃなくて、「進歩を緩めるため」なんだから。


そんな風に思ったわけなのです。


 ※こういう世の中全体の状況の予兆を示しているのが「現在の芸術」だと思います。
  実際、「20世紀」において「芸術の過激さ」は加速する一方でしたし、その結果、「現
  在の芸術」は息もできないような閉塞感を抱えています。
  その事実を見ないようにすることも出来るのでしょうが、それこそが、まさに「芸術の
  絶滅」に直結している「ハズレくじ」ではないでしょうか?
  「芸術」であれ「人間」であれ、ナニカが「絶滅」するには「滅び」の形が必要だと思う
  わけです。
  その「滅び」を美しい形にするのは、そこに関わっている者が出来る数少ないことの一
  つだと思いますね。
  




関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR